11月24

姉京子への慕情 ~ある蒸し暑い日の記憶~

久しぶりに投稿します。酷暑の夏もいよいよ終焉に近づき、過ごしやすい季節になってきました。今年の夏は熱帯夜が続き、寝苦しい夜が続きました。こんな鬱陶しい時期は、妖艶でドロドロとした欲望が渦巻く過去の暑い夏の日を思い出させてくれます。

そう、中学1年の夏休み、部活から帰宅すると、家には両親は当然留守で、クーラーのある部屋では、姉京子がコバルトブルーでノースリーブのワンピースを着て、大の字に眠りこけていました。他の部屋は蒸し暑いのですが、この部屋だけはクーラーのおかげで涼しいというより、少し肌寒さを感じるほどでした。当時のクーラーは温度設定ができず、「高・中・下」しか調節機能がなく、大体、「中」で付けていました。気温が低くなると血管が収縮し、ある意味、冬眠状態のようになるようです。そのため、なかなか起きることができず、今思うと、姉京子はほとんど失神状態だったのではないかと推測します。そのころの僕はそんな知識はなく、単に目の前に無防備で寝転がっている美しい年上のヴィーナスの肢体に釘付けで、何とかしてこの止めどもない欲望を満たしたい思いだけで一杯でした。本当に、ほんとうーに、このころ、高校3年生でまだ17歳だった京子の肉体は光り輝かんばかりの光彩を放っていて、キレイだったんですよ!生々しく表現すれば、色白の腕、指で突けば「タプン」と言いそうな太もも、細い足首からほどよくふくらむふくらはぎ・・・そして腕には、よーく見ると柔らかそうな体毛が生え、太ももとふくらはぎにも毛が生えているのです。色白であるためか、さほど濃くはない体毛が目立ち、凝視すると黒さが見えるのです。そう、京子はいわゆるムダ毛の処理をしてなく、そのままの状態でいるのです。若い女性の自然の美しさ、まだ大人にはなりきってはいない“処 女”の美しさなのです。彼女の手足の体毛は、彼女自身のもつ荒々しさとしなやかさを表現しているかのようです、そう、あたかもしなやかな女豹のように・・・・当時、中学1年だった僕には、姉京子という女性の本当の美しさを、間近で垣間見、理解していたのです。そして自分こそ、彼女の一番の理解者だと自負するようになりました。すでにこの時期には、入浴中の彼女の全裸をのぞき見ていたので、京子のおっぱいの大きさや形、乳首の色と乳輪の広さ、乳毛の長さ、陰毛の生え方と濃さも記憶にインプットされていました。お尻は、就寝中にパジャマとパンティ-を下ろして、桃のような、まあるい形とあま~い香りは、この目と鼻と唇と右手で触診ずみでした(「憧れの姉、京子への姦淫 ― さわる ―」を参照)。残すは“あそこ”だけでした。そのことを認識するや、必然、僕の関心はスカートの中に集まります。腹ばいになり、白いパンティ-が丸見えです。さらに目的に近づくべくほふく前進し、大きく広がった白く生々しい京子の両足の三角地帯に僕の頭が入るや、両肩と腕を狭めて、一時停止、そしてジッと憧れの女性の一番大事な大事な部分を凝視するのです。この時の感動は、ほんと!今でも忘れられません、とてもうれしい最高の気分でしたよ!! もう数十センチ先に憧れのひとのオマンコがあるという真実を実感すると、すでに右手の方が積極果敢に伸びていました。右腕を親指が上を向くよう横にして姉京子の秘密の花園に侵入しているのです。いま、僕はすばらしく危険で背徳な行為を行おうとしているのです。その時、右手の甲が、京子の白い太ももの内側にかすかに触れ、さすがにびっくりしました。しかし、彼女は全く微動だにしません。僕はすかさず右手の指先をズズッと伸ばしいれ、もう、純白のパンティ-のクロッチ(股布)の向こうに鎮座する姉のオマンコの数センチ手前まで進出していました。この時、僕はせめてパンティ―の上からでも触ろうと決めていましたが、すでに述べたように姉京子が可哀想になり、申し訳なくなり、ついに右手を引っ込め、退散しました。今思うと、その行動は実の姉京子に対する〝愛〝だったのだろうと思います。しかしそれは、僕の姉に対する倫理道徳からくるそれではなく、間違いなくひとりの女性である姉京子への愛慕の嬢であり、〝好き・愛している・抱きたい・大事にしたい・美しい〝といった恋愛感情だったのです。
今年のあまりにも蒸し暑い夜が、数十年前の甘く淫靡な情景をいやでも思い起こさせてくれたのです。
次は、あるドラマのワンシーンを見て思い出した、姉京子への愛の行為を話してみたいと思います。

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