10月6

友達の妹

友人の妹が大学で心理学を専攻していた。俺より3歳年下。友人宅へ遊びに行ったときに、卒業論文で催眠の研究をしているという話を聞いた。
「催眠なんて本当にあるの?」と聞く俺に、彼女は「ショー催眠と催眠療法は違うのよ」と言いながら難しい専門用語も使いながら説明してくれた。
それでもまだ「胡散臭いな」という俺に、彼女は「ちょっと体験してみる?特別なことじゃなくて、人間には誰でもある状態なのよ。意識がなくなるわけでもないし」と言った。
振り子を持ってゆれる、ゆれると唱えるとゆれ出すなんていうのはテレビで見たことがあった。そんなことでもやるのかなと思って、「いいよ。やってみてよ」と言った。

「じゃあ、両手を前へならえみたいに前に出して」と彼女は言った。言われた通りにしてみる。
「これから私が3つ数えてハイと言うと、両手がこんな風に外へ開いて行くわよ。そして次にハイと言ったらこんな風に閉じて行くわよ」
そう言いながら、俺の両手を持って動かす彼女。
「じゃあ、目を閉じて。私が言いというまで開いちゃダメよ。1、2、3、ハイ」
そう言って彼女は俺の手から手を離した。
そして、「ほーら、ぐーんと両手が外へひっぱられていく。止めようとすればするほど開いてしまうわよ」と言った。
そう言われてみると、何となくひっぱられるような気もしてくる。
彼女は続けた。「ほーら、すこーしずつ動いてきたわよ。その動きがどんどん大きくなるわ。今度3つ数えてハイと言うと、もっと強い力でひっぱられていくわ。1、2、3、ハイ」
不思議なことに、俺の両手は彼女の合図とともに外へ開いてしまった。
「あれ、変だな」と思っている俺の両手に、また彼女の手が触れた。
「今度3つ数えて手を離すと、この手が前によってくるわよ。1、2、3、ハイ」
そう言うと同時に彼女の手が離れる。すると、開くときよりも早く俺の手は前へ動き始めた。自分では動かすつもりはないのに…。

「ほーらどんどん動く。止めようとすればするほど動いてしまうわ」彼女の声が追い打ちをかける。
そして、俺の手は体の前でくっついてしまった。彼女がその俺の手を両側から包み込むように持って言う。
「両手がついてしまったわね。両手に注意を向けて。今度私が3つ数えてハイと言うと、両手がくっついて離せなくなってしまうわ。1、2、3、ハイ」
言うと同時に彼女の手は俺の両手をちょっと押すようにして離れた。そして、「もう両手が離れないわ。試してみて」と言う。
まさかと思いながら、両手を離そうとする俺。しかし、肘から先が言うことを聞いてくれない。
力を入れようとするのだが、肩のあたりばかり力が入って、肘から先には行かない感じ。どうしても離すことができない。
「ほら、もっと思いきり離そうとしてみなさい。でも、そうすればするほど両手はくっついていってしまうわよ」
彼女の言うとおり、どうしても離すことができなかった。
「さあ、私が両手をなでてハイというとらくーに取れるわよ。ハイ」
言うと同時に彼女の手が俺の両手をなでた。さっきまでの感じが嘘のように両手が離れ、肩からも力が抜けた。
「今度私がハイといって手を叩くと気持ちよく醒めるわよ。ハイ」そして手を叩く音がした。俺は目を開けた。汗をかいていた。

彼女は微笑んで「お疲れ様」と言った。俺が彼女に話しかけようとすると、一瞬早く彼女が「この指を見て」と言った。
言われたとおり指を見る俺。「ほーら、目が閉じる、閉じる。そしてかたーくくっついて離れない」と言う。
まだ醒めきってなかったのだろうか。俺の目は意思に反して閉じてしまった。そして開けようとしても開かない。
彼女が言う。「呼吸に注意を向けて。吐く息と一緒に力が抜けて行くのがわかるでしょ」
言われてみると、少しずつ腰のあたりから力が抜けて行くのがわかる。
そう思っていると、「ほーら、体がだんだん前に倒れて行くわ」という彼女の声とともに、俺の顔は膝についてしまっていた。
「これから10から数を逆に数えて行くわよ。そうするともっとゆったりした気分になれるわよ」
そう言って彼女はゆっくりと数え始めた。「10、9、8、7・・・」
この辺から先の記憶がない。

次に目を覚ましたとき、にっこり微笑む彼女の顔があった。直前にまた、数を数えていたような気がする。
目を開けると、また彼女は俺の前に指を出した。「この指をじーっとみて。ほーら、もう声が出ないわ」と言った。
俺は彼女に話しかけようとしたが、声が出ない。焦る俺。彼女が言った。
「大きく息を吸って。吐いた瞬間声が戻るわよ」
言われたとおり深呼吸すると、「あー」と自分の声が出た。
「○○さんて絵がお上手だったんですね」と彼女が言う。
俺の前には、どこかの幼児が書いたような絵があり、片隅にはひらがなで俺の名前が書いてあった。

その後、俺は彼女の実験に協力することになり、何度もかけられることになってしまった。
何度もかけられると、かかりやすくなるらしく、普通に会話していても、ものの数秒で深い催眠にかけられるようになってしまった。
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