日に日に私と義父の関係は深くなり、一度入りこんだら抜けられない泥沼のようでした。 義父の要求は一段と過激になり、目の前でオナニーをするように指示をするのです。 「 見てェ・・・お義父さん・・・マンコ、見てェ・・・ 」 自分にこのような性癖があつたのかと驚くばかりで自慰を人に見られる快感に酔いしれていくのでした。 そして義父は購入した電動淫具で責め続けて私が義父のおちんちんを哀願するまで止めません。 「 ダメ・・ダメェ・・・・欲しいわ・・・本物を・・お義父さんのチンポぉぉぉ・・・・・・」 「 そうか・・仕方ないな・・入れてやるよ 」 ズンズン・・ズブリ・・ 両足を抱えて義父を迎えます。 「 あああ・・・・・気持良すぎるわァァ・・・もつと奥までちようだい・・・イク・・イク・・またイクゥ・・・・ 」 上に乗つた義父は私の口に唾を垂らし、ゴクリゴクリとそれを私は飲むのです。 いまだかつて経験したことのない過激な常道を外れた交尾を知つた私はもう普通の生活には戻れないと覚悟をしていました。 義父の動きで射精が間もなくと感じた私は 「 お義父さん・・逝くわ・・一緒に・・一緒に逝つてェ・・・ 」と 背中に爪を立て義父の精子を子宮奥深くに受け入れました。 義父と関係を持ち始めて1年近く過ぎた頃でした、義父はとんでもない事を云い出したのです、それはそれは私に子供を産めと云うものでした、 私はそれだけは許してと云いましたが義父は同じ血液型だから判らないと承知しませんでした。 今までは排卵日を避けて中出しをしてきたのでしたが、集中的にその日に受胎させると義父に押し切られ、やむなく、私は承託したのでした。 そしていよいよその日が来たのです、互いに一糸纏わぬ姿になり、ねつとりとした前戯は1時間を過ぎています、その間、私は幾度も昇天し、いつでも受胎OKで子宮口を開いていました。 いよいよ、義父の子種を宿す時が来ました・・・・ 義父は前もつて私に教えておいた言葉を叫ぶように促したのです。 「 お義父さんの赤ちゃん産みたいのゥ・・・産ませて・・・産ませてェ・・・・・ 」 勢いよく、子宮の奥に義父の遺伝子が流れ込むのを私は感じていました。 一月ガ過ぎ、やはり生理は止まり、私は義父の子を受胎したのです。 でも、わが子を見ることなく、義父は半年後に亡くなりました、脳梗塞でした。 今、私は1歳の娘を抱いています、どことなく義父の面影を探して・ ・ ・ ・ ・ ・ ・