俺が20歳の頃の冬の話。
自分でも不思議なくらいよく覚えている。
久しぶりに思い出して文章にすると、本当に最低な話。
最初に断っておくけれども、
これは決して俺への同情とか求めているわけでもなくて、
さらに言うならこの話に出てくる人間で、
誰が正しいとか正しくないとかそういうのでは無いんだ。
読み終えたあとに
俺の文才の無さや俺自身へ非難を浴びせても構わない。
はじめにネタばれしたほうが楽だから言うが、
要するに俺が、いわゆる間男的なポジションだったって訳だ。
極力主観的な書き方は避けたつもりだが、気に障るかもしれない。
初めに断っておく。
小説風なのは、少しでも冷静に書きたかったため。
あとは、しいて言えば
脚色することで特定されるのを防ぐため。
まあこれに関わった人間なんて数人だから、特定も何も無いけれど。
物語調(?)だから、自分でもこれを読んで、他人事のように思える気がしなくも無い。
うそ臭くなるような描写は控えたつもり。
初めはVIPでさらすつもりだったが、冷静に考えてこんな話VIPでやるなって話だ。
普段VIPPERなものなので。
失礼しましたsageます。
まあ、こんな話があったんだ。(以下本題)
その時俺は、あるイタリアンレストランの厨房で働いていた。
興味本位で入ってみたその世界は、給料こそ良くは無いが
自分がそこで働いている事を、自信を持って人に言える仕事だった。
丁度そこで働いて1年半ほど経っていた俺は、そこそこの仕事を任せられる様になり、
周りとの人間関係も上手くいっていた。
特に目立ちすぎるポジションでもなく、そこそこ話題の中心になる程度。
今思えば明るく楽しい職場だった。
熱い夏が終わり、夜が少し肌寒くなってきた10月の終わり。
バイト先に、ホールのウエイターとして新人が入ることになった。
厨房で働く俺には、ホールスタッフの人とは仕事上あまり接点はないが、
一応スタッフ皆の前で、その新人が自己紹介することになった。
「Y美です。今日からよろしくお願いします。」
それがY美との最初の出会いだった。
俺より一つ上の彼女だが、どこか幼さを感じさせるかわいらしい顔立ち。
とても礼儀正しい話し方だった事を覚えている。
俺はY美のことが一目見て気になった。
仕事が終わって少し話をしてみると、おとなしくて素直な、感じの良い女の子だった。
ほっそりとした身体に、やや子供っぽい顔立ち。
大きな瞳と形のいい唇が印象的な女の子だった。
可愛い顔をしているのに、なぜか綺麗という言葉のほうが似合う、不思議な魅力だった。
その時は、まだ俺の中に恋愛感情のようなものは感じられなかった。
ただ純粋に、彼女と親しくなりたい。そう思った。
今思うと、それはすでに彼女に夢中になっていたからなのかもしれない。
3日後、俺は仕事が終わった帰りに、Y美を食事に誘うことにした。
Y美は快くOKしてくれた。
駅前の居酒屋で、二人でご飯を食べて、お酒を飲んだ。
いろいろな話をした。趣味のことから、くだらないテレビ番組のことまで。
俺が上京してきたことや、彼女も一人暮らしだという事も。
お互いに付き合っている人が居ないという事も。
話していて、本当に気の合うコだった。
ここまで純粋に、女に対して興味を抱いたのは初めてだった。
久しぶりに女の子と二人っきりで食事したこともあってか、
ずいぶんと楽しい食事だった。
それからというもの、俺は仕事終わると頻繁にY美を食事に誘った。
どんどん彼女に惹かれていった。
上京してきて、気軽に遊ぶ友達があまりいなかった俺は、
Y美のおかげで毎日が楽しかった。
職場でも、Y美はずいぶんと評判だった。
もともと店にいた女性スタッフは皆彼氏持ちだったので、一人身の男共の間では
たびたびY美の名前があがった。
俺はY美と仕事終わりに頻繁に会っている事を隠していた。
過去に職場内で付き合っていたスタッフが、上の人間と面倒なことになったのを見ていたからだ。
それに、知られてしまったその時にでも話せばいいかと考えていた。
皆がY美の事を色々話す中で、
俺はただ相槌を打ちながら、心の中で優越感のようなものを感じていた。
一ヶ月も経つと、俺とY美は、都合が合えばお互いの家に泊まったりするようになっていた。
初めて彼女と寝たときは、特に何かを意識したわけじゃなかった。
一緒に彼女の作ったご飯を食べて、
彼女の肩を抱き、当たり前のようにキスをして、
そしてそれが、まるでするべき事のように、抱き合った。
上京してからというものの、まともに女を抱いていなかった俺は、
すでにY美に夢中だった。
ただ、お互いの関係を「付き合う」「彼氏彼女」とハッキリ話し合うことはしなかった。
まあ中学生じゃ有るまいし、関係の白黒をつけたところで何かが変わるわけじゃないと思っていた。
仕事場では、Y美は相変わらずの評判だった。
俺は相変わらずY美との事を皆に打ち明けていなかった。
この頃には、すでにY美に対して本気になりかけてる男もいて、
Y美はちょくちょく他の男からのデートの誘いも受けていた。
まぁ、皆での飲み会の後、たまたま俺がY美を送っている姿を見て
俺達の関係になんとなく気づいている奴もいたが。
ある日のことだった。
Y美がホールスタッフだけでの飲み会に参加することになった。
ホールスタッフの男には特別評判がよかったY美。
俺は少し心配だったが、ジェラシーを表に出すのが嫌だったので、何も言わなかった。
嫉妬心を表に出す事を、俺のプライドが邪魔した。
数日後、仕事が始まる前のスタッフ同士の雑談中、
俺はホールスタッフのRの一言に耳を疑った。
「俺この前の飲み会の日、Y美ちゃんの家に泊まったぜ。」
Y美の部屋には来客用の布団も、ソファさえもない、
とても女の子の部屋とは思えない質素な部屋だった。
そこで一緒に寝た?
俺はこみ上げてくる怒りを抑えるのに必死だった。
思えば、俺が彼女の家に初めて泊まった時も、彼女は特に抵抗も無く俺と寝た。
それと同じように?こいつもあのベッドでY美と寝たって言うのか?
「きっと嘘だ。もし本当だとしても、きっとRとY美の間には何も無かったはずだ」
そう頭の中で必死に自分に言い聞かせようとした。
だが、どうしてもRとY美が抱き合っているイメージを振り払う事はできなかった。
俺はその夜、仕事が休みのため家でゆっくりしていたY美の家に、半ば無理やり会いに行った。
押しかけるなりY美を椅子に座らせ、俺は怒りを抑えながら聞いた。
「なあ、・・・この前の飲み会のあと、Rを部屋に泊めたって言うのは・・・本当なのか?」
「・・・うん・・・・・・。」
俺の怒りを察したY美は、言いづらそうにそういった。
「ここにRを泊めたっていう事は・・・・・お前はRと・・・?」
Y美は何も言わずに、静かに頷いた。
俺は認めたくなかった事実をぶつけられて、大声で叫んだ。
「ふざけんなよ?!お前にとって俺ってどういう存在なんだよ?!
なんでそんなに簡単に他の男と寝れるんだよ?!」
俺の怒鳴り声に驚いたY美は、じっと黙り込んだあとに、声を震わせながら言った。
「・・・なんでよ?!、別にはっきりと付き合うって言ってないじゃない!
恋人同士じゃないでしょう!?
彼氏でもないのに、そんなこと言わないでよ!!」
それは酷い拒絶だった。
彼女のその物言いには、絶対的な拒絶感があった。
確かに俺達は、明確にお互いの関係を話したりはしていなかった。
でも、俺にしてみればもう付き合っているようなものだったし、
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
「・・・そういう・・ことかよ・・。」
俺はそれ以上何も言えず、そのままY美の部屋を出た。
Y美は俺を引き止めなかった。
俺はアパートに帰り、自分に呆れていた。
たしかにY美とは付き合ってはいない。俺は彼氏じゃない。
舞い上がって勝手に思い込んでただけだったんだ。
けれど、Y美のことは憎めなかった。
簡単に男と寝るような女なんだと分かっても、嫌いにはなれなかった。
むしろ、俺はあいつと付き合いたいんだと再確認した。
「Y美の彼氏」という役になって安心を感じたかった。
それだけY美のことが好きだった。
お互い何も話すことなく数日間が過ぎた。
目が合っても、お互い目を背けるだけで、そこに言葉は無かった。
俺は自分の気持ちを冷静に見つめなおし、彼女に気持ちを伝えることにした。
付き合いたいと。Y美とそういった関係になりたいと。
彼女に電話し、近くの公園に呼び出した。
俺は最初に、俺の勝手な想いをY美に押してつけてしまった事を謝り、
そして自分の気持ちを告げた。
しばらくの沈黙の後、Y美は目を逸らしながら申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。今Rと付き合っている。」
なんとなくそんな気はしていた。
バイト先でのRとのやり取りを見ていれば、分かることだった。
それだけ俺も、仕事中にY美を目で追っていたから。
俺は「そうか。悪かったな。」とだけ言ってその場を去った。
Y美の口から詳しくは聞きたくなかった。惨めになるだけだったから。
どうしようもないほどに、自分に嫌気がさした。
後日Rが仕事の休憩中に、皆にY美と付き合っている事を話した。
Rから告白したらしい。
俺とY美との関係に気がついていた奴は、「何があったんだ?」という顔で俺を見た。
俺は目を逸らし、何も言わなかった。
数週間のあいだ、俺は仕事に打ち込んだ。
色々考えてもしょうがない。
丁度厨房で色々任されていた時期ということも会って、仕事だけは山のようにあった。
だが、どれだけ仕事に打ち込んでも、Y美の事を吹っ切る事はできなかった。
ある日、Y美の家に置いたままの服を受け取りに行くために、Y美に連絡をした。
Y美は、思ったよりも自然な感じで話してくれた。
Y美の部屋を尋ねると、Y美は「せっかくだから上がっていって。」と言った。
俺も、Y美と落ち着いてゆっくり話したかったので、部屋に入ることにした。
「なんだか久しぶりだな」
「・・・そうだね。」
お互いにぎこちなかった。
数週間前と何変らない部屋。ここに来る事なんてなんてことは無かったのに。
もうここに俺の居場所は無かった。
ガラスのテーブル、シンプルなベッド、白のカーテン、香水の匂い。
どれもすべてが遠くに感じた。
俺はあまり重い空気にしたくなかったので、できるだけ明るくRの話をきりだした。
「どうよ、Rとは?うまくいってるか?」
Y美も俺の気持ちを察したのか、明るく答えてくれた。
「うん、まぁ、普通だね。特別なにもなく。」
「フツーって。何だよそりゃ。」
お互いに、久しぶりに笑って話すことができた。
色々話しているうちに、やっぱり俺はY美のことが好きなんだと実感した。
たとえもう遅くても。
俺はY美の部屋を出る時、最後に言った。
「今となってはどうしようもないことだけど、俺はお前の事が好きだ。
この気持ちは変わらない。」
Y美は何も言わずに俺を見送った。
それから一ヶ月が過ぎた。
俺はできるだけ多く仕事に出た。
みんなが休み過ぎて厨房があわただしくなる年末も、俺は仕事に出続けた。
Y美とは少しづつ話すようになり、お互いに前の事は忘れたかのように接した。
Rのノロケ話に身を裂かれる思いになりつつも、俺は平静を装った。
年があけ、誕生日が来て俺の20歳も終わった。
Y美からはバースディメールが届いた。
何の変哲も無いメールの文章。それは恐らくY美にとっては、
知人に対しての当たり前の行為だと分かっていても、俺は嬉しかった。
一月の半ば。友達関係程度に連絡を取っていたY美から、俺の部屋にいっていいかとメールが来た。
断る理由も無かった俺は、Y美を部屋に招いた。
Y美の様子は少しおかしかった。
どこと無く元気が無い。
世間話をしながら、俺は何かあったのかをタイミングを見て聞いてみた。
「今日はあんまり元気が無いな。どうしたんだ?」
Y美は少し黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「Rの束縛がひどい。他の男とメールをする事さえ怒ってくる。」
Y美が束縛されたり、男の嫉妬が嫌いなタイプだというのは
Rと付き合う前の俺のこともあり、なんとなく分かっていた。
「K(俺)と連絡している事についてもすごく怒られた。」
俺との過去の事はRには知られていないはずだが、まあ同じ男として気持ちは分かる。
俺はRの事をできるだけフォローしつつ、Y美をなだめた。
ここでRの事を酷く言って、Y美の気をそらすような事はしたくなかった。
しかし、Y美の表情は険しくなっていくばかりだった。
ここまでくれば、愚痴らせるだけ愚痴らせたほうがいいな、と思い
俺は彼女に酒をすすめた。
溜まった鬱憤を吐き出させてしまえば、すっきりするだろうと思ったのだ。
彼氏持ちの女(それも過去に関係を持った女)を部屋につれて2人で酒を飲むなんて
非常識だと思われるかもしれないが、Y美の表情を見る限り
ここではそうするしか無かった。
しかし、しばらく話しているうちに、彼女の中で溜まったのものが、
Rの嫉妬心からくる物だけではないような気がしてきた。
何かもっと大きなもの、それは男という生き物に対しての嫌悪感のように感じ取れた。
Y美は、ある程度Rの事を愚痴ると、黙ってうつむいていた。
俺は聞いてみた。
「・・・・なあ、お前Rだけじゃなくて、他の男との事で過去になにかあったのか?」
Y美は、空になったグラスを見つめて何も言わなかった。
「・・・話したくなければそれでいい。
ただ、お前の口ぶりが、Rのことじゃなくて、男っていうものに対しての様に感じられたからさ。」
俺は、空になったY美のグラスに酒を注いだ。
もう今日は帰らせたほうがいいな、と思った矢先。Y美は俺とは目をあわせずに、静かに話し始めた。
「・・・・男なんて信用してない。初めから。
初めての男もそうだった。駅前で声をかけてきて、その後ホテルに連れて行かれて、
嫌だって言ったのに無理やりやられた。
その後何度連絡してもつながらなかった。
他の男もそう。やさしいのは最初だけ。
散々私を束縛したくせに、他の女と逃げた奴もいた。
男なんてみんなヤリたいだけじゃない!
それでいて、私が他の男と一緒に居るだけで文句言ってくる。
信用するなんて馬鹿みたい。
私が他の男とHしたからって、ムキになる資格ないじゃない!
男なんてどうしようも無い生き物、信用できるわけ無いじゃない!
所詮男と女なんて、メリットとデメリットの問題でしょ?!
利用できるところは利用して、面倒になったら捨てる。それだけよ。」
Y美は涙をこらえるように険しい顔で、じっと窓を見ていた。
俺は何もいえなかった。
一人、その言葉に愕然としているだけで、Y美に何も声をかける事ができなかった。
ショックだった。
Y美が、男に対してそういった思いを持っていることに。
Y美が、過去にそんな事があったという事実に。
何故あの時、Y美が俺に対して酷く拒絶の姿勢を見せたのかも分かった。
俺が抱いていたY美のイメージが一瞬で崩れ去った。
けれど、それと同時に、Y美に深く同意する自分がいた。
今までそういう考えが無いわけじゃなかった。
先輩になかば無理やり連れて行かれたキャバクラや風俗で
金で身体を売る女も見てきたし、
実際俺もヤレりゃいいやと考えていた事もある。
男と女を、そういう生き物なんだと
覚めた目で見ていた時期もあった。
信用することが馬鹿げた事とも思っていた。
ただ、初めて彼女と話した時から、そんな風には考えることができなくなっていた。
少なくとも彼女をそういう風には見れなかった。
好きになった相手だからかもしれない。
「この子は違うんだ」
そんな根拠の無い思いで彼女を勝手に美化していた。
身勝手な理想を、俺はY美に押し付けようとしていただけだった。
Y美は堪えきれずに涙を流していた。
「そう思っていても・・・寂しいのは嫌だった・・・。」
その日、俺はY美を抱いた。
そうする他に無かった。
Y美を抱いてしまうことで、彼女をさらに深く傷つけることになると分かっていても。
自分自身が最低な男だと分かっていても、
あの時はお互い身体を重ねるしかなかった。
彼女が俺の身体を抱きしめながら求めるもの。それは俺自身じゃない。
あんなにも空しく、孤独を感じるセックスは初めてだった。
一度抱き合ってしまった以上、そこから先は余りにも予想通りだった。
お互いに肝心な話には触れず、Rの目を盗んでは二人で会うようになった。
してはいけない事をしていると分かっていた。
だが、俺は何も考えられなかった。
幻滅にも失望にも似た空しさだけがあった。
好きだった女が、簡単に男と寝るような女だということ。
そして何より、そういう女だと分かっていながら、自分も抱ければいいんだと考えてしまっていること。
渇きを癒す為だけに俺達は抱き合った。
Y美には色々な男の影がちらほら見え隠れした。
そのことについて俺は何も聞かなかった。
俺もその多数の男のうちの一人だと思うと、胸が痛んだ。
バイト先でRの顔を見るたびに、俺は奇妙な気持ちになった。
Rが悪くないのは嫌でも分かる。何も悪くは無い。
彼は真面目な人間だし、女に対してはとても一途な男だった。
嫉妬心の強さも、Y美への愛情の表れであるのは分かっていた。
罪悪感が無かったわけじゃない。
けれど、俺は思わずにはいられなかった。
(お前は何も知らないんだな。お前が好きなY美は、寂しささえ埋められれば、どんな男だっていいんだぜ。)
最低な人間だって分かってた。
でも何が正しいって言うんだろうか。
Rはその頃から、Y美が浮気をしているのではないかと疑いだすようになった。
当然のことだと思う。Y美が、俺を含めて複数人の男と関係を持ってるんじゃ
いつボロが出てもおかしくは無い。
もちろん俺にも疑いの眼差しは来た。
Rは直接的に何かをつかんだわけではないが、俺に
「できればY美との連絡はやめてほしい。」と伝えてきた。
俺は「わかった」とだけ返事をした。
しかし、男と女というものはどうしようもないもので、そんなやり取りがあったその日に密会なんかするわけだ。
ここまでくると自分でも虫唾が走る。
終わりにするべきだと分かっていた。
それをお互い見ないふりをして、ただ堕落していった。
Y美はRの嫉妬にウンザリしていたが、別れるとは口にしなかった。
「それは、あいつの嫉妬というデメリット以上に、それを補うメリットがあるから?」
ベッドの上でY美をからかうように言った。
Rの家はカナリの金持ちで、俺と同い年のクセにずいぶんいいマンションに一人で暮らしており、
車も持っていた。簡単に言えば、Rはボンボンだったのだ。
「これまでの事見ていれば分かるでしょ?」
Y美ははっきりとは口にしなかった。
「もしこのことがRにばれたらどうする?」
ある日俺は、ただ純粋に聞いてみた。
「さぁ。怒ると何するか分からないタイプだからね。とりあえず殴られるのは嫌。」
「確かにキレると危ないタイプではある。」
こうやってY美が、R以外の他の男と抱き合っている時にも、
Rは彼女を信じようと思っているんだろうか。
自分達二人の幸せを願っているのだろうか。
「まぁ、お前は『私が悪かった』なんていう女じゃねーよなぁ。
言ったとしても泣き落としに出るタイプだ。」
Y美は何も言わなかった。
「・・・人間、自分が一番かわいいんだよな。」
三月の初めに、事は起こった。
夜、Y美のケータイから電話がかかってきた。
俺が電話に出ると、かけてきたのはRだった。
「全部Y美から聞かせてもらった。」
驚きはしなかった。
いつかこうなる事は目に見えていたし、覚悟していなかったわけじゃない。
何で気づいたのかとか、そんな事はどうでも良かった。
きっかけはなんであれ、それを追求することに意味は無い。
「ふざけやがって。前、テメェにY美と関わるなって言っただろうが。」
俺は自分でもびっくりするぐらい冷静に答えた。
「ああ。たしかにな。それで?どうするっていうんだ?」
感情を逆なでしているのは分かってた。だが、俺もRに対して頭にきていた。
自分の彼女に愛想つかされたお前が被害者ぶるなよ。
彼女の性格を見極め切れなかったお前に責任がないとでも言うのかよ?
価値観が違っただけの話だろう?
電話越しでもRの怒りは伝わってきた。
「とりあえず今から駅のそばの公園に来い。逃げんなよ。」
一方的に電話は切れた。
Y美のケータイがRに使われているとなると、Y美が俺との事を何処までしゃべったのかを
確認するすべは無かった。
俺は半ば自棄になりながら公園へと向かった。
外は軽く雨が降っていて、酷く冷え込んでいた。
俺は、これから起こる事をどこか他人事のように思いながら、
明日の朝は晴れるだろうか、なんて考えていた。
公園にはR一人だった。
俺はゆっくりと近づき、Rと2メートルほどの距離で立ち止まった。
Rは静かに俺に聞いてきた。
「・・・・お前どういうつもりだ?自分のやった事わかってるんだろうな?」
いまさら俺の話を聞いたところで、何かが変るわけじゃないだろうよ?
俺はRの言葉にイライラして、もうRが殴りたいのなら好きにすれば良いと思った。
「だったらどうだって言うんだよ?
いまさらそんな分かりきった事聞くためにわざわざここまで呼び出したわけじゃねーだろ?」
次の瞬間、Rは俺に殴りかかってきた。
いったい何発殴られただろうか。
俺は途中から殴り返すのもやめて、泥だらけになりながらひたすら殴られ続けた。
すべてがどうでもよかった。
自分の血が、やけに俺を変な気分にさせた。
血だらけの俺の顔を容赦なく殴りながら、Rは叫んだ。
「人の女に手ぇ出しやがって!二度とY美に近づくんじゃねぇ!」
余りに痛みが過ぎると、むしろ殴られることよりも疲れることの方がつらかった。
全力で走った後のように苦しい。
身体に力を入れるのも面倒になり、俺は人形のように何もしなかった。
Rの言葉と殴られる音しか聞こえなかった。
Rの怒号を聞いているうちに、俺はある事に気がついた。
どうやらY美の話では、俺が半ば無理やりY美に近づいたという事になっているらしい。
それもそうだろう。Y美は自分から非を認めるタイプじゃない。
Y美は俺を切ったのだ。
俺はRが何を言っても答えないことにした。
「何故付き合っていると分かって近づいた」「こうなることがわからなかったのか」
この場では、どんな言葉よりも沈黙こそが肯定の意味を持った。
どうでもいいさ、全部俺のせいにして好きなだけ殴ればいい。
俺は殴られながらも、空しさからか、なぜか笑いがこみ上げてきた。
不思議な感情だった。
確かにY美からすれば俺を悪役にしたほうが都合がいい。
俺は殴られ続ける中で、この痛みがY美に向かなくて良かったなんて思っていた。
翌日、公園で目を覚ました俺は、すべて終わったんだと悟った。
大きく呼吸するたびに胸が痛くて、服は血だらけだった。
涙は出なかった。俺はベンチに座って、ぐしゃぐしゃになった煙草を吸いながら、笑った。
何も考えられなかった。何もしたくなかった。
その日、俺はバイトを無理を言って辞めた。
Rは人望の厚い人間だったし、悪役をかぶった俺にどうせ居場所は無かった。
周りの奴から連絡は一切なかった。
俺は唯一、Y美からの連絡だけを待った。
最後にもう一度話をしたかった。
俺を切り捨てたのだとしても。
「もしかしたら」
俺はそんな希望にすがっていた。
Y美の声が聞きたかった。
しかし、俺から連絡を取る事はしなかった。
Y美からの連絡が無いのなら、俺もする必要は無い。
その後、たまたまY美のアパートの横を通った時、ふと見ると
彼女の部屋は空き部屋になっていた。
結局、Y美から連絡が来る事は無いまま、俺はケイタイを解約した。
こんな小さな電話一つ無くしただけで、さまざまな人間関係が切れてしまうなんて、
人との繋がりなんてものは、なんて脆いんだろう。
新しい何かを見つける気もしなかった。
何もかもが、色あせて見えた。
数ヵ月後、駅前でY美とすれ違った。
俺は、横を通り過ぎる時にY美の声を聞くまで分からなかった。
あの声を忘れるわけが無かった。
Y美は、しばらく見ないうちにずいぶん雰囲気が変わっていた。
俺も髪が伸びて見た目も変ったせいか、Y美が俺に気付く事はなかった。
Y美の隣には男がいた。Rではなかった。
俺はY美の後姿が見えなくなるまで、そこで立ち尽くしていた。
END
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