07月13

幼馴染と

目の前の女が笑った
優しい笑顔だった

『サクッ…』
思ったより軽い音なんだな
それにしても…

ドラマやアニメでしか聞いたことがない音を
俺はこの時、初めて聞いた

胸を刺された痛みよりも
だんだん温もりを失いつつある身体よりも
自分が死ぬかもしれないという恐怖よりも
流れでた血の赤い色のほうが、俺にとってはよっぽど怖かった
気を失う前に見た最後の光景は、あの女が涙する顔だった

俺と麻友が出会ったのは、幼稚園生の頃だった
通っていたのは私立だったのだが
そこは男子より女子の比率のほうが多いという場所だった
そのせいかその幼稚園に通っている女子は
今考えても有り得ないくらい、ませていた
特に恋愛という事柄に関して…

自分で言うのは何だが、俺はモテた
言っておくが、これは自慢ではない
何しろ幼稚園生レベルでの話だ

幼稚園児の無邪気さ+幼稚園児にあるまじき恋愛観の
ダブルパンチは厄介で、毎日とても疲弊して家に帰ったのを覚えている
幼稚園に居る間中、俺はずっと女子に付きまとわれていた
その付きまとっていた代表格が、麻友だったのだ

ここで麻友について少し語ろうと思う
といっても大して多いわけでもない

常に好感度MAXで俺を追い回し
『○○←俺の名前 が居ないと、生きていけないの!』
と毎日のように宣まっていた、一言で言えば気狂いだ
男子トイレの中までついてくることもあった
俺を女性恐怖症に陥れた張本人でもある
家庭のことは全く知らなかった
だいたい、幼稚園児がそんな会話をするはずもないし
親同士の面識があったわけでもないからだ

そんなわけで、俺はある意味ハーレム状態な幼稚園時代を過ごした
重ねて言っておくが自慢ではない
誰が好んで、女に短刀を向けられる未来を選ぶというのか?
短刀…包丁でもナイフでなく短刀だ

幼稚園を卒業した俺はそのまま小学校、中学校と
色恋沙汰もなく、普通に進学していった
理由は述べるまでもない
幼稚園時代のトラウマが染み付いていたからだ
彼女なんて作ろうとも思えなかった
そして俺は高校受験を無事に終え、地元の公立高校に進学をすることになる
ちなみにレベルは県内では、そこそこ上といったところだ。

その頃には、何とか女性恐怖症を克服し、高1の夏休み前には彼女も出来た
思えばこの頃が1番幸せだった
そして冬を迎え、満ち足りた気持ちで年が暮れていった

平穏は破られた
それは新年の1日目
つまり元旦に、はがきのかたちをしてやってきた
他の年賀状に紛れ
1枚だけ年賀はがきではないものがあった
普通のはがきに切手が貼ってあるのだ、それはいいのだが

俺は恐怖した
なぜならば、住所を教えたことなんてないからだ
なのに、そのはがきにはワープロの文字で
俺の住所がはっきりと刻まれていた
そして裏面には、成長して面影がかすかに残るだけの麻友の写真が
貼り付けられていた
『みぃーつけた あけましておめでとう』
という手書き文字と一緒に
一瞬、幼稚園のころの記憶がフラッシュバックした

そのはがきは親も見てしまっていたので
『学校の友達だよ』
とごまかして、すぐに自分の部屋に持っていった
そして俺はあることに気付く
そのはがきには、麻友の住所が書かれていないだけでなく
「元旦に届いたのにもかかわらず、1月1日の消印がない」
のだった
年賀はがきならば消印が押されていないのは当然だ
しかしこれは、普通のはがきだ
元旦に届いているのに消印がない…
単なる押し忘れかもしれないと思った
しかし、麻友は俺の住所を知っている
だとしたら、やっぱり…
「俺の家のポストに直接入れた」
と考えるのが妥当だ
先にも書いたが、麻友の親と俺の親の面識はなかった
やばい、俺は本気でそう思った

学校が始まるまで、俺は1歩も外に出ずに
死人のような生活をしていた
昔のトラウマ+謎の葉書
それだけで、俺の精神に音をあげさせるには十分だった
しかし学校が始まると
友人や彼女のおかげで、もとの俺に戻ることができた
俺自身も、あんなことは忘れて残りの高1としての生活を
楽しもう!と思い直し
先生から注意されるくらいに楽しんだ
調子乗って、窓ガラスを割るくらいに

ここで俺の彼女について話しておく
入学式のときにお互いにひと目惚れをし、自然と一緒にいる時間が多くなり
彼女から『付き合ってあげる♪』
と言われ、めでたく交際開始となった
名前は真紀という
才色兼備・容姿端麗と俺にはもったいないほど
よくできた彼女だった

もう少し深く語るならば
彼女は小学校にあがる前に両親が離婚しており、母子家庭で育っていた
本人はそのことを特に気にするでもなく
『だから料理も得意なんだよ!』
と言って俺にお弁当を作ってくれることもあった

話を戻す
葉書の事件以外は特に何事もなく
高1としての生活は終わりを告げた
この時、本当に安堵したのを覚えている

ちなみに春休みの間に
彼女と初めて肉体関係をもった
正直に言えば、はやく麻友のことを忘れたいという気持ちが
あったのかもしれない
しかし全く、後悔はしていなかったし彼女とひとつになれて
最高に幸せだと感じていた

高2の始業式
クラス分けは進路希望によって分けられていた
俺と彼女は、文系と理系だったので違うクラス
しかし、仲が良かった男友達の連中が同じクラスになっていたので
この1年間は楽しめそうだとワクワクしていた

俺は、新しい教室に入りさっそく男どもの話の輪に加わった
やたら盛り上がっていたので、話を聞いてみると
転校生がくるらしい、ということだった

もうお分かりだろう
もっとはやく気付くべきだった
しかし後悔しても遅い、麻友が転校してきてしまった
そしてこの2日後に事件は起こる

HRの時間になり、麻友が教室に入ってきた
男どもは歓声をあげ、女子もひそひそ話を始めていた
俺はひたすら下を向いて、机で固まっていた

幼稚園時代のこと、はがきのこと
その記憶が何回もフラッシュバックして吐き気がした

麻友が自己紹介を終え、今度は俺たちが自己紹介をする番になった
窓側からひとりずつ、席を立ってのおなじみの自己紹介である

あっというまに、俺の番が回ってきてしまった
とりあえず声が震えないように気をつけて、名前を言った
そうすると、いきなり麻友が俺に向かって近づいてきた
あまりに突然のことで動けなかった

気がつくと
俺は…麻友にキスされていた

それまで、喧騒に包まれていたクラスが一瞬にして静まり
担任の先生も予想外の展開に固まっていた
シーンと静まりかえるクラスに、麻友の凛とした声が響く

「○○は私のものだから!」

そして再度、俺の目を射抜くように見つめ
「ただいま」

そこで俺は気を失った

目を覚ましたのは、やはり保健室のベッドだった、隣に彼女がいるのもお約束である
「大丈夫?」
大丈夫だと答えつつ、何でここにいるんだ?と聞くと
真紀は、「彼氏が倒れたんだから当たり前でしょ?」
「それと1つ話しておきたいことがあるんだ…」
と言った
正直、これ以上懸案事項を増やさないで欲しかったが
俺は黙って頷いた

「麻友ね、私の妹なの。双子の妹…」

!!
妹?双子の?
だって苗字が……

離婚!

それから真紀は、麻友について話はじめた
悲しい話だった

姉妹だけあって、とても仲がよかったこと
しかし、幼稚園は別にされてしまったこと
そして、父親が妹だけに性的暴力を始めたこと
母親が必死に止めたが、無駄だったこと
泣いている妹を見ても、幼い自分には何も出来なかったこと
結局、妹を見捨てる形で離婚することになってしまったこと

俺は泣いていた
だから、麻友はあんなに俺にまとわりついてきたんだ
父親に愛してもらえなかったから
父親と離れていられる時間、幼稚園いるときだけが
本当に楽しい時間だったから…
まだ3、4歳の子供なのに
なんて…ことだ

トラウマなんて吹き飛んだ
俺は麻友と話すために保健室を飛び出した

「ちょっと、どこ行くの?」
真紀の声は無視した

放課後の教室に、1人だけ生徒が残っていた

「待ってたよ、幼稚園を卒業してからずっとこの日が来るのを」
「ごめん、俺何も知らなくて…」
「いいんだよ、こーしてまた会えたんだから」

しーんと静まる教室

「○○!!」
麻友が入ってきた

麻友と真紀の視線が合う
「しまっ!」
「!?今、○○って名前で呼んだ?」
「えっと…」

冷静に考えてみれば分かることだった
自分を捨てて、離婚してしまった母と姉を
麻友が憎んでいないはずがない

「名前で…呼んだよね?」
「もしかしてさ…」 麻友の声が震えている
「付き合ってるの?」
答えられず、うつむく俺と真紀

すると麻友は涙目になりながら、

「お姉ちゃんさ、私がそんなに憎い?」
「お姉ちゃんは、私の生きる意味さえ奪っちゃうの?」
「答えてよ!私からこれ以上何を奪おうとしてるの!?」
「あの時、助けてくれなかったくせに!あの時、私を見捨てたくせに!」
「私は努力した!○○に会う日を夢見て、それだけのためにお父さんの虐待に
耐えて生きてきたのに!!!」
「それなのに!それなのに!!こんなこと!!!!」
「お姉ちゃんなんか…アンタなんか死ねばいい!!」

そう叫んで教室を出ていってしまった
再び教室に静寂が戻る

「悪い、少し考えれば分かることだった」
「いいよ、タイミングを考えずに教室に入った私が悪かった」
それ以上、言葉が続かずお互い無言で学校を後にした

そして、運命の日がやってきた

俺が教室に入ると、俺の席の前に鞄をもったままの麻友が立っていた
「おはよう」
「おはよう」
表面上の挨拶を交わす
しばらく沈黙が続いたあと、麻友が
「廊下に出ない?」と提案してきた

クラスの視線がこちらに集まっていたので
俺たちはそそくさと教室を出た
麻友は鞄を持ったままだった

廊下に出ると
麻友は深呼吸して

「あのね、これ見て」
鞄から6寸くらいの短刀が出てきた

「えっと」
俺は現状が把握できず、そんなことしか言えなかった

「死のう?一緒にさ!そうすれば、ずっと一緒だから」
目の前の女が笑った
優しい笑顔だった

『サクッ…』
思ったより軽い音なんだな

ドラマやアニメでしか聞いたことがない音を
俺はこの時、初めて聞いた

「○○のこと、本当に愛してる」
血は本当に赤い

「だから、お姉ちゃんにとられるのはぜったい嫌だったの…」
体温が急速に落ちていく

「ごめんね?痛いよね?大丈夫、これから私も死ぬからね」
口から血が出た、呼吸が出来ない

「ずっと一緒だよ」
もう駄目だ、視界が暗転する

結局、俺は生きていた
あの後、すぐに先生が麻友をとり押さえて、俺は病院に運ばれた
救急車の到着が早かったこと、ナイフが胸に刺さったままで出血が最小限に
押さえられたこと
保健室の先生が看護師の資格を持っていて、完璧な止血が出来たこと
これらの偶然が重なって、俺は命を取り留めることが出来た

この事件には秘匿がかけられ、表沙汰になることはなかった
俺のところには、毎日のように警察が事情聴取に来た
学校はもちろん退学した
そのせいで真紀とも疎遠になってしまった

麻友は結局、少年院に送られたらしい
それ以外のことは、今になっても全く知らない
周りの人に聞いても、誰も教えてくれなかった

麻友元気でやってるか?今度会ったら父親のことなんか忘れるくらいに遊ぼうな
今度は俺が待ってる番だな

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