ある日、冬の寒い日の夕方。
自分がストーブの効いた居間でくつろいでいると、家のドアが開く音が。
時間的に、父や母が帰ってくるにはまだ早い。
消去法で、妹が帰ってきたことはすぐわかった。
しかしその妹、なかなか居間に入って来る様子がない。
玄関で一体何やってんだ、などと思っていると。
「助けて!お兄ちゃん!」
それは切羽詰まった悲鳴だった!
何だ!?
慌てて玄関に行くと、そこには慌てた様子で履いている靴と格闘している妹がいた。
「どうした!何があった!?」
「靴が、靴が脱げないのよ!」
「何!靴が!」
………。
??
とりあえず妹に命の危険はないと安堵したが、イマイチ状況が把握できない。
「……どゆこと?」
「お手洗いに行きたいのに…ほどけないの!」
泣きそうな声に、自分はようやく妹が危機的状況にあることを理解した。
妹はもう高校生だ。
年頃の女性、ましてや大事な肉親に、おもらしなどさせるわけにはいかない!
慌てて妹に駆け寄り、靴紐をほどこうと試みる。
しかし慌ててほどこうとしたのが仇となり、クソ結びになってしまっている。
しかも妹が身体を捩らせたり、地団太を踏んだりするので、なかなか思うようにいかない。
「お兄ちゃんまだ?私もう我慢出来ない!」
「そんなこと言ったって!頼む、もう少し耐えてくれ!」
俺の必死の努力の前に、少しずつほぐれていく靴紐。
しかし、妹の脚の動きもどんどん激しくなっていく。
眼鏡の奥の瞳には涙が浮かび、脚は内股。
恥も外聞も捨てたのか、スカートの上から手でぎゅっと股間を押さえている。
限界が近付いていることは誰の目にも明らかだった。
そんな妹の様子に、自分の焦りもどんどん加速していく。
「こんにゃろ、こんにゃろ!」
「早く…もれちゃう…もうダメ…」
情けない声をあげると、妹はその場にうずくまってしまった。
「頑張れ!頑張れってば!」
「だって!だって!ああ、助けて、助けて…」
必死の励ましも耳に届かないのか、うわ言のように助けて、助けてと繰り返す妹。
しかし、その時!
「お!よし、いけるぞ!」
ようやく手ごたえあり!
一度糸口を見出せば後は楽勝だった。
程なくして、靴紐を完全にほどくのに成功!
「よし、やったぞ!早くトイレに!」
「ダメ、私もう動けない…」
しかし妹は自力で立ち上がれないのか、うずくまったまま震えているだけでその場から動こうとしない。
「頑張れって!ほら、手を貸すから!」
励ましながら、妹の背後に回り、脇に手を入れて立たせようとする自分。
が、脇に手を差し込んだその瞬間。
「きゃああああああああっ!?」
凄まじい悲鳴が玄関中に響き渡り、妹は手足をばたつかせて暴れ出した。
しまった、そういえば妹は脇が弱かったんだっけ?
妹の最大の弱点を思い出した、その瞬間。
メリッ!!
「ぐはあっ!?」
凄い衝撃が全身を襲った。
くすぐったさに暴れる妹のヒジが、自分のみぞおちに綺麗にめり込んだのだ。
「ぐおおおおおお…」
あまりの苦しさにその場に崩れ落ち、服が汚れるのも構わず玄関でゴロゴロとのたうち回る自分。
さらには。
ポコンポコン!
「あでっ!?」
追い打ちをかけるように、妹の脱ぎ捨てた靴が自分の頭にヒットした。
そして妹は自分の方など見向きもせずに、トイレに向かって全力ダッシュ!
さっきまで立ち上がれなかったのが嘘のような、俊敏な動きだった。
自分にとっては災難だったが、どうやら脇へのくすぐりが良い方向に転がったらしい。
「後でいくらでも謝るから!」
バタン!!
そんな妹の言葉とともに、勢いよくトイレのドアは閉められた。
ほどなくして、トイレの水が流れる音が。
高校生になっておもらしという、最大の悲劇は何とか回避されたようだ。
よかった、本当によかった…。
そして安堵した途端、俺の意識はみぞおちから生じる激痛に支配されていったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ところでさ」
「何?」
「冷静に考えるとさ、別に土足で良かったんじゃないか?」
「…………もっと早く気付いてよ!」
「お互い様だろ」
「でも、本当にありがとう。……もう痛くない?」
「まだちょっと痛いけど、大丈夫だって。良いモノが見られたから、それでチャラにしとくよ」
「何よ、良いモノって」
「もれちゃう…もうダメ…だって。前押さえてるし。小学生かっての」
「お願いだから、忘れて……」
俺のからかいに、顔を真っ赤にする妹だったとさ。
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