11月26

文学でも法律でも「性にゆるい」方が受け入れられていた日本

     
「女性は貞淑であるべき」という価値観が貴ばれたのは、長い日本の歴史からしたら、一部分であり、日本人は文学にしても法律にしても、「性にゆるい」方が、人々に受け入れられていた。
     
率直に言ってしまえば、昔の日本人はエロかった。
     
と言うより、エロいこと(性愛)を「ダメなこと」「恥ずかしい」と思うよりも、楽しむ傾向の方が強かった。
     
平安時代、女性は「多くの男性と関係を持てる恋愛上手」=「セックスアピールがうまい」ことが魅力だった。
     
「家庭的で母性があり、かいがいしく夫の世話をする妻」の地位は低く、家庭的であるがゆえに、身なりがおろそかになる妻を、夫は「がっかり」した。
     
平安の女性貴族に求められるのは、何よりも「女であること」。
平安文学に書かれた理想的な女性は、「現代人から見ると育児放棄しているような母親」だ。
     
なぜ、セックスアピールのうまい女がモテたのか。
     
男性からしたら、いつ何時、浮気するかもしれない、もしくは、他の男が夢中になりかねない「エロい妻」は、イヤではないだろうか・・・。
     
平安時代は「母系的な社会」だった。
     
家土地は娘に相続され、女の財産権は強かった。
    
また、産まれた子どもは母方の親族で育てることが一般的で、結婚しても女は実家から離れないことも多く、男が半年間自分の家にやって来なかったら離婚も成立する。
      
なので女性は「じゃあ次!」という感じで、また別の男性と結婚して子どもを産み、自分の一族を増やしていった。
     
そのため、常に男を引き寄せるべく、見た目を磨き、色っぽい歌を詠むということが大事な営みになる。
     
つまり、平安時代において「父親が誰か」という観点はそれほど重視されず、女性からしたら「私が産んだ子ども」であればよかった。
     
だが「父系社会」の女性は違う。
      
結婚したら夫の家に入り、自分も子どもも、夫一族の一員になる。財産は父から息子に引き継がれるので、男性は「確実に俺の息子である」という確証が必要だった。
     
よって妻が夫以外の男性と関係を持つのは以ての外だし、なるべく男を寄せ付けない質素で家庭的な「貞淑な女」が求められた。
     
女性に求められる資質は、社会の仕組みによって大きく異なっていたのだ。
     
      
      
【引用元】
     

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