もう三年前の話なんだがな
家出した理由はそれなりに家庭の事情だった
両親不仲で毎日喧嘩してて嫌になって家飛び出した
十五歳だった
親の財布から抜いた一万円で全く知らない街に行った
自分の財布ぐらいしか持ってなかった
携帯は電話鳴ると鬱陶しいからおいてきた
夜の十時過ぎに電車降りた
それなりに都会だった
とりあえずどうしようと駅前の広場にあるベンチに座って考えてた
家出した高揚感が次第に収まっていった
だんだん都会が恐く思えてくる
まあガキだったし
歳上の男や女が凄く恐く思えた
だいそれたことをしてしまったんだと思って悲しくなった
半泣きだった
俯いてると声をかけられた
「なにしとん?」
顔をあげるとにやにやと笑う三人がいた
歳上の男と男と女だった
凄く不快な笑みだった
玩具を見つけた、みたいな
逃げ出したくて仕方ないのに体が動かない
蛇に睨まれたカエルみたいな?
「なあなにしとん?」
目をまた伏せて震えた
今から殺されるんだぐらいの勢いで恐かった
「大丈夫やって、なんも恐いことせんから」
悪役の台詞だと思った
けど今にして考えれば悪役じゃなくてもいいそうな台詞だ
とにかく当時の俺には恐怖に拍車がかかった
また震えた
ごめんなさい、と呟いた
「つまんね」
開放されると思った
「お金ある?」
すぐにこれがカツアゲだとわかった
産まれて初めての経験だ
恐い恐い恐いって
あの時の俺はとにかく臆病だった
財布には親から抜いた一万円(電車代でちょっと減ってる)と
自分のお小遣い数千円があった
けどこれを失くしたらもうどうしようもなくなる
金がなくても警察に行けば帰れるとか、当時の俺は思いつかなかった
だからそのままホームレスになって死ぬんだと思った
ないです、と答えた
「嘘はあかんて。な? 財布だせや」
駅前の広場は他にもたくさん人がいたけど
誰も助けてくれる人はいなかった
ドラマじゃよく聞く光景だ
誰も助けてくれない
でもそれは本当なんだな、と思った
「なあ?」
男が俺の頭を鷲掴みにする
言っておくがこの三人はただの不良だ
けどまあ、この三人のお陰で俺はお姉さんに拾ってもらえた
「なにしとん?」
それが初めて聞いたお姉さんの声だった
といっても
俺は向こうの仲間が増えたと思ってまたびくついた
けど三人の対応は違った
「なんやねんお前」
「いやいや、自分らなにしとん? そんなガキ相手にして楽しいん?」
「黙っとれや。痛い目見たなかったらどっかいかんかい」
「流石にガキ相手に遊んどるのは見過ごせんわ。ださ」
「あ?」
まあ、会話はおおよそだから。
でもこんな感じだったと思う。
恐くてってどんだけ言うんだって話だけどやっぱり恐くて上が向けず
お姉さんがどんな人かもわからなかった
「調子のっとるな、しばいたろ」
三人組の女の声だ
他の二人も賛同したのか視線はそっちに向いた気がした
少なくとも俺の頭を掴んだ手ははなされた
「ちょっとそこの裏路地こいや」
とか、そんな風なことを言おうとしてたんだと思う
けど、それは途中で終わった
「うそやん」
妙に驚いてた気がする
声色だけでそう思ったんだけど
「シャレにならんわ。ほな」
関西弁の人ってほんとにほなって言うんだ
とか調子の外れたことを思った
それから暫くして
俺の肩に手が置かれた
びくっと震える
たっぷりの沈黙の後
「なにしとん?」
さっきまでの三人組みたいな声じゃなくて
ちょっと優しい雰囲気があった
おそるおそる顔をあげると
綺麗なお姉さんがそこにいた
髪は長くて
真っ赤だった
化粧もしてて
大人のお姉さんだと思ったけど
今にして考えてみればあれは多分、V系だったんだろう
なんにせよ綺麗だった
同級生の女子なんてちっさく見えるぐらい綺麗だった
「ありがとうございます」
と、つっかえながらもなんとか言えた
「んなもんええけど、自分アホやろ? ガキがこんな時間うろついとったらアホに絡まれんで」
家出したと言ったら怒られると思って下を向いた
お姉さんは大きな溜息を吐いた
「めんど、訳ありかいや」
やけに言葉が汚いお姉さんだと思った
お姉さんスペック
身長170越(自称)
外だと厚底履いてるから175は越えてる
スレンダー
Dカップ
赤髪ロング
耳にピアスごじゃらら
関西人っぽい
年齢不明(見た目18?21)
綺麗だと思う
暫く沈黙が続いた
というかお姉さんタバコ吸ってるみたいだった
タバコの匂いがやたら甘かった
「ああ……腹減った」
お姉さんが言う
言われてみれば俺も腹が減っていた
家出してかれこれ五時間
電車の中でポッキー食べたくらいだった
「ファミレス行こか」
「?」
「ファミレス。ほら、行くで」
近くのファミレスに行く
着いて適当に注文する
お姉さんは凄く目立つ
赤髪、ロング、黒服、ピアス
綺麗だし、目立つ
「自分なんも喋らんな。病気なん?」
「ちが、ちがいます」
「ああ、あれ? 恐い? そやな、よく言われるんよ、恐いって」
「い、いや」
なんて言おうとして否定したのかは知らんが、まあだれでもそう反応するだろ?
俺はハンバーグ
お姉さんは野菜盛り合わせ
「んで、なんで家出したん?」
驚きすぎてむせた
なんでわかるんだこの人は、超能力者か
とか考えたかは知らんが驚いた
でも今にして考えれば解ることかもしれん
夜の十時すぎに家に帰らない子供
思いつくのは塾帰りで家に帰りたくないか
夜遊びするガキか
家出か
なのにその時の俺は塾に行くような鞄持ってなかったし
遊んでそうなガキに見えなかったろうから
家出
カマかけてきたんだろう
でも当時の俺はただただ
大人のお姉さんすげーって思うだけだった
「家が……色々」
「ふうん、そっか」
「まあその歳やといろいろあるわな」
「で、どないするん? いつかえるん?」
「……帰りたくないです」
「そりゃ無理やろ。仕事もないし、ってか仕事できる歳なん?」
「15です」
「ギリやな。家もないし金もないやろ?」
「……」
それでも帰りたくなかった
俺にとってあの当時の家はかなり地獄だった
まあ、もっと酷い家庭はあると今ならわかるけど
「一週間もしたら帰りや」
「……はい」
「ほんじゃ、飯食ったら行こか」
「?」
「うち、ヒト部屋空いとるから」
こんな経緯で俺はお姉さんに拾われた
お姉さんの家は都会の駅から四つ
閑散とした住宅街だった
見た目とは裏腹な場所に住んでるなと思ったけど
住んでるのは高層マンションの最上階だった
お金持ちなんだと思った
「片付けてないけどまあ歩けるから」
「おじゃまします」
玄関入ると左手に一部屋
右手にトイレ、浴室
奥にリビング
リビングの隣に一部屋
「ここ、物置みたいなもんやから使って」
俺は玄関入って左手の部屋に案内された
ほんとに物置だった
「衝動買いしてまうんよね、はは」
お姉さんが照れくさそうに笑う
知れば知るほど見た目とのギャップに困惑した
でもそのギャップに惹かれた
「とりあえず風呂でも入ってきたら?」
「はい」
初めて女の人の部屋に泊まるわけだけど
だからどうだって緊張感はなかった
ガキだったから
そりゃエロ本も読んだことあったけど
そんな展開になるわけないって思ってたし
シャワーを浴びて体を拭く
「洗濯機の上にパジャマと下着出しとるから」
見るとそれは両方とも男物だった
なんで男物があるんだろうと考える
以前同棲してたから?
ありうる
だから一部屋余ってるんだと思った
こんな綺麗なお姉さんだ、彼氏がいない方がおかしい
下着とパジャマを着てリビングに行く
「サイズちょうどええみたいやな、よかったよかった」
「やっぱうちとおんなじくらいやねんな」
「……?」
「それ両方うちのやねん。男もんの方が楽でな」
途端に俺は恥ずかしくなった
いつもお姉さんが着ているものを着てるのだ
下着も
不覚にもおっきした
いや不覚も糞もないか
ガキだし
でもそれはバレないようになんとか頑張った
中腰で
「ん? んん? なーんや、お姉さんの色気にあてられてもたん?」
「ははっ、若いなあ」
速攻でバレた
恥ずかしさが一気にヒートする
「ええよ気にせんで、なんし男の子やねんから。ほら、そこ座り。コーヒー……は飲めんか」
「飲めます」
「おお、君飲む口か」
嘘だ、コーヒーなんて飲めない
苦い
でも子供扱いされたくなかった
お姉さんに一番気になっていたことを聞く
「どうして、その、泊めてくれるんですか?」
「そりゃもちろん」
なんだそんなことかと言わんばかりに
お姉さんは興味がなさそうに携帯に視線を戻して
「暇潰し」
「暇潰し、ですか」
「うん」
「そうですか」
「なんやとおもったん?」
「……?」
「お姉さんが君に惚れたとでも思った?」
「いえ」
「そこは嘘でも頷いたらいいボケになんねんけど、ってあ、君こっちの子ちゃうんよな」
「はい」
「ほんじゃせっかくやねんから関西のボケとツッコミを勉強して帰りや」
「はあ」
「そしたら家のことも大概どうでもよくなるわ」
それは嘘だと流石に思った
コーヒー
目の前にブラックな飲料が差し出される
「砂糖は?」
首を横に振った
湯気だつコップを持つ
覚悟を決めて口につける
うげえ
「はっはっは! 梅干食っとうみたいなっとうやん!」
お姉さん爆笑
俺は俯く
「無理せんでええて。ミルクと砂糖持って来たるから」
「うちも自分ぐらいん時コーヒーなんて飲めんかったし」
その言葉で救われた気がする
お姉さんも子供の時があったんだな、なんて
当たり前なんだけど
「あの」
「ん?」
お姉さんは頬杖をついて携帯をいじっていた
話しかけると綺麗な目を俺に向ける
まっすぐに向ける
心が囚われる
「どないしたん?」
「あ、えと」
俺自身口下手な方だし
お姉さんは自分の世界作ってるような人だし
特に会話は続かなかった
お姉さんの部屋から流れる音楽
フィーリング音楽?
が心地よくて
時間が過ぎるのを苦もなく感じられた
「そろそろ寝るわ」
「はい」
「明日はうち夜から仕事やから」
「はい」
「夜からの仕事、ついてこれるように調節してな」
「……はい?」
「やから仕事やって。自分、もしかしてタダで泊めてもらえるおもたん?」
「いや、そんなことは、ってかその僕、大丈夫なんですか?」
「平気平気。うちの店やから」
お姉さんは自分の店も持っていた
先に言っておくとそれはBARなわけだけど
やっぱりお姉さんかっけーってなった
まさかあんな格好させられるとは思わなかったけど
夜から仕事で起きるのが夕方だったから
俺は結局朝まで起きてた
それ事態は物置にある本棚に並べられた本を読んでれば問題なかった
夕方に起きる
リビングに行くと机の上に弁当があった
メモで食べるようにと書かれている
そして五時に起こすようにと書かれている
お姉さんは寝ていた
まだ四時すぎだったので先に弁当を食べた
食べ終わってお姉さんの部屋の扉を開ける
やけにいい匂いがした
凄く緊張した
手に汗がにじむ
「おねーさーん」
扉から声をかけるもお姉さんは起きない
意を決して中に入る
ベッドの上ですやすやと寝息を立てるお姉さんがいた
「お姉さん、おきてください」
お姉さんは起きない
薄暗い部屋で目を細めてお姉さんの寝顔を覗く
起きてる時に比べればブサイクだった
化粧をしてなくてブサイクとかじゃなくて
枕で顔が潰れててブサイクだった
でもどこか愛嬌があって
いうなればぶちゃいくだった
間近で見てると胸が高鳴った
今ならなにをしてもいいんじゃないか、なんて思い始める
そんなわけないのに
そんなわけがないのに手が伸びる
ゆっくり
静かに
鼓動がどんどん大きくなる
あわや心臓が口から飛び出しそうになる
やめておけ、と誰かが言うが
やっちまえ、と誰かが言う
俺はお姉さんの頭に手を置いた
見た目より痛んでない髪に手を通す
撫でる
「ふにゅ」
それは形容しがたい寝声だった
ってか多分これは美化されててふにゅなんだろうけど
なんだろう
文字にできない可愛らしい言葉ってあるだろ?
お姉さんはそんな声を出した
優しく
愛でるように撫でた
お姉さん、可愛いな
とか思いながら撫でた
だから気づかなかった
お姉さん、もうとっくに起きていた
「なにしてんの?」
怒っている風ではなく
優しい寝起きのぼやけた声色だった
「す、すみませんっ」
逃げ出そうとした
「ええよ」
「撫でててええよ。気持ちいいから」
了解を得たので再び座り込んでお姉さんの頭を撫でる
「うん、君撫でるの上手いな」
「今日はうちが寝る時撫でててもらおかな」
「はい」
十五分くらいか
お姉さんの頭を撫で続けた
お姉さんは心地よさそうにしていた
俺もなんだかとても心地よかった
「さて、支度しよか」
それの終わりがきたのはやっぱり少しだけ残念だった
「……なにしてるんですか?」
「ちょ、動かんといて」
「いやほんと、なにしてるんですか?」
「やから動かんといて」
「……はい」
俺は化粧をされていた
「んー、まあこんなもんか」
「なんで化粧されたんでしょう」
「化粧するとな、年齢がわからんくなるんよ」
「ほら、それに君うっすい顔してるし。めっちゃ化粧映えするわー」
「はあ」
「んで、そやなーふふふーん」
「楽しそうですね」
「あんまないからなーこんな機会」
「あ、これでええな」
「……冗談ですよね」
「冗談なわけないやん。その顔で男もんの服着る気?」
「その顔ってか俺は男です」
「どこがあ。鏡みてみ?」
そこにはとても可愛らしい女の子がいました
なんて流石に言いすぎだが
確かに女の子がいた
化粧こええ
「君若いし、女装すんなら今のうちやって」
「……」
俺はいろいろと諦めた
可愛らしい化粧をされて
可愛らしいスカートはかされて
可愛らしい服を着せられて
タイツもはかされて
俺なにやってんだろう
もちろんヅラも被されて
お姉さんの店はあの都会の駅だ
電車にも乗った
派手な二人組だった
「お姉さん、流石にこれは」
「喋らんかったらバレんから大丈夫やって」
俺は喋れなくなった
BARにつく
普通のBARだった
普通の、といってもなにが普通かわからんが
イメージ通りのBARだった
要はちょっと暗くてお洒落
小さな店だった
カウンターが七席にテーブルが一席
「なにしたらいいですか?」
「とりあえずトイレ掃除から。あ、上着は脱いでな」
ってなわけで俺は店の掃除を始めた
トイレ掃除
床の掃き掃除
テーブル拭き掃除
グラス磨き
「お客さんが来たらこれ二つずつ乗っけて出すんよ」
とそれはチョコとかのお菓子
「あとはそやな。これが?」
冷蔵庫の中のメニューを三つ教えてもらう
(お皿に盛り付けて出すだけ)
「んでお客さんが帰ったらグラス回収やらしてテーブル拭いてな」
「は、はい」
「今日はそんな客多くないから緊張せずに慌てずに、やで」
「頑張ります」
「まあ自分の一番の役目はそんなんとちゃうけど」
お姉さんが悪い笑みを浮かべた気がした
その意味は後に知ることとなる
開店から三十分、二人組の女性が来る
「おねーさんこんちゃーってなにこのこ! ちょーかわいいやん!」
「おねーさんどこで誘拐してきたん!?」
「誘拐なんかせんでもほいほいついてきまうんよね」
「あかんで、あのお姉さんについていったら食われてまうでー」
「いや、あの、そんな……これ、どうぞ」
言われてた通りお菓子を出す。
女性二人は目を丸くしていた
「……男の子やん! うわあうわあうわあああああ!」
二人の女性のテンションが上がる。
その後は落ち着いた女性客とお姉さんやらが話して
その日は計七組のお客さんが来た
入れ替わりがあったから満員にはならなかったけど
「はい、お疲れ」
お姉さんがジュースを出してくれる
なんだかんだで疲れた
主に精神的に
「いやー大盛況やったね、君」
「……はあ」
俺はようするにマスコットキャラクター代わりだった。
来る客来る客珍しいものを見る風に
ってか本当に珍しいんだろうけど
わいのわいのと騒ぐ
「あの」
「ん?」
「真っ青な髪の男性客の人、今度ホテル行こうとか言ってましたけど、冗談ですよね」
「ああ、あれな」
「ほんまにホテル付いてってくれたらラッキーってなぐらいちゃう?」
世間は広い
俺は色んな意味でそう思った
閉店作業をして家に帰る
もう朝だ
家に着くなりお姉さんはお風呂に直行した
「一緒に入るか?」
とか言われたけど盛大に断った
恥ずかしくて無理
お風呂から出てきたお姉さんは凄くラフだった
どっからどう見てもノーブラで
薄いパジャマを着ていた
前のボタンを途中までしか締めてなくて
胸元が思いっきり露出している
「熱いわー」
思いっきり乳首がががががががが
目を逸した
「ああ、そや、化粧落としたるわなー」
この間、服もどうすればいいのかわからないので
俺はずっと女の子である
化粧を落とすためにお姉さんは凄く近くに寄ってきた
勘弁してください
「玉の肌が傷んでまうからなー」
優しく化粧を落とすお姉さん
乳首が見せそうで見えない角度
胸の横っかわはずっと見えてて
俺はそれに釘付けだった
息子も釘付けだった
「よし、顔洗ってき。そのまま風呂入ってき」
「はい」
急いで俺は浴室に直行した
もう性欲が限界だ
やばい、本当にやばい
そりゃしたさ
うん、そりゃするさ
だってガキだもん 猿だもん
そんなわけですっきりした俺は風呂から出て
またお姉さん下着パジャマに身を包む
コンビニ弁当を食べて
またコーヒーを頼んだ
「飲めんやろ?」
「飲めます」
「はいはい」
出されたコーヒーにやっぱり梅干の顔をした
「はははっ、懲りんなあ」
暫く時間が流れて
「はあ、そろそろ寝よか」
「おやすみなさい」
「なに言うとん。一緒に寝るんやろ?」
目が点になった
なにを言ってるんだろうと思った
そんな約束はしていない
「なに驚いとん。髪撫でてくれるって言うたやん」
あれってそういう意味だったのか
「丹精込めて撫でてやー」
丹精込めて撫でるってなんだろう
「ほら、寝るで。明日も仕事やねんし」
小さく頷く
お姉さんの部屋に入る
あの落ち着くBGMが流れてた
「奥はうちやから」
「はあ」
ベッドに誘われて入り込む
お姉さんの匂いがした
もうそれだけで眠れそうだった
「はい」
「?」
「ぼうっとしとらんで、ほら」
「あ、はい」
お姉さんの髪を撫でる
俺よりもずっと身長の高いお姉さんの髪
綺麗な髪
赤い髪
撫でる度にいい匂いがする
「なあ」
「はい」
「彼女おるん?」
「いや、いないです」
「の割に髪撫でるの上手いな」
「多分、犬飼ってたから」
「犬? 犬とおんなじか」
「すみません」
「それも悪くないかなあ」
「はあ」
「だって撫でてくれるんやろ?」
別にお姉さんだったら犬でも猫でもワニでも蛇でも撫でる
「なら犬も悪ないな」
「お姉さんは」
「ん?」
「お姉さんは、その、彼氏、とか」
「おらんよ。おったら流石に連れ込まんわ」
「ですよね、はは」
嬉しかった
「でも、好きな人はおるかな」
言葉が詰まる
息が苦しくなった
そのお陰で
「そうですか」
と噛まずに言えた
なんでだろう
凄く夢見た光景なのに
男の夢って具合なのに
なぜだか辛かった
きっとお姉さんに好きな人がいると聞いたからだ
理由はわかってた
胸は苦しい
なのに心地いい
お姉さんを独り占めしている気がした
お姉さんの好きな人にだってこんなことはできないだろうと思った
けど俺はお姉さんの好きな人には成り代われない
結局、お姉さんはその内に眠っていた
泣きそうだったけど
俺もなんとか眠ることができた
起きると横にお姉さんがいた
頭を撫でて、起きてくださいと言う
お姉さんは寝返りをうって抱きついてくる
心臓が一気に跳ね上がる
もうずっとそのままでいたい
でもお姉さんはその内に目を覚ました
抱きついていることに気づくと、より深く顔を埋めた
「ごめんな、ありがとう」
お姉さんの言葉の意味がわからなかったけど
とりあえずお姉さんが喜んでくれるならと
俺はお姉さんの頭を撫でた
店について開店作業
とりたてて難しいことがあるわけじゃないので忘れてはいない
その日も疎らにお客さんが入っていた
何組目のお客だったか
中盤ぐらいでその人はきた
「よお」
やけにいかつい顔の人だった
ってかヤクザだと思った
「なんやねん」
少なくともお姉さんはその人を嫌っているようだった
「この前の借り、返してもらいに来た」
「自分が勝手にやったんやろ」
「でも助かったろ?」
席に座ったのでいらっしゃいませと通しを出す
「おお、この前のガキンチョか? 随分変わったなあ」
「?」
「なんだ覚えてねえのか。助けてやったろ?」
なにを言ってるのかさっぱりわからなかったのでお姉さんを見やる。
「不良に絡まれとった時、こいつが追い払ってん」
なるほど、それであの三人は逃げたのか。
そりゃこんな顔に睨まれたら逃げたくもなる。
「ありがとうございました」
「気にすんな。お陰でこいつにいいことしてもらえるからな」
「誰がするか」
「本気だ」
ガキでも解る三段論法
俺を助けるお姉さんを助ける強面
↓
それをネタにお姉さんを脅迫
↓
原因は俺
「あの」
「ん? どうした、坊主」
「……困ります」
「……あ?」
「そういうの、困ります」
「おいガキ」
強面が俺の胸ぐらを掴んで引っ張り上げる
なんでこんなこと言ってるんだろう俺はと後悔した
「おいオッサン、その手離さんとキレるで?」
お姉さんがドスの低い声で強面に言う
でもそれもこれも嫌だった
俺が子供だからこうなったんだ
「あの」
強面がこっちを向く
それに合わせて思いっきり手をぶつけてやった
平手で
多分、グーで殴ることが恐かった
そういう経験がなかったから
だから平手で殴った
強面は鼻血を出した
「ガキ……調子に乗りすぎだなあ?」
強面の恫喝に身が震えた
殴るなんてことはついやってしまったことに近くて
それ以上のなにかなんて無理だった
外に連れ出された俺は
五六発ぶん殴られた
こんな痛いことがあるんだと知った
もう人を殴るのはよそうとか考えてた
お姉さんが後ろから強面を止める
強面がお姉さんを振り払うと、壁にぶつかった
お姉さんが痛そうな声をだした
なにを考えたわけでもなく強面に突撃する
なにもできないけど許せなかった
振り払われて、また殴られて
「気分悪い、二度と来るか」
捨て台詞を吐いて、強面は帰った
お姉さんが中の客を帰して
意識の曖昧な俺を看病してくれた
どう看病してくれたかは覚えてないけど
お姉さんは泣いていたような気がする
ごめんな、ありがとう
と言っていた気がする
でも、俺にはやっぱり意味がわからなかった
殴られたからか、わからなかった
お姉さんが泣いているのは見たくなかったから
泣かないで、と手を伸ばした
お姉さんの頭を優しく撫でた
気づくとお姉さんの部屋にいた
いつの間にか気を失った俺はお姉さんに運ばれたらしい
寝起きだからかぼうっとする
でもおでこがひんやりと気持ちいい
「おはよ」
お姉さんはベッドの横にある勉強机みたいなやつのイスに座ってた
パソコンを触ってたらしい
「おはよ、ございます」
起き上がろうとしたけど体が痛くてうめき声が漏れる
「あかんて、今日はゆっくりしとき」
「でも、仕事」
「なに言うとん。そんな面じゃお客さんびびるし、あの鬱陶しい客が二度と来ん言うてんから、うちとしては充分や。ほんまにありがとう」
「君はうちの幸運やな」
「役に立てました?」
「充分やって。あの客な、前から鬱陶しかってん。ああやって誘ってきてて。でも多分、ほんまに二度とこんやろ。なんせ、十五歳の子供に鼻血出されてもうたからな。メンツが立たんで」
にやりとお姉さんは笑う。
「凄いな、自分。恐かったやろ、痛かったやろ」
強かったけど、痛かったけど
それどころじゃなかった
そんなことどうでもいいぐらいに怒っていた
「別に」
「かっこつけんなや。でも君」
「かっこよかったよ」
嬉しいよりも照れくさい
俺は布団の中に顔を隠す
「なんか食べられそうなもん持ってくるわ。口ん中切れとるやろうけど、ゼリーなら食えるやろうから」
ゼリーは確かに食べられたけど
口の中は切れてて痛かった
でもまあ
「はい、あーん」
「自分で食べますよ」
「ええから」
「いや」
「はよ口開けろや」
「はい」
お姉さんが食べさせてくれたからなんでも食べれた
お姉さんが食べさせてくれるなら納豆でも食べれそうだった
納豆嫌い
「なんか欲しいもんある?」
「欲しいもの?」
「漫画でも食べ物でも用意するから。高いもんは勘弁してほしいけどな」
「じゃあ」
俺はこの時も知らなかったけど
殴られすぎると熱がでるらしい
だから思考があやふやになって
突拍子もないことを言ってしまうようだった
「お姉さん」
言ってから後悔した
なんてことを言うんだ俺は、って
「な、なんでもないです」
「うちは奥やからな」
お姉さんがベッドに潜り込んでくる
一緒に眠った経験もあるわけだけど
その時とは雰囲気が違って
俺は借りてこられた猫のように固まった
「こんな」
お姉さんの手が頭に触れる
いつも俺がそうするように
優しく髪を撫ではじめる
「こんなぼろぼろになってもうてな」
「ごめんな」
別にぼろぼろになるのもぼこぼこになるのも
お姉さんを守れたならそれでよかった
お姉さんが喜んでくれてるし
ちょっとでも役に立てたみたいだし
お姉さんが頭を撫でる
それはとても心地いい
「ほんで」
「どないしてほしいん?」
それに答えられるわけもなく
恥ずかしくなって顔を反対側へ背けた
「なんてな、はは」
「それはちょっと卑怯やな」
お姉さんの手が首の下に移動する
それこそ犬猫のようにそっと撫でられて
くすぐったくて体が跳ねた
「こっち向いて」
耳元でそっと囁かれた甘い言葉に脳が痺れた
視界すらぼうっとしている中でお姉さんの方に振り向くと
唇が唇に触れる
ファーストキスだ
とか
思う間もなく
お姉さんの舌が口の中に入ってくる
生暖かい別の生き物が
滑りを立てて侵入する
動く度にそれは音を発して
俺とお姉さんがつながっていることを証明した
舌と舌が絡んで
お姉さんの舌が口の中の全てを這う
横も
舌の裏も
上も
歯も
口の切れた痛みも忘れて
ただ侵されることに集中した
これ以上ない幸福が詰まっているような気がした
お姉さんの手が俺の右手に触れて
指先ですっとなぞる
それは手から全身に電流を流して
意識が更に拡散していく
手を握られる
俺も握り返す
お姉さんが手をどこかに連れていく
そこで離される
合図だと思ったから手を滑らせる
初めて触る、女性の胸
舌がすっと引いていって
お姉さんが視線を合わせる
「ええよ?」
小さな吐息に混ざった声で
俺の消し飛んでいたと思われる理性が外れた
胸
柔らかな、胸
手の平いっぱいに感触を確かめるため
ゆっくりと揉んだ
手の中心部分にお姉さんの突起があって
それは揉むとかイジるとかよりも
舐めたり吸ったりしたい気分が勝る
でも、揉む
だって揉むとお姉さんが
声を殺して息を吐く
「ん」
それを俺が見つめていると
恥ずかしそうに視線を逸した
「見んといてや、年下に感じさせられるんなんて恥ずいわ」
胸の内で想いが強まる
何度も何度も
お姉さん
って呟いた
胸の内で
想いが深くなって
俺の方からお姉さんにキスをした
とても綺麗で
とてもかっこいいお姉さん
そのお姉さんが俺にキスをされて小さな声をあげる
とても愛らしくて
とても可愛いお姉さん
胸を弄られながらキスをされて
だんだんと体温が上がっている気がした
でも、どうしたらいいんだろう
俺はまだ経験がない
エロ本の知識しかない
それは基本的に間違っているとみんな言う
だから下手なことはできない
突然だった
突然股間に衝撃が走った
お姉さんが握ってきたのだ
生で
「年下にやられっぱなしは性に合わんわ」
俺が覆いかぶさっていた体勢をぐるりと回して
お姉さんが俺を覆う
布団はずれてはだけたお姉さんの服
綺麗な胸があらわになっていた
「なあ、気持ちいい?」
お姉さんの細長い指が俺のを握って
微かに上下へと動き始めた
気持ちいいに決まってる
けど気持ちいいなんて言えるはずがない
俺はどういう対応をしていたのだろう
気持ちいいけど恥ずかしくて
その顔を見られるのが嫌で背けてたのかもしれない
ちらりと横目でお姉さんを見ると
うっすらと笑みを浮かべて
楽しそうに俺を眺めていた
「なあ」
耳元で囁かれる声
俺はそれに弱いのか脳がくらくらと泳ぎだす
「気持ちいいやろ?」
問われて、答えられるはずがないのに
つい口を出てしまいそうになった
お姉さんは変わらず手を動かしていて
でもそこに痛みはなく
ただただ気持ちいい
「言わんとやめるで?」
その言葉を聞いて凄く胸が苦しくなった
やめないでほしい
ずっと続けてほしいくらいだ
やめないでください
息も絶え絶えに発する
「なんかいった?」
お姉さんの手が止まる
「やめないで、ください!」
ええこやな、とお姉さんはつぶやいて。
俺の首筋をすっと舐める。
その右手はまた動き始めて
上下だけではなく
先端を凝らしてみたり
付け根を押してみたり
さっと指先でなぞってみたり
性的な快楽以外のものを感じていたような気がした
「ぬるぬるしたのでとんで」
お姉さんの言葉に耳が犯されることは
「かわいいなあ、君は」
本来なら性行為の補助であるはずなのに
「ここ、こんなんにして、気持ちいいんやろ?」
それが快楽の全てである気がした
「気持ちいです」
「もっとしてほしい?」
「もっとしてほしいです」
「もっと気持ちよくなりたいん?」
「なりたいです」
「お願いは?」
「お願いします」
「足らんなあ」
「お願いします!」
「どれをどないにしてほしいん?」
「僕のを、お姉さんの中に、お願いします」
「……なんかいうた?」
「僕のを! お姉さんの中に! お願いします!」
「ええこやな」
お姉さんの声が遠ざかっていく
どこに行ってしまうんだろうと不安になって目で追うと
お姉さんは
俺のそれを口の中に収める
じゅるり
と奇妙な音を立てながら
ぐじゅぐじゅ
といやらしい音を立てながら
「だ、だめ」
「ん? どないしたん?」
「イキそう、です」
「ええよ」
俺が嫌だった
現時点で既に人生の幸運を全て使ってしまったような状況だけど
でも、一番の目的がまだだったから
「い、嫌だ」
「ほら、だしや」
お姉さんの涎に塗れたモノを手で上下に動かしつつ先を舌先で舐めながら
お姉さんは俺を嬉しそうに見詰めた
「嫌だ、でちゃい、ます」
言ってもお姉さんはやめてくれない。
嫌だと言いながらも俺は激しく抵抗しない、できない。
「お願い、お姉さん、やめて」
お姉さんはじいっと俺を眺める
俺をじいっと観察する
声を殺して息が漏れた
下腹部に集まった大量の性欲が
意思と無関係に発射される
体の中心が割られたような衝撃だった
一人じゃ味わえない快感だった
お姉さんは俺の液体から顔を背けずにいた
快楽の余韻に浸りながらお姉さんを見ると俺の精液でどろどろになっていた
「いっぱいでたな」
言うと、お姉さんは再び性器に口をつけ
舐め取るように、吸い上げるように綺麗にしていった
それは気持ちよさよりもくすぐったさの方が上だったけど
なによりも心が満たされていった
「ほな、お風呂はいろか」
「先入っとって。すぐ入るから」
言われて、シャワーを浴びる。
湯船のお湯はまだ半分ぐらいしか溜まっていない。
シャンプーで頭を洗っていると電気が消える。
「入るでー」
速攻で足を閉じてちむぽを隠した。
「さっきあんなんしたんに見られるの恥ずかしいん?」
けたけたと笑うお姉さん。
「髪洗ったるよ。手どかし」
言われるがままに手をどかし
お姉さんにシャンプーをお願いした。
内心未だにどきどきしっぱなしだったけど
それ以上に俺は後悔していた
だって、もうできるチャンスはないだろうから
お姉さんとできるチャンスを俺の逃したのだ
「流すでー」
人に頭を洗ってもらうのは気持ちいい
流されて、溜まった湯船に二人して使った
「どやった?」
「なにがですか?」
「言わんでもわかるやろ」
「お姉さんってSですよね」
「君はMやろ?」
「みたいですね」
ごぼがぼごぼ
お湯に隠れたいけどそうもいかない
「一週間まであと四日やなあ」
「それは……」
それはお姉さんが決めたことじゃないですか、と繋げたかったけど
俺にそんなことを言う権利はなかった
なにせこのあともずっとここにいたら
それはとても嬉しいことだけど
俺は沢山のことでお姉さんに迷惑をかけるだろうから
「ま、また次があるやろ」
なんのことだろうと首を傾げる
「ん? いや、したくないならええねんけど」
「え」
「うちは君みたいな可愛い子好きやからな、別にええよ、うん」
「は、はい」
男ってのは現金な奴だ
男、ってか
息子、ってか
次があると教えてもらってすぐにおっきくなりやがる
「ほんま、若いなあ」
にやにやとお姉さんが笑っている
恥ずかしくなって俯くけれど
それは同時に
嬉しくなって微笑んでしまったことを悟られたくなかったから
でも、お姉さんには好きな人がいる
風呂から出て、お姉さんの部屋へ
俺は家にパソコンがなかったからお姉さんがパソコンで遊んでいるのに興味深々だった
「なに見てるんですか?」
「これ? 2ch言うてな」
因みに2chもお姉さんから知った
お姉さんと馬鹿なスレを覗いて笑っていた
お姉さんは話始めると話上手で
スレのネタに関連した話題をこっちに振ってくる
それに返すだけで話のやり取りが進む
そういうのはBARの店長だけあって上手だった
暫くして眠ることに
流石に翌日は仕事に行かなければならない
「僕も行きますよ」
「気持ちだけでええよ。辛いやろ?」
辛いとかそんなんじゃなくてお姉さんと一緒にいたいだけなのに
と思った
「君はほんま可愛いなあ」
と思ったら口に出てた
「ええよ、やけど仕事はさせんで。それやと化粧できんし、まだ腫れとるからな」
二人で一つのベッドに寝転がる
このまま時が止まればいいのに
このまま日課にしてしまいたい行事
お姉さんの頭を優しく撫でて
お姉さんが眠るまで隣にいること
うとうとするお姉さんの横で
お姉さんが心地よさそうに震えるのを見てられること
「気持ちいいですか?」
「それさっきのお返し? 気持ちいいよ、もっとして」
撫でていると心が安らかになる
なんでか、お姉さんよりも優位に立った気がする
「お姉さんも可愛いですよ」
「君に言われたないわ」
「ほんとに」
「はいはい……ありがと」
本当にたまらなく可愛いからいっそのこと撫で回して抱きしめ尽くしてむちゃくちゃにしたくなるけど
お姉さんはそのまま寝入っていくから
俺も暫くして眠った
店はその日繁盛していた
それもどうやら俺が原因らしい
「大丈夫やったん? なんか大変やったんやろ?」
そんな調子のお客様がたくさん来た
聞いてる限りだと
その時そこにいたお客様がmixiかなんかで呟いて
そっから馴染みの客が全員来たらしい
だから満員で
「ほんまごめん、あとでお礼するから」
「いりませんよ、そんなの」
お姉さんは罰が悪そうにしてたけど
手が足りないっていうんで俺も手伝うことになった
俺の顔はまだ腫れてて
それを見ると女性客は慰めてくれて
男性客は褒めてくれた
「あいつも吹っ切れたみたいでよかったなあ」
気になる会話をしていたのはテーブル席の三人客だった
「吹っ切れた、ですか?」
お姉さんに渡されたカクテルを置く
「だって君を選んだんだろ? あいつ」
選んだ?
「ん? 付き合っとんちゃん?」
お姉さんが俺と?
……男として見てくれてるかも怪しい。
「吹っ切れた、が気になるんですけど」
「ああ、それは……なんでもない」
お客様が視線を落としてはぐらかす。
肩を落として戻ろうとしたら、お姉さんが仁王立ちだった。
「余計なこといいなや」
とても怒っているようだった。
お姉さんは俺の頭にぽんと手を乗せて
「帰ったら話すわ」
と言ってくれた
そのあとも仕事は続いて
でもどことなく仕事に身が入らない
といっても、ミスをするような仕事内容でもないからいいけど
お客さんが話しかけてきてもぼうっと返事を忘れてしまうくらい
家に帰るまで気が気じゃなかった
お姉さんの話っていうのは十中八九俺が知りたいことだろう
お姉さんが好きな人のことだろうから
家に帰って
お風呂にも入らずお姉さんは飲み物を用意する
もちろん俺はコーヒーを頼んだ
「飲めんくせに」
「飲めるようになります」
「ええやん、飲めんでも」
「嫌です」
「子供やなあ」
子供扱いされてついむくれてしまう
「はい、どうぞ」
差し出されたコーヒー
うげえ
「それで、話してくれるって言ってたことなんですけど」
「話逸したな」
ははっ、とお姉さんはいつものように快活に笑って
口を開く
「好きな人おるって言うたやん? その人のことやねんけどな」
「手っ取り早く言うけど、もう死んどんねん、そいつ」
「なんつーか病んどったからなあ。死んでもた」
「ここで一緒に暮らしとった。BARはそいつと一緒に初めてんよ」
「親友やったし、同時に恋人やった」
「たったそんだけのありきたりな話や」
「なんで死んじゃったんですか?」
「さあな。遺言はあったけど、ほんまかどうかわからんし」
「まあ、そいつが言うには、恐かったんやて」
「うちを幸せにできる気がせんって」
「想像つくんかどうか知らんけど、うちもそいつもろくな家庭で育ってないねんよ」
「うちは親から虐待受け取ったし、そいつは親に捨てられてたし」
「十六ん時に会って、似たもの同士やからか気が合って」
「二人で金貯めて家借りて、店も出した」
「けっこう上手く行っとってん」
「あいつはなにが恐かったんやろなあ……幸せにしてくれんでも、一緒におってくれるだけでよかったんに」
「あいつの保険金でこの家は買い取った。なんか、あいつが帰ってきたらって考えるとな」
「ありえへんのやけど」
「……まだ好きなんですか?」
「どやろな。うち残して勝手に死んだアホやから、まだ好きか言われたらそうでもないかもしれん」
「やけど忘れられへんねん。あいつのこと」
それは十五歳の俺には身に余る
とても重たい過去だった
「まあ、そういう話。たいしておもろないから話すのは好きちゃうんやけど」
「……君、うちのこと好いとるやろ?」
「あ……はい」
「やから、君には話とかななって」
「うちを狙ってもいいことないで、ってな」
「……関係ないですよ、そんなこと」
「俺はお姉さんのこと、好きですし」
「お姉さんがこうしていてくれるなら、俺はそれだけで充分です」
「無理やん、それも」
「こうして大人になるとな、子供をそんな道に引っ張るんがアカン、ってことぐらい思うんよ」
「君にはどんなんか知らんけど家族がいるし、なにより未来があるからなあ」
「うちみたいな女にひっかかっとったらあかんねんって」
「引っ掛けたんうちやけどさ」
「お姉さんは俺のこと嫌いですか?」
「嫌いなわけないやん」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「来年、というか暫くしたら高校生です。高校卒業したらこっちに来ます。それからじゃダメですか?」
「……」
お姉さんが口ごもる
なにを考えているんだろう
お姉さんが考えていることなんて一つもわからない
俺が子供だったからなのか
お姉さんが特殊だったからなのか
お姉さんはたっぷりの間を置いて
ええよ、と答えた
けれどどうしてだろう、不安が拭えない
ええよ、と言ってくれるならどうしてお姉さんはそんなに
寂しそうだったんですか?
「今日が最期やな」
「最期じゃありません。暫くしたら会いに来ます」
「そやったな。ま、とにかく」
「今日は遊ぼか!」
「でもお店は?」
「自営業はな、融通聞くねん」
「どこに行きましょうね」
「映画なんてどない?」
「いいですね」
「よし、じゃあ早速!」
「化粧はしませんよ」
「ええやん、あれ可愛いやん」
「俺は男ですから」
「今だけやで? 三年後はできんぐらい男らしゅーなっとるかもしれんで?」
「それでいいです」
「ったく、ケチやなあ」
なんとか化粧をされずに出かけることとなる
初めてのお姉さんとデート
映画を見て、ご飯を食べて、ゲームセンター行って
楽しくないわけがなかった
夜はお姉さんが料理を作ってくれることになり
帰りがけにスーパーで食材を買い込んだ
「こう見えて料理には自信あんねん」
「楽しみにしてます」
「ほんまかいや。君どうも感情薄いからなあ。だいたい、いつまで敬語なん?」
「癖なんで」
「律儀な子がいたもんやわ」
慣れた手つきで食材を調理していく
野菜を切って、肉を切って
したごしらえして、炒めて
一時間ぐらいで料理が出された
「どないよ」
「おお……予想外」
「は? なんやて?」
「予想通りな出来栄え」
「それはそれでええ気分せんわー」
実際、料理は美味しかった
というか料理の美味さよりなによりも
お姉さんのエプロン姿が一番刺激的でご飯どころじゃなかった
なんというか、お姉さんってほんと綺麗だなあ、と
「ごちそうさまでした」
「お粗末でしたー」
洗い物を手伝いながらふと思う
こんな風に生活できるのも、もう暫くはないんだと
三年
少なくとも三年は遠いところに居続けることになる
たまに会えてもそれだけだろう
なによりお姉さんは本当に俺を待っていてくれるんだろうか?
不安が顔に出ていたのか、お姉さんが後ろから乗っかかってきた
「な」
「はい」
「うち、好きな人できてん」
「はあ」
「気のない返事やな。告白されとんねんで?」
「……嬉しいですよ」
「こっち向きや」
「はい」
触れるかどうかの小さなキス
「ほんまに、好きやで」
お姉さんと初めて会った頃のように
俺はまた動けなくなった
この人はどれだけ俺の知らないことを知っているんだろう
別々にお風呂に入ってゆったりとした時間を過ごす
何度でも挑戦するがやっぱりコーヒー
「さああ飲めるでしょうか!」
お姉さんはノリノリだ
因みにまだ飲めたことはない
ごくり、と喉を通す
あれ?
「これ、飲めます」
「やったやん!」
「というかこれ、いつもと苦味が違います」
「うん、それについては謝らなかん」
「?」
「うちよう考えたら濃い目が好きでな。君が飲んどったんめっちゃ濃かってん。やから普通のお店レベルに薄めてみた」
「……はあ」
「ま、まあええやん、飲めたんやし。ほら、最初にきっついのん経験しとくとあとが楽やん? な? はは……怒った?」
「別に怒りませんよ。ちょっと、肩透かしな気分です」
「よかった」
時間は過ぎる
お姉さんといられる、短い夜
「ほな」
寝よか
聞きたくない言葉は当たり前にやってきた
お姉さんは奥
俺は手前
七日間続いたお伽話も今日で終わる
明日、目が覚めたら
お姉さんが仕事に行くついでに俺は帰る
嫌だ
帰りたくない
ずっとここにいたい
そう考えても意味がない
言えない気持ち
言ってもお姉さんが困るだけだ
撫でる髪は今日も柔らかい
お姉さんの綺麗な髪は今日もいい匂いがする
ずっと撫でていたい
ずっと傍にいたい
どうして俺は十五歳なんだろうなんて
どうしようもないことに苛立った
お姉さん、お姉さん
「なあ」
答えられなかった
今口にしたら、なにかを言葉にしたら
一緒に涙まで出てしまう
「この前の続き、しよか」
「目、つぶってや」
言われたままに目をつぶる
布団が浮いて、冷たい空気が入り込んできた
ぱさり、と
絹擦れの音が聞こえた
「ええよ、開けて」
カーテンの隙間から通る傾いた月の光がお姉さんを照らしていた
それはとても幻想的で
物語の中だけでしか見られない存在に思えた
肌が白く輝いて
髪が淡く煌めいて
「綺麗です」
「ありがと」
「うちな、この前みたいなんも好きやけど、今日は普通にしたいかな」
「はい」
「やから、今日は君が頑張ってな」
「はい」
「ははっ」
「ええこやな」
キス
お姉さんが上でこそあれ
重ねるだけの普通のキスをして
お姉さんは横になった
俺は興奮の中で混乱することなく
きっとそれはお姉さんのお陰なんだけど
自分からお姉さんにキスをする
感情をいっぱい込めてキスをする
好きという気持ちが伝わるように
伝えるようにキスをする
舌を入れて
お姉さんがしてくれたみたいに舐めあげていく
乱雑にすることなく
ゆっくりと
愛でるように
全ては愛でるために
たまに、お姉さんが息を漏らす
たまに、お姉さんが体を震わす
舌と舌がもつれあい
唾液がお姉さんと行き交って
一つに溶けていく
「好きです」
離れて囁くと
意外にもお姉さんは呆気にとられて
恥ずかしそうに顔を背けた
「知っとるわ、アホ」
本当に、俺は心からお姉さんが好きだ
お姉さんの胸に手を伸ばす
触れるのは二度目
それでも喜びは尽きない
男の喜びが詰まっているようだった
でもなによりも
お姉さんの胸だからこんなにも嬉しいんだろうと思った
触れると、それが丁度性感帯に当たったのか
「んっ」
お姉さんが喘ぐ
既に乳首は固くなっているように思えた
その判断がつかない辺り童貞だけど
そんな気のする固さだった
口を近づけていって、舌先で舐める
お姉さんがぴくりと跳ねた
嫌がられることがないと知って、気が軽くなる
突起を口に含んで小さく吸う
お姉さんの体が小さく喜ぶ
口の中で転がすように遊んだ
どうしてそうしたくなるのかわからなかったけど、すぐにわかった
「んぅ」
お姉さんが喘ぐ
それはきっと感じてくれているからだ
俺はお姉さんが喜ぶことをしたい
もっと、お姉さんを感じさせたい
胸を触りながら、そこに意識する
全く未経験の、そこ
もっと下にある未知の領域
触っていいのだろうかと考えて、振り払う
ここまでしてくれていて、いけないはずがない
それをお姉さんに聞くのはきっといいことじゃない
右手をお姉さんの太ももにあてた
それだけで感じ取ってくれたのか、少しだけ
本当に少しだけど、お姉さんは足を開く
緊張する
この上なく緊張する
色んな意味で爆発しそうだ
けれど理性で必死に抑えつけた
欲望のままに暴走したら、お姉さんを喜ばせられない気がした
けど、お姉さんはそんな俺はお見通しだと言うように
両手で俺の顔を引き寄せて、耳にキスをした後
「さわってええよ」
細く囁いた
いっそのこと一気に結合してしまいたくなったが
それを止めたのは理性というよりも
多分、愛情だった
太ももからなぞるように手を持っていき
そこに触れる
それだけでお姉さんが震えて
既に溢れた液に導かれるまま
俺はゆっくりと指を入れていく
お姉さんの声が次第に膨らんでいく
声を殺すのも、億劫なほどに
指を埋めた肉厚のはずなのに
指に埋もれた肉厚と考えてしまうのは
それだけ女性器の中が神秘だからなのか
どこをどうすればお姉さんが感じてくれるのかわからず
ひとしきり指を動かしてみる
たまに、だけど
ちょうどいいところなのか
一際お姉さんが喜び震える場所があった
それを幾度も試して
どこなのか突き止めて
ようやく場所がわかって
押し上げる
お姉さんの腰が浮く
明らかに違った声色が響く
気持ちよさのあまり綺麗から遠ざかった声を漏らす
だけど、俺にはやっぱり綺麗だった
とてもとても綺麗だった
綺麗という言葉しか思いつかないことが申し訳なるくらい
もう一本指を入れて
お姉さんが一番悦ぶところを押し上げる
救い上げるように
引っ張り出すように
「だ、めっ」
お姉さんが発した言葉は
あの日俺が発した意味と同じなのだと知って
ああ、そうだね、お姉さんと俺は納得した
これはやめられない
あの時のお姉さんの気持ちがわかる
遅れて共感できたことが嬉しかった
お姉さんはこんな気持ちで俺を攻めていたのだろう
どこか嗜虐的な、歪んだ気持ちで
だけど
だけどきっと
今の俺と同じような気持ちだったと信じたい
もっと、もっと、喜んでほしいと願う心があったのだろうと
掻き回す指に連鎖してお姉さんが声を出す
偽りのない性的な声に興奮も高まっていく
気づけば汗でぐっしょりと湿っていた
指を動かす度に淫らな音が響き渡る
自分の行いで快楽に身悶えるお姉さんが愛らしい
もっと、もっと愛でていたい
好きという気持ちに際限がないように
ずっとこのままでいたいと思う
強く、抱きしめて
「もうっ」
荒く、かき乱して
優しく、囁いて
「好きです」
「んんっ――」
糸切れた人形のようにお姉さんが固まる
腰を中に浮かせたまま、電気信号のように身体が跳ねた
くて、と横たわったお姉さんは顔を腕で隠して息を荒くしていた
「ははっ」
荒げた息の間でお姉さんは
「イカされてもたわ」
少女のように、照れていた
「お姉さん」
「ん?」
「入れていいですか?」
次の体験談を読む