03月8

ある冬のプチ騒動

ある日、冬の寒い日の夕方。
自分がストーブの効いた居間でくつろいでいると、家のドアが開く音が。

時間的に、父や母が帰ってくるにはまだ早い。
消去法で、妹が帰ってきたことはすぐわかった。
しかしその妹、なかなか居間に入って来る様子がない。
玄関で一体何やってんだ、などと思っていると。

「助けて!お兄ちゃん!」

それは切羽詰まった悲鳴だった!
何だ!?
慌てて玄関に行くと、そこには慌てた様子で履いている靴と格闘している妹がいた。

「どうした!何があった!?」
「靴が、靴が脱げないのよ!」
「何!靴が!」

………。
??
とりあえず妹に命の危険はないと安堵したが、イマイチ状況が把握できない。

「……どゆこと?」
「お手洗いに行きたいのに…ほどけないの!」

泣きそうな声に、自分はようやく妹が危機的状況にあることを理解した。
妹はもう高校生だ。
年頃の女性、ましてや大事な肉親に、おもらしなどさせるわけにはいかない!

慌てて妹に駆け寄り、靴紐をほどこうと試みる。
しかし慌ててほどこうとしたのが仇となり、クソ結びになってしまっている。
しかも妹が身体を捩らせたり、地団太を踏んだりするので、なかなか思うようにいかない。

「お兄ちゃんまだ?私もう我慢出来ない!」
「そんなこと言ったって!頼む、もう少し耐えてくれ!」

俺の必死の努力の前に、少しずつほぐれていく靴紐。
しかし、妹の脚の動きもどんどん激しくなっていく。

眼鏡の奥の瞳には涙が浮かび、脚は内股。
恥も外聞も捨てたのか、スカートの上から手でぎゅっと股間を押さえている。
限界が近付いていることは誰の目にも明らかだった。
そんな妹の様子に、自分の焦りもどんどん加速していく。

「こんにゃろ、こんにゃろ!」
「早く…もれちゃう…もうダメ…」

情けない声をあげると、妹はその場にうずくまってしまった。

「頑張れ!頑張れってば!」
「だって!だって!ああ、助けて、助けて…」

必死の励ましも耳に届かないのか、うわ言のように助けて、助けてと繰り返す妹。
しかし、その時!

「お!よし、いけるぞ!」

ようやく手ごたえあり!
一度糸口を見出せば後は楽勝だった。
程なくして、靴紐を完全にほどくのに成功!

「よし、やったぞ!早くトイレに!」
「ダメ、私もう動けない…」

しかし妹は自力で立ち上がれないのか、うずくまったまま震えているだけでその場から動こうとしない。

「頑張れって!ほら、手を貸すから!」

励ましながら、妹の背後に回り、脇に手を入れて立たせようとする自分。
が、脇に手を差し込んだその瞬間。

「きゃああああああああっ!?」

凄まじい悲鳴が玄関中に響き渡り、妹は手足をばたつかせて暴れ出した。
しまった、そういえば妹は脇が弱かったんだっけ?
妹の最大の弱点を思い出した、その瞬間。

メリッ!!
「ぐはあっ!?」

凄い衝撃が全身を襲った。
くすぐったさに暴れる妹のヒジが、自分のみぞおちに綺麗にめり込んだのだ。

「ぐおおおおおお…」

あまりの苦しさにその場に崩れ落ち、服が汚れるのも構わず玄関でゴロゴロとのたうち回る自分。
さらには。

ポコンポコン!
「あでっ!?」

追い打ちをかけるように、妹の脱ぎ捨てた靴が自分の頭にヒットした。
そして妹は自分の方など見向きもせずに、トイレに向かって全力ダッシュ!
さっきまで立ち上がれなかったのが嘘のような、俊敏な動きだった。
自分にとっては災難だったが、どうやら脇へのくすぐりが良い方向に転がったらしい。

「後でいくらでも謝るから!」
バタン!!

そんな妹の言葉とともに、勢いよくトイレのドアは閉められた。
ほどなくして、トイレの水が流れる音が。
高校生になっておもらしという、最大の悲劇は何とか回避されたようだ。

よかった、本当によかった…。
そして安堵した途端、俺の意識はみぞおちから生じる激痛に支配されていったのだった。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ところでさ」
「何?」
「冷静に考えるとさ、別に土足で良かったんじゃないか?」
「…………もっと早く気付いてよ!」
「お互い様だろ」

「でも、本当にありがとう。……もう痛くない?」
「まだちょっと痛いけど、大丈夫だって。良いモノが見られたから、それでチャラにしとくよ」
「何よ、良いモノって」
「もれちゃう…もうダメ…だって。前押さえてるし。小学生かっての」
「お願いだから、忘れて……」

俺のからかいに、顔を真っ赤にする妹だったとさ。
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