ある日、突然妻がこう言いだしたとしたらどうだろう。
「私たち、そろそろ本気で不妊治療に取り組んだ方がいいと思うの……」
震災で被災した女性が無事元気な赤ちゃんを出産したニュースに、涙した人は多かったはず。
「うちも早く」と考えた夫婦もいたことだろう。
だが、結婚したからといって、誰でも自然に子どもを持てると思ったら大間違い。
今や不妊に悩むカップルは10組に1組とも、8組に1組とも言われる時代だ。不妊治療を手掛ける医師の間では「実情はもっと多いのでは」と囁かれているとか。
さりとて、気軽に取り組むにはあまりに「大変そう」な不妊治療。果たして踏み切るべきか、否か。
こんな場面を想像してみてほしい。
結婚したもののなかなか妊娠できない……焦った妻は意を決してレディースクリニックへ。彼女は帰宅するなりこう言い出した。
「ねえ、今度はあなたも一緒に行って。検査も受けてほしいの」
内科や外科ならともかく、産婦人科を受診するなど彼にとってはまさに想定外。
まして生殖能力について検査されるなんて屈辱そのものだ。そこで言い放つ。
「なんでそんなことまでして子どもを作らなきゃいけないんだ。それに、不妊の原因なんてたいてい女性側にあるんだろ」
かくして夫婦の話し合いは大喧嘩に発展してしまうのである。
「不妊症の一般的な定義は健康な男女のカップルが、避妊なしのセックスをして2年以上経っても授からないこと。
女性側に原因があるものと思い込んでいる人は多いですが、じつはそうでもない。
WHOが不妊の原因を調べたところ、夫のみに原因があるケース、夫婦両方に原因があったケースは合わせて49%でした。
不妊カップルの2組に1組は男性側に原因があった、ということですね」
だが現実には、「男性不妊症」は年々増えている、と言われている。
1992年、デンマークの研究者が「過去50年間に男性の精子が半減した」と発表。
これを受け、日本でも調査を行ったところ、過去30年間に10%の精子減少が認められたという。
とくに1990年以降、強い減少傾向があったそうだ。
原因として指摘されているのが、ダイオキシン、PCB、DDTといった環境エストロゲンの影響である。
実際、環境汚染の著しい中国では不妊カップルが急増。
専門家の調べで、男性の精子の数が30?40年前の20?40%と激減していることがわかった。
中国新聞社(2009年3月2日付)によると精子バンクの供給量は圧倒的な不足状態で、提供を待つ夫婦は1000組以上にのぼる、とされる。「闇の精子バンク」も横行しているという深刻な事態だ。
「このほか、ストレスも要因とされています。不妊症は妻だけでなく、夫にとっても身近な問題であることを認識してほしい。
ストレスは妊娠を望むカップルにとっては天敵だ。男性ホルモン、テストステロンを低下させるからである。
テストステロン値が低下すると、精力減退や勃起不全(ED)を招くほか、精子が減少したり、運動率が落ちたりする。
なお、「ノートパソコンを長時間ひざに乗せ作業している人は、不妊症になる可能性がある」という研究者の指摘もある。
多忙な現代の男性は、さまざまな不妊リスクにさらされているのだ。
もちろん、晩婚化の影響も大きい。松本さんはこんな話もしてくれた。
「男女雇用機会均等法が施行されて以来、男性に負けじと頑張ってきた女性たちが、いつのまにか婚期を逃し、出産のタイミングを見失っていた。『35歳までは大丈夫』と自分に言い聞かせて……。
でもね、じつは卵巣の機能は27歳をピークに衰えていくんです。
27歳といえば仕事もひととおり覚え、後輩や部下もできて、社会人として一番のっているときでしょ。
結婚はおろか、出産なんてまだまだ先の話、と思っている人が多いんじゃないでしょうか」
厚生労働省の調査によると、女性の平均初婚年齢は2009年現在で28.6歳。
卵巣機能が下り坂になってから結婚する人が多いことになる。
なお、「40歳時点で子を産んでいない女性の割合」は増え続けており、昭和28年生まれの女性では10.2%と10人に1人だったが、昭和44年生まれでは27%。およそ3人に1人だ。
優秀でまじめな女性ほど、職場での責任を果たそうと頑張り続け、プライベートなことは後回しにしがちだ。
しかし皮肉なことに、そうした「まじめな妻」たちが不妊症を抱えるリスクは大きいのである。
仕事のストレスを背負い込んだ夫に、まじめで頑張り屋の妻。
今の日本、こうしたカップルはごまんといることだろう。不妊症が増えているのもうなずける。
こうした現実を受けてか、日本の不妊治療の水準はかなり高く、体外受精を行う施設数も世界で断トツトップという。
しかし技術的に進んだ治療を続け、晴れて我が子の産声を聞けるカップルばかりとは言えないようだ。
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