嫁がテレビでドラマを見ていて、俺がノートパソコンをいじっていた時の話。
嫁:「このドラマ、つまんない。オチが読める」
俺:「そうだね」
嫁:「っていうか、最近のドラマ自体がつまらない」
俺:「そうだね」
「だから俺、ドラマ見ない」
嫁:「何か、面白いドラマか、映画とか知らないの?」
俺:「知らない」
「・・・でも」
嫁:「何?何?」
俺:「・・・ドラマっぽい話なら」
嫁:「それって実話って事?早く話せ!」
俺はパソコンを閉じて、嫁はテレビの音量を下げる。
俺:「・・・じゃあ・・・」
「むかしむかし、5年くらい昔の話・・・」
「まだお前と結婚をする遥か昔の話・・・」
嫁:「前置きはいいから、早く話せ!」
俺:「お前、○○さんって人を憶えている?」
嫁:「ああ、アンタが前居た会社の上司でしょ?」
「私達の結婚式でスピーチした、あのハゲ?」
俺:「そう」
「そのハゲから5年前に聞いた、ハゲが主人公の話」
嫁:「何かつまらなそうだわ。っていうかオチが読めそう」
俺:「どうだろう?」
俺が前居た会社に、○○という上司がいた。
この○○という男は、口うるさく、怒りっぽく、そしてハゲだった。
気に入らない事があると俺を小汚い居酒屋に連れて行き、酒を飲みながら小言を言った。
実に嫌な奴だったが、俺の直属の上司だったので逆らわずについていった。
そんなある日、いつものように小汚い居酒屋で二人で飲んでいた時だった。
またいつものように小言を言われた。
「お前はだらしがない」とか、
「つまらないミスしやがって」とか、
「所帯も持っていないくせに、生意気言うな」とか。
そこで俺は言ってやった。「俺、そろそろ結婚しようと思っています」
上司は爆笑していた。「お前がか?お前がか?」ってね。
俺が「そうです」と言うと、上司はしばらく笑っていた。
で、笑い終わった上司が言った。「結婚っていうのは大変だぞ?」
俺は「そうでしょうね」と、当たり障りのない答えをした。
上司はもう一度、「本当に大変なんだぞ?」と言った。
俺は煩そうに「それって、○○さんの実体験ですか?」と聞いてやった。
そうしたら上司は言った。「俺はバツイチなんだよ」
「しかもな、普通じゃなかった」
上司○○がまだハゲていない頃、大学卒業後に地元じゃないところに就職したそうだ。
従業員300人くらいの中堅企業。○○とは縁も所縁もない、親族会社だったそうだ。
○○は、中・高・大学と女っ気がなかった。ホモ的に、ではなく。
会社に入っても、周りにほとんど女が居なかったそうだ。職種的に。
仕方がないので、○○は仕事に打ち込んだ。
結果も出た。部長(社長の親族)にも認められた。出世していった。
で、30歳の頃には営業所所長。「異例の大抜擢だった!」と○○は回想している。
そんなある日、○○は部長(社長の親族)に呼ばれる。
部長曰く、「そろそろ○○君も身を固めてはどうかね?」
○○はこう考えたそうだ。「次の役職欲しければ結婚しろ!、ということか?」
さすがは○○、実に考え方がヤラシイ。
部長:「常務(社長の息子)は知っているな?」
○○:「勿論です」
部長:「常務には年頃の娘さんがいる」
「お前はその娘さんとお見合い、いや、結婚しろ」
○○はこう考えたそうだ。「なにその出世特急券?」
さすがは○○、実に考え方がクズだ。
二つ返事で○○は、常務の娘さんとのお見合いをOKした。
○○の心配事はただ一つ、「常務の娘がゴリラだったらどうしよう?」
さすがは○○、ハゲ、氏ね。
見合いの席で、○○は死ぬほど驚いたという。←氏ね。
常務の娘というのが、凄く美しかったと。
「深窓のお嬢様」と言う以外になかったと。
何が美しかったかというと、着物姿が美しかったと。
こちらに向かって微笑んでいる顔が美しかったと。
黒く長い髪が美しかったと。
「少しぐらい性格が悪いとしても、全然OK!」○○はトキメキを感じていたそうだ。
○○は回想する。「この時に気付いていれば・・・」と。
何かよくわからない自己紹介の後に、「あとはお若い二人だけで」タイムになったそうだ。
高級料亭の一室に二人だけにされて、○○は大層慌てたそうだ。
一生懸命に常務の娘さんに話しかけても、相手は微笑んでいるだけ。
さすがに間が持たないので、「庭の散歩に行きませんか?」と○○は言った。
そこでも常務の娘さんは微笑んでいるだけ。
さすがに馬鹿にされていると思った○○は、常務の娘さんに手を差し出す。←手を出す、ではない。
意外にも、常務の娘さんは○○の手を取って散歩に出たそうだ。
散歩中も○○は常務の娘さんにいろいろ話しかけたが、結局微笑んでいただけらしい。
○○は回想する。「どうしてこの時に気付かなかったんだろう?」と。
デートもしたそうだ。2回。
常務の自宅まで迎えに行って。
1回目は植物公園。相変わらず常務の娘さんは微笑んでいるだけ。
常務夫妻から「遅くなるなよ」と言われたので、
午後1時に出発して、午後3時くらいには自宅に送り届けたそうだ。
2回目は遊園地に連れて行ったそうだ。
常務の娘さんがはしゃいでいたのを憶えているという。
その容姿から想像できない喜び方だったと。
そこで常務の娘さんが「私、○○さんと結婚するんだよね?」と言ったという。
常務の娘さんから初めて聞いた言葉がそれだったんだと。
2回目のデートが終わった後に、○○と常務の娘さんは結納。
さすがの○○でもビビッたらしい。
おかしい?おかしい?
○○は回想する。「ここで気付かない俺は、やはり馬鹿だった」と。
で、結納から3ヵ月後には結婚式。
会社を挙げて結婚披露宴を催したらしい。
それはそうだ。親族会社なのだから。
ちょうど○○は忙しいプロジェクトを抱えていたので、新婚旅行は後回しにされた。
新居は常務夫妻が用意してくれた。全部、それこそ金から備品からすべて。
常務宅から徒歩5分のマンション。
おかしい?おかしい?おかしい?
結婚披露宴の次の日、新居に初めて行く○○。
そこには、嫁となった常務娘と、常務の奥さんが居たそうだ。
料理は常務の奥さんがしていた。三人で夕食を食べた。
午後9時になると常務の奥さんは、常務娘(嫁)を風呂に入れてやり、布団の支度をする。
○○が風呂から出ると、常務の奥さんは帰る。
常務の奥さんは帰り際にこう言う。「△△(常務娘)をお願いします」
すでにパジャマに着替えさせられた嫁(常務娘)と二人きりになった○○は、
嫁(常務娘)に向かってこう言った。「あなたは結婚した実感がありますか?」
嫁(常務娘)はこう言ったそうだ。「△△ちゃんは、○○さんのお嫁さん」
○○も、何となくは感じていたそうだ。口では言えなくても。
嫁(常務娘)が池沼ではないかと。
分かり辛ければもっとはっきりと書く。常務の娘さんは、知的障害者だったそうだ。
さすがの○○も悩んだらしい。
常務娘は人形のように美しい。そう、人形のように。
おそらく○○が一事を我慢すれば、すべてを常務夫妻が、そして会社がバックアップしてくれる。
大体結婚をしてしまっているのだから、道義的な非難を浴びる事もない。
それでも○○は嫁(常務娘)を抱かなかったらしい。こればかりは○○の言葉を信じるしかない。
それでも○○は嫁(常務娘)に優しくし接したらしい。ここも○○の言葉を信じるしかない。
3週間ばかり、こんな生活を続けたらしい。
○○は憔悴していたようだ。
抜け毛が気になり始めたのも、この頃からだと言っていた。
たまたま会議の後に部長と二人きりになる機会のあった○○は、部長に話しかけられた。
部長:「どうだ?上手くいっているか?」
○○:「・・・何の事でしょうか?」
部長:「とぼけるな。嫁さんの事だ」
○○:「・・・知っていて、そう差し向けたんですか?」
部長:「お前だって乗り気だったろ?」
「もうお前は安泰だ。何の心配も要らない」
○○:「・・・何で俺だったんですか?」
「どうして俺が選ばれたんですか?」
部長:「ここはお前の出身地から離れた場所だな?」
「お前、もう父親が死んで居ないだろ?」
「お前は次男坊だったよな?」
「それにお前は真面目な働き者だ」
「ゆくゆくは常務のところに婿養子入りできるだろ?」
○○:「それが理由なんですか?」
部長:「あのな、よく考えてみろ?」
「ウチみたいな親族会社に、コネなしのお前がどうして入れた?」
「どうしてお前を出世させたのか、考えた事があるか?」
さすがの○○でもブチギレた、らしい。気持ちは、分からないでもない。
だが、○○はその場で喚き散らさなかったらしい。嘘だよな?
部長のあの言葉がなければ、違った展開もあったかもしれないと○○は言っていた。
結局○○は、新婚生活を一ヶ月続けた。
その一ヶ月間、嫁(常務娘)とどんな生活をして、
どんな会話をしたかまでは、○○も語らなかった。
で、新婚生活一ヶ月記念日に、作戦を決行する。
離婚届を用意して、自分の署名と判子を押す。
嫁(常務娘)にも署名と判子を押させる。
勿論、トラブルもあったらしい。
嫁(常務娘)が署名を漢字で書けなかった。
離婚届をひらがなで書いても有効であったのかどうかは、俺にも分からない。
本人が書いていなくても有効であるのかどうかも、俺にはわからない。
大体、婚姻届がどういう経緯で出されたのかも、俺にはわからない。
だが○○は、嫁(常務娘)に漢字で書くように教えてやったらしい。
○○に言われるままに、漢字を見よう見まねで書く嫁(常務娘)。
さすがの○○でも感じるものがあったらしい。
○○は涙が出た、と言っていた。情が移った、とも言っていた。
翌日、○○は常務夫妻に離婚届を出す事を伝えた。
常務は何も言わなかったらしい。
常務の奥さんは、○○に礼を言ったらしい。
嫁(常務娘)は微笑んでいたらしい。
遅刻の報告を会社にして、離婚届を提出して、やや遅い出社。
○○は部長に面談する。
○○:「離婚しました」
部長:「!!!」
「お前、分かっているのか!?」
「全部失うんだぞ!?」
「慰謝料だって、いや、身ぐるみ剥いでやるぞ!!」
○○:「退職届けです。今までありがとうございました」
部長の罵声を背に、○○はそのまま実家にトンズラ。
慰謝料の請求はなかったとのこと。
逃亡同然の離職・離婚騒ぎも不問だったと言っていた。
それどころか、退職金(口止め料)も出たと言っていた。
全部、常務夫妻の差し金だろう。
ゴタゴタが一段落したところで、○○は他県に再逃亡。今の職場に潜り込む。
○○は結婚恐怖症にかかっていたが、何とか再婚した。恋愛結婚だと言っていた。
娘ができた。「一人娘で可愛い」と、写真を常に持ち歩いていた。キモイ。
小汚い居酒屋で、上司○○のこんな話を聞いた。
俺は「大変でしたね」と、当たり障りのない答えをした。
○○は「そうさ、大変だったさ」と言った。
俺は「結婚が大変なことという事は分かりましたけど、何で今更そんな話を俺に?」、と聞いてみた。
○○:「自分に娘ができて思うんだよ」
「勿論、俺の娘は普通に生まれてくれたけど」
「もし元嫁のように生まれていたとしたら、常務夫妻の気持ちも分からないわけじゃないんだ」
「普通の生活を、送らせてやりたいっていう気持ちが・・・」
なんて事はない、ただの愚痴だった。
いい加減酒を飲んでいたので、上司○○は潰れていた。
仕方がないので、上司○○を自宅まで送ってやった。
さすがに娘は寝ていたようだが、上司○○の嫁さんは起きていた。
今はこんな美人の嫁さんと再婚できたんだから愚痴言うな。ハゲが。
嫁:「・・・・・」
俺:「 お し ま い 」
嫁:「・・・・・」
俺:「つまらなかった?」
嫁:「そうでもなかった」
俺:「オチが読めた?」
嫁:「読めたような、読めなかったような」
俺:「この話を聞いた時に、ちょっと切ない気分になった」
嫁:「それは分かるよ」
嫁:「さっきの話、本当はアンタの身の上話なんじゃないの?」
俺:「戸籍調べてみなよ。俺に離婚歴はないから」
「それに俺、ハゲじゃないし」
嫁:「あのさ」
俺:「なに?」
嫁:「私達って、見合い結婚だよね」
俺:「そうなんだよね」
田舎だと未だにあるんだよ、見合い結婚って。
嫁:「私達が子供作らないのって、その話と関係ある?」
俺:「そんなの関係ないよ」
今から嫁と子作りしてくる。
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