1.殺人快楽の混沌
南京大虐殺とは??1937年の南京攻略戦前後に起きた、日本陸軍による中国軍民への無差別殺戮ほか、虐殺、略奪、婦女暴行、放火が繰り広げられた大規模な虐殺事件のこと。被害者数は日本側では数万人から十数万人など諸説あり。
1937年12月13日――三日間に渡る国民政府軍と日本軍の大規模な戦争の末に日本軍が圧勝し、南京市は占領された。
当日、南京市の四方を取り囲む城壁や岩山の上には、日本兵たちの姿が無数に連なっていた。
彼らはひたすら両腕を上下する動作を繰り返しながら、狂ったように「万歳! 万歳!」と歓喜し占領を祝福していた。
そうした光景の中で、白い雪原に血雫を垂らしたような日章旗がいくつも風に揺れている。その旗はまるで真冬の南京市が蹂躙され、血に染められたかのような不気味な印象を南京市民に与えたことだろう。
この日陥落した南京市は、日本軍によって地獄の渦中に突き落とされることとなった。
街は炎に包まれ廃墟同然と化し、南京市民らは日本兵たちによる残虐行為の餌食にされた。
過酷な強行戦を強いられ心身ともに疲弊、精神異常をきたし、各部隊は既に軍紀弛緩していた。戦場の狂気の心理に犯された兵士たちは、占領当日から次々と殺人、暴行、略奪、放火などの蛮行を働いたのである。
夕方、空を染める夕光の色は深紅の鮮血そのものだった。低くのしかかった雨雲は赤黒く、それはまるで皮を剥がれ剥き出しになった生肉にも見える。
その不気味な夕空の下に広がる街の一角では、とある分隊の日本兵たちが民間人に対し暴行を加えていた。
隠れていた老若男女の一団を捕まえて銃剣で突き刺し、火炙りにし、生皮や耳と鼻を剥ぎ、手榴弾で人体をバラバラに破壊する。
または十にも満たない女児から老婆までもを集団で犯し、膣に銃剣や竹棒を突っ込む、爆竹を入れて下腹部を爆破させるなどした挙げ句、皆殺害していた。
阿鼻叫喚の残虐行為が行われる中、黒馬東治くろまとうじろう上等兵は、足元に倒れている若い妊婦の腹を銃剣で突き刺した。
はち切れんばかりに膨れた、臨月なのであろう腹へ深々と銃剣を刺し込む。傷口から溢れた血が、纏っている白い着物に赤く滲んだ。
妊婦は白目を向いて反射的に身体を反らせ、一瞬痙攣する。気絶しているが、まだ神経は反応するらしい。
暫しすると、白い泡を吐き出しながら、妊婦は全身の力が抜けたように身体の硬直を止めた。ぐったりと地に倒れた四肢と胴体は、もうぴくりとも動かなかった。
それもそうだ。さっき、思う存分この膨れた腹を何度も蹴りまくり、妊婦は激痛のあまり気絶状態だったから。
胎児も、蹴られた衝撃で全身が原型を留めぬほど粉々になったことだろう。
出来立ての柔らかな身体だろうから、きっと綿並みに千切れやすいはずだ。
八つ裂きにされた惨めな胎児の姿を想像すると、全身の神経に甘く刺激的な衝撃がほとばしった。
それは殺したいという加虐衝動を孕んだ、艶かしい性的快楽。
泣き叫び抵抗する女を散々殴り蹴った後、無理矢理犯し、その後八つ裂き刑にする時のようなあの衝撃。
それは恐らく、『殺人快楽』という名の赤黒い混沌。
理性を棄てて獣に堕ちた凶兵士だけが味わえる、甘美で血生臭い感覚――。
その衝撃に翻弄され、股間が発熱し頭を持ち上げ始め、先端から粘つく汁を垂らし始める。
黒馬は顔中の筋肉をつり上げてニタりと笑いながら、膨れた腹を縦に切り裂いていった。
だがその時、銃剣から僅かな胎動が伝わり黒馬は手を止めた。
胎児が生きている。
今から死にゆく我が身を思い、必死に抵抗しようとしている小さな命の胎動。
――タスケテッ!
不意に、脳裏で幼い頃の自分の悲鳴が響き渡る。
この妊婦のように、この胎児のように、虐げられた自分の声が。
「――……クソが」
黒馬は舌打ちし、小さく吐き捨てる。そして一気に腹を股間辺りまで切り裂き、子宮を切開した。
どぷりっ、と生々しい音を立て不透明な羊水が溢れ出て、黒馬の軍靴に垂れる。
小腸に囲まれている赤い肉塊――子宮の亀裂から、臍の緒にくるまった胎児が見えた。
既にヒトの赤ん坊の姿をしているそれは、身体を真っ二つに切り裂かれているにも関わらず、それでも蠢いている。
タスケテオカーサン、と言わんばかりに。胎児の必死の抵抗を見るたび、幼い自分の『助けて』という声が脳内で何度も響く。
同時にどす黒く冷たい殺意が胸内を舐め、全身を苛む性的快楽と結びついて、黒馬をさらに激しく興奮させた。
黒馬は胎児を何度も銃剣で突き刺した後、頭を串刺しにして子宮から引きずり出した。
赤い血が混じった羊水をボトボトと垂らしながら出てきた胎児は、既に絶命したのかぴくりとも動かない。
ゲラゲラ笑いながら胎児を地面に放り投げた後、止まらない性的快楽を押さえきれず、黒馬は軍服のズボンを下ろした。
殺しの快楽でそそり勃った自分のそれは、血で濡れた銃剣のようにも見えた。
「代わりに俺の子供孕ましてやるよ、お母さん」
しゃがみこんで妊婦の股を開き、黒馬は血の滴る彼女の穴へ挿れた。
死んで体温が下がってきているのか彼女の中はぬるいが、子宮から出てきた羊水と血でぬかるんでいるので問題なかった。
ぐちゅぐちゅぐちゅっ……。長いこと洗っていない汚濁まみれの自分のそれと、潤滑液代わりの血を激しく擦り合わせる。
他の女を犯している時と何ら変わらない激しい快感が、股間から脳へ脊髄を通じてほとばしった。
羊水と血で濡れた気色悪い膣でヤるのも、悪くはねぇな――。
快感が絶頂に達した後、黒馬は割れた子宮の中へ白濁を放つ。
空になった子宮の中に白いものが飛び散るのが見え、黒馬は熱い吐息を吐いてズボンを上げた。
暫しして絶頂に達した時、殺意を伴った性的快楽は一気に萎え、代わりに爽快な空白が脳を襲う。
その時。
「東治郎……お前……また随分と派手にやったもんだな」
青年の押し殺した低い声が背後から聞こえた。怒っているのか、動揺しているのかわからないが何らかの感情を抑えているような声だった。
振り返らずともわかる声の主に、黒馬は苦笑する。
「お楽しみの邪魔すんなよ、昭しょうちゃん」
小学校からの幼なじみで、戦友の山沢昭吾やまざわしょうご二等兵の視線を背に感じながら、黒馬はにやついた。
「随分派手にやったなって……それの何が悪いんだよ? 殺し、犯し、盗むは南京を陥落させた戦勝者の俺たちに与えられた特権だ。敗北した支那人どもはもはや人権も尊厳もない、俺らの嗜好品だ」
「……」
山沢は黙り込んだ。腹を裂かれ犯された母親と突き刺された赤ん坊を見て、彼は少し困惑しているようだった。
でも黒馬には山沢の気持ちなんてどうでもよかった。
母子こいつら二人は、黒馬にとっては数々の戦友を失った復讐心を晴らすための玩具に過ぎないのだから。
黒馬は後ろを振り返った。そこには、毛先が伸びぼさぼさになった短髪、火傷の跡、土埃、垢にまみれて穢れきった顔の山沢が立っている。
冴えない表情を浮かべた彼の虚ろな目には、黒馬がしたことに対する不快感が滲み出ているように見えた。
――昭ちゃんは俺らの気持ちなんか何もわかってないんだよ。だからそんな善人ぶった嫌そうな顔をするんだろ?……わからずやめ。
山沢を見ながら黒馬は口元を歪めて笑い、歌う。
「……チャンコロ、石ころ、けっとばせ。チャンチャンコロコロチャンコロコロ……ははっ、ははははははははははっ!」
黒馬の狂笑が、血と屍に満ちた南京の夕闇に轟いた。