僕には長い間ずっと憧れ続けている人が居た。
18の時、初めて彼女を見たときの衝撃は今でも忘れられない。
僕は群馬の片田舎で生まれ育ち、県内ではそこそこ名の通った桐生高校へ進学した。
しかし、やってもいないカンニングの疑いを掛けらたことが発端で
教師と揉めて高校を中退してしまった。
それからは絵に描いた様な転落人生だった。
彼女と出会った18の頃は、
ちょうど東京の田町駅近くにある金融屋で働き出したばかりだった。
あれは債務者の店へ取り立てに行った時だ。
店の扉を開けた瞬間、
「帰れ、帰れ、無いもんは返せねええんだよ!」
罵声と共に突然、液体を浴びせられた。
「くっせええ、なんだこりゃあ」
後で分かったことだが、
かけられたのは腐った残飯塗れの汁だ。
独特の臭気と液体の異様さに驚き、
慌てて店の外へ飛び出た。
うわっ、危ない!
心の中でそう叫んだが、時、既に遅し。
「きゃっ」
若い女性の声に思わず「すみません」と謝罪した。
見ると白いカーディガンに黄色いシミが付いている。
これはヤバいと思った。
僕は恐る恐る彼女の顔を見た。
その瞬間
「え?!」
人間というものはあまりにも大きな衝撃を受けると
その場の状況など完全に吹っ飛んでしまう。
その時の僕がまさにそうだった。
僕はシチュエーションも忘れて
ぽかーんと彼女に見惚れてしまった。
ぱっちりとした二重の目に、綺麗に通った鼻筋、
肌は抜ける様に白く美しい。
そこには僕ごときの語彙力では到底表現しきれない美貌があった。
だが、彼女の素晴らしさが、そんな見た目の美しさだけのことではないと
すぐに気付かされることになる。
彼女は、その内面こそが、より美しく輝いていたのだ。
「大丈夫ですか!凄い汚れています!」
なんと!彼女は自分に付いた汚れなど全く気にも留めずに、
白い綺麗なハンカチを出して、僕の汚れを拭き始めたのだ。
しかし、僕は彼女の好意を無視して
「だ、大丈夫ですから!」
それだけを言うと逃げる様にその場を去ってしまった。
彼女の類稀な美貌を正視するには
自分の身なりや境遇が恥ずかし過ぎたのだ。
その日以来、
まるで熱病にでも掛かったかの様に
彼女のことが頭から離れなくなった。
ふと気がづくと、思い出しているのだ。
あの白い肌を、整った顔立ちを。
どうにかして、もう一度会いたい。
ちなみに
僕に残飯を掛けた店の店主がどうなったかというと
当然のことだが、
弊社の”ケツ持ち”より充分すぎる程の制裁が行われた。
だから、従順になった店の店主と話を付けることなど、非常に簡単なことだった。
「少しの間、店先を借りますね」
そう言うと、店主は「どうぞ、どうぞ」と大仰に首を縦に振って見せた。
僕は毎日彼女と出会った時間近くになると、店の入り口に陣取り、
彼女が来ないか観察することにした。
そんなことを3日ほど、繰り返すと、ついに、彼女が颯爽と現れた。
「まじかよ」
独り言が漏れる。僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。
それほどの美しさだった。
リクルートスーツを着込んでいるせいか、
清楚さが際立ち、
特に先日は気づかなかったスカートからのぞく脚線美に
僕はうっとりと釘付けになった。
結局、
声を掛けることもできずに、
ストーカーの様に、ただ彼女をつけて行くことしかできなかった。
ある程度予想していたことではあったが、
彼女は慶應義塾大学のキャンパスに入っていった。
追跡もここまでだ。
到底、僕なんかでは相手にして貰えるはずもない。
そんなことは分かっているが、分かってはいるが
恋焦がれた思いは、どうにもならない。
彼女のことをもっと知りたくて、自分を抑えられない。
慶應の学生、しかもリクルートスーツを着ていたということは
3年か4年だ。調べるのは非常に簡単なことだった。
僕の担当顧客には少ないながらも慶應の職員や学生も居たからだ。
すぐに彼女が城田栞という名前だと判明した。
栞さんか・・・その清楚な響きが、妙に彼女にしっくりくるような気がして
僕は一人で「うんうん」と頷いた。
情報を流してくれた客から聞いたところによると、
彼女、栞さんは慶應キャンパス内でも、かなり有名な美女だという。
なんでもミスコン出場を3年連続で断り続けている伝説の美女だというのだ。
知ってる人も多いかもしれないが
慶應にはマスコミなどでも取り上げる程の盛り上がりを見せる「ミス慶應コンテスト」がある。
広告研究会が主催する女子アナの登竜門とまで言われる大イベントだ。
女なら誰でも、そういったイベントで、ちやほやされたいものだと思っていたが
栞さんは違った。
ミスコンへの出場を毎年打診されていたとのことだが、
栞さんは断じて応じず、毎年ミス慶應へのエントリーを断り続けていた。
そんな謙虚な美女の噂が噂を呼び、
『出れば間違いなくミス慶應』、『無冠の女王』などと周囲が勝手に盛り上がり
伝説の美女とまで言われていた。
僕も興味本位でミス慶應コンテストを見に行ってもみた。
たしかに、それなりに綺麗な人ばかりではあったが・・・
到底、栞さんの清楚な美しさとは比べ物にならないレベルだった。
外側だけでなく内側までも、両方が美しい本物の美女というものは
ミスコンの様な無粋な見世物イベントには出ないものなんだなと、
僕はその時、しみじみ思った。
それから月日が経ち、
栞さんのことを滅多には思い出さなくなった頃
僕も支店をいくつか任される程に出世していた。
一応は僕も毎年東大への現役合格者が出るような県内有数の進学校に通っていたのだから
地頭はそこまで悪くなかったのだろう。
法律を独学で勉強したことが役に立ち
警察沙汰や裁判沙汰にならずに、うまく金を回収することで上から定評があった。
単に人の弱みをつくのが上手いだけのクズなのだが
それでも幹部連中には重宝がられ、下っ端には"先生"などと呼ぶ者までいる程だ。
ある時、
懇意にしている本間という金融屋から、「ぜひ助けてほしい」との依頼があった。
この40代の男とは、何度か本間の客の”借り換え”を行ってやったのが縁で親しくなった。
借り換え・・・
金融業界、特に僕のところには、よくあることで、
まともな手段では借金を回収できなそうな客が、最後に僕の様なところに回ってくるのだ。
現在は、本当に取り立て方法に対する規制が厳しくなり、
テレビを点ければ『払った返済金が戻ってきます!○○法律事務所、無料相談』なんてのも目にするほどなのだから、
まともな業者では、無収入の相手から取り立てることは到底できない。
昔の様に
妻や恋人を風俗で働かせたりなんてのは、、幻想、漫画の世界だけだ。
しかし、僕の会社の様なヤ〇ザ資本の場合は、、、別だ。
「その会社の専務ってのが、社長の妻なんですがね、
えらい別嬪さんなんですわ」
本間は唾を飛ばしながら興奮を隠さずに話した。
今までにも、よくあることだった。
目をつけてはいるが、
法律に縛られている自分達では、どうすることもできない。
だから、
その哀れな美女を僕の会社に堕とさせようと言うのだ。
そうすれば、一番乗りは無理でも、
多少の順番待ちさえすれば
思い入れた美女を自分の思うがままにできる。
「身辺は充分に調査していますよね?
戸籍謄本なんかも取ってありますか?」
「はい、もちろんです。ただ、調べたのですが
本当に回収できる縁者が無いんです。
もともと信金の貸しはがしにあって、真っ黒くろ焦げで、うちに来た状態でして」
たしかに本間の会社も、ブラック債務者が最後に行きつく先ではある。
ただ、うちの会社はその更に上を行く。
「分かりました。一緒に会いに行ってみましょう。
なるべく大勢で押しかけた方が良いですから・・・
そうですね、5人か6人で伺うと伝えて下さい。」
男が大勢で押しかければ、どんな有能な女でも、その判断力が鈍るというものだ。
しかも借金をしている身ではなおさらだ。
「えっと、、専務さん?社長の奥さん?どう呼ぶのが適切か分かりませんが
その人妻がそんなに美しい人だというのでしたら、
村松さんにも声を掛けて、店から何人か人を出して貰いましょう」
「え!村松さんですか!それ、最高ですよ!ぜひお願いします!」
本間のテンションがあまりにも上がったので
若干引き気味になる僕をよそに
本間はなんと!自分の股間に手を伸ばした。
「マジで最高、凄いことになりますよ」
「ちょ、ちょっと、本間さん」
「す、すみません!
あの奥さんが村松さんの店に出ると思いましたら、つ、つい、その、、、
ほんと、先生にお願いして良かったですわ」
「いや、まだ何も分からないですからw」
村松というのは違法風俗店のマネージャーだ。
女に対する過酷さでは、まず右に出る者は居ないだろう。
『あの村松が出張ってくる』
それは、その人妻がただ風俗に堕ちるのではなく、
女として、いや、人としての尊厳を完全に捨て去ることを意味する。
本間はその可憐な人妻に変態的な行為を散々させる妄想でもしたのだろう。
「ては、その人妻の近所の友人や知人、
遠い親戚なんかに聞き込みをやっておいてください」
「はい!すぐに取り掛かります!」
やる気満々な小気味よい返事が響く。
「あくまで聞き込み調査ですからね、
知り合いから取り立てたりは絶対にやめてください。
あ、でも若干の荒っぽいことはしておいて下さい。」
「はい!社のやつら全員投入しますわ」
「いや、若干ですよ。警察沙汰になれば終わりですからね!」
調査自体が目的ではない。
あからさまに知り合いを調べて回ることによって
その人妻への圧力とするのだ。
借金していることを吹聴されたくなければ、返すしかない。
もしも返さなければ、周りにも迷惑を掛けることになる。
そう思わせることが目的だ。
「混んでますね。平日だというのに・・・」
村松は脂ぎった額の汗を拭いながら言った。
この男は
ヤ〇ザから盃を受けているくせに、なぜだか僕には敬語で話す。
「豊洲への移転がなくなるらしいですから、
それで賑わっているのかもしれませんね」
本間が揉み手をする勢いで村松に言った。
たしかに、そうかもしれない。
豊洲への移転がなくなるかもしれない・・・そんな噂を裏付けるかの様に
築地は異様な活気にあふれていた。
目指す事務所は、そんな築地の喧騒を抜けた更に奥にあった。
老舗を感じさせる広い間口は開け放たれていて、中を覗くことができる。
かなり広い事務所だが、
登記上では、この事務所も既に人手に渡っている。
お情けで借りさせて貰っているのに、その家賃さえも滞って、本間の金から出ているという話だ。
当然だが金にするため備品調度品の類は全て売り払ったのだろう。
閑散とした事務所の中に
女の姿があった。
これが例の美人妻か。
入口の気配を察した女がこちらへ顔を向ける。
「えっ!」
僕は思わず声を漏らし、慌てて口を押えた。
うおおお!叫びたくなる衝動が押し寄せてくる。
目の前に居る美女は、
紛れもなく、若き日の僕にとって女神と言っても過言ではない
あの栞さんだった。
昔とちっとも変ってやしない。
随分と苦労をしただろうに。
見た者を強く惹きつける清楚な美貌は健在したままだ。
その証拠に、
栞さんを前にして、村松たちが妙な腰つきになっている。
予想を超えるズバ抜けた美女の登場に
ズボンの中で股間のモノが荒れ狂っているのだろう。
大勢の男達を前にして、栞さんは緊張した顔を強張らせながら、
安っぽい長テーブルを囲む丸椅子を促した。
「どうも、奥さん。社長さんは?」
すぐに本間が馴れ馴れしく声を掛ける。
事務所内には他に人の気配はない。
当たり前だ、今頃、社長はうちの事務所にいるはずなのだから。
居ないと分かっていて、本間は聞いたのだ。
他に借りるあてのない社長が、目先の苦境から逃れるため、
借り換えを承諾するのは必然だった。
既に社長とは借り換えの話が付いている。
知らないのは栞さんだけだ。
「すみません。親戚のところへ そ、その・・お金を貸して貰いに・・」
栞さんは頭を何度も下げながら、言いにくそうに説明した。
多額の借金をして、返済ができない状況は
栞さんの性格では、心苦しくて仕方がないはずだ。
「本当ですか?まさか、私らから逃げているわけではないでしょうね?」
「と、とんでもないです。
主人は、なんとかお金を返そうと必死にかけずり回っているんです!」
「本当にそうですかね?」
思わず声に出してしまった。
予定にはないセリフに、本間達が怪訝そうな視線を向けてくる。
だが、構いやしない。
僕は腹が立って仕方が無かった。
これほどの人を妻にしておきながら、苦労をさせやがって!
「僕たちが来ることは伝えてありましたよね?
それなのに、わざわざ金策に出てるって。
嫌な役目を貴女に押し付けているだけではないですか?」
「そ、そんなことは・・・」
胸の真ん中に手を置き、栞さんは俯き加減になった。
目線を落とした端正な横顔にグッとくる。
こんな風に堂々と栞さんと対峙するのは初めてのことだ。
とりあえず栞さんの真正面に座った本間に相手をさせて、
僕はじっくりと栞さんを観察してやることにした。
悩まし気に伏せた睫毛は長く、愁いを帯びた目元なんかは、や、やばい、、、
僕は、その透明感ある美貌を直視できずに、自然と視線を少し下へ逸らしてしまう。
そこで、また、はっとなる。
もちろん顔の美しさは折り紙つきだ。
だが、それにも増して、項の辺りの色気が際立つ。
色白で、なんて美しい肌なんだ。
横では村松たちが、穴のあくほど見入っている。
もちろん、
必死に返済ができない言い訳と言う名の説明をする栞さんには、
僕達の邪な視線になど全く気づく様子もない。
僕はいけないと思いながらも、どうにも耐えられず、そっと自分の股間に手を伸ばした。
やはり、物凄い美女だ。
だが、さらに視線を下げて胸の辺りを見回し、
全身を眺めると、なんとなく物寂しさを感じて、思わず股間から手を放してしまった。
痩せすぎなのだ。
今の僕は18の頃の僕ではない。
本間からの紹介以外にも、何人もの女を風俗に沈めていた。
だからこそ、分かる。
もともと栞さんは痩せていたが、
借金などで苦労したせいか、女性らしい丸みのある身体の線が全く感じられない。
いわゆる”痩せぎす”だ。
こういった女は、たいして稼げない。
最初こそ、その清楚な美貌は多くの男達を虜にするだろう。
だが、一度抱いてしまえば、そんなものは半分以下に薄れてしまう。
男なんてものは単純な生き物だ。
新しい若い女が入れば、すぐにそっちへ行ってしまう。
そして、稼ぎが悪くなった借金女は悲惨だ。
店としては元を取るため、あらゆる手段を講じる。
僕はチラリと横目で村松を見た。
特に、この村松は容赦がない。
『何されてもOK、NGなし』
村松の店の看板が頭に浮かんだ。
あのミス慶應を断り続けた本物の美女が、
一度に何人もの男達を相手に、
どんなことでもするというのか。
折しも、栞さんはその端正な顔を上げて、
「ご提案をお聞かせください」と
僕の方に向き直った。
美しい瞳が真っ直ぐに僕を見つめる。
僕は栞さんのそう遠くはない未来を思い、
暗い気持ちになりながらも、勃起してくる衝動をどうしても止められなかった。
(つづく屈服・羞恥)
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