日奈子と拓也の夫婦生活と、俺の奇妙な同居生活は、あっという間に1週間が過ぎた。おかしなもので、たかだか1週間で、生活のスタイルが出来上がったような感じだった。
『悠斗さん、朝ご飯出来てるわよ〜』
俺が寝ている部屋のドアの、すぐ向から日奈子の元気な声がする。俺は、いま行くと言いながら、ベッドから抜け出した。ここ1週間、睡眠不足気味なので、少しボォっとしている感じだ。
日奈子と拓也は、言ってみれば新婚だ。毎晩繰り返される夫婦の夜の生活……。俺は、毎晩のように壁に耳を押し当てて盗み聞きしてしまう日々だった。
リビングにいくと、すでに拓也は起きていてコーヒーを飲んでいる。
「おはよう。寝癖凄いぞ」
拓也が、俺の頭を見て笑いながら言う。1週間前にこの生活が始まった時は、あんなに緊張して申し訳なさそうだった拓也も、今ではすっかりとこの家の主という感じになっていた。俺は、拓也におはようと言いながら、コーヒーを飲み始めた。
『はい、いっぱい食べてね!』
日奈子が、俺の前に朝食を運んできてくれる。
「あ、ありがとう。日奈ちゃんは食べたの?」
俺は、結局、日奈子のことを交際していた時の呼び方で呼ぶようになった。そして逆に、拓也が日奈子のことを呼び捨てで呼ぶようになった。
『まだだよ〜。いま食べるところだよ』
そう言って、自分のプレートと、牛乳の入ったコップを持ってこちらにやってくる日奈子。当然のように拓也の横に座って食事を始めた。
「今日はどこか行くの?」
俺が質問をすると、
『うん。京都に行ってくるつもりだよ』
「えっ? 京都? 日帰りで?」
『ホテルが空いてたら泊まるつもりだけど、まだわかんない。夕ご飯、外でお願いね』
サラッとそんなことを言う日奈子。俺は、急にこんな事を言われて、少しムッとしてしまった。
「悪いね。昨日寝る時に決まったもんだからさ。土産買ったくるよ」
少し申し訳なさそうな拓也。でもそれは、日奈子と旅行に行くことを悪いと思っている感じではなく、急な予定になってしまったことを申し訳ないと思っている感じだった。
俺は、一瞬色々な言葉が頭の中をよぎったが、
「気をつけてな。あ、俺、八つ橋は嫌いだからさ」
と、笑顔で言った。
『悠斗さん、八つ橋嫌いなんだっけ? 知らなかった』
日奈子は笑顔で言う。日奈子の言葉づかいや仕草に、俺は本当に友人に戻ってしまったような気持ちになる。もちろん、戸籍上は俺が夫だ。でも、いまは同居人の立場だ……。
そして、俺は会社が休みなので、一瞬、一緒に行こうかと思ったが、余命わずかな拓也が、あと何回日奈子と旅行に行けるのだろう? と思うと、見送ることしか出来なかった。
二人は、小さなカバン一つで出かけていった。二人が楽しそうに出かけていった後、俺は窓から外を見た。すると、二人はしっかりと手を繋いで歩いていた。近所の目があるのに、まったく気にすることもない日奈子の姿を見て、俺は嫌な考えに取り憑かれていた。日奈子は、同情からではなく、本気で拓也との夫婦生活を送っているのではないか? 俺のことが好きなのと同じように……もしかしたら、俺のこと以上に拓也のことが好きだったのではないか? そんな妄想で息が苦しくなるほどだった。
一人きりになった家……。掃除をしたり、不要なものを整理したりしていたが、それも終わるともの凄く孤独を感じてしまった。そして、1週間もしていなかったので、妙に欲情してしまっていた。俺は、ノートPCで動画でも見ながら自己処理をしようかと思ったが、ふと洗濯かごが目に入った。俺は、その中を探った。すると、日奈子の穿いていたショーツがクシャクシャっと丸まって入っていた。
欲情していた俺は、それを広げてしまった。俺にこんな性癖はないはずだが、欲情していた俺は、日奈子の下着に激しく興奮してしまった。そして、股間の部分にシミが出来ているのを見て、我慢しきれずにオナニーを始めてしまった……。
今頃二人は、京都でデートをしている。手を繋ぎ歩きながら、キスなんかもしているのだろうか? そんな想像をしながら、オナニーをする俺。たまらなく情けない気持ちになる。
そして俺は、日奈子のショーツの匂いをかぎ始めてしまった。シミの部分に、栗の花のような独特の匂い……。それは、嗅ぎ慣れた精液の匂いだった。日奈子は、結婚式以来、毎晩達也とセックスをしている。そして、壁越しに聞こえてくる限り、避妊をしていないようだ。でも、実際に見た訳ではないので、もしかしたらギリギリで体外射精しているのでは? と、期待している俺もいた。
でも、日奈子の下着のシミの匂いをかいでしまって、その期待も、もろくも崩れ去ってしまった。この部分に精液の匂いがするということは、中に出されていることに間違いはないのだと思う……。俺は、その匂いに包まれながら、射精してしまった。溜まっていたとはいえ、そんな射精の仕方をしてしまい、俺はひどく自己嫌悪に陥った。
そして、洗濯かごの中のものを洗濯し、夕食でも買いに行こうと出かけようとした時、携帯が鳴った。日奈子からだった。
『悠斗さん、ゴメンね。ホテル空いてたから、泊まっていきます。夕ご飯しっかり食べてね』
手短に用件を伝えて電話を切る日奈子。俺は、孤独に押しつぶされそうだった。そして、洗濯物を干すために寝室に入った。ダブルベッドを見て、胸が掻きむしられるような気持ちになった。日奈子と、いつも一緒に寝ていたベッド。何度もここで愛し合った来た。それがいまは、拓也と日奈子の愛し合う場所になっている。日奈子は、どういうつもりで抱かれているのだろうか? 快感を感じてるのだろうか? オルガズムを感じているのだろうか?
俺が言いだして始めたことなのに、いざ始まってみると、どうしてこんな事をしてしまったのだろう? という後悔が大きい。
そして夜になり、一人で食事に出かけ、少しビールも飲んで帰宅した。帰っても誰もいない部屋……。記憶にある限り、初めてのような気がする。
そして俺は、ふと気になってしまい、スマホをいじった。そして、友人検索で日奈子の現在位置を調べてしまった。その機能は、普段とくに使うこともなく、そう言えばあるな程度の認識だったが、酔っているせいもあったのか、検索してしまった。
すると日奈子は、京都のラブホテルにいることがわかった。別に普通のホテルにいても同じ事のはずだが、ラブホテルというところが、余計に俺にダメージを与えた。
普通のホテルに泊まっても、結局同じ行為をすると思う。でも、どうしてだかわからないが、衝撃が大きく感じる。二人は、今頃どんなことをしているのだろうか? もしかして、ローションプレイをしてみたり、備え付けの自動販売機で大人のおもちゃを買ったりしているのではないか? そんなことばかり考えてしまう。
俺は、意味もなく寝室に入り、ベッドに座ってみた。今頃二人は、ここでするよりも激しいセックスをしている……。声が響くことも気にせず、ガンガン激しいセックスをしている……。そう思うと、泣きそうだった。
そして、ふと日奈子の化粧台に目が止った。引き出しが少し空いている。几帳面な日奈子らしくないなと思いながら、引き出しを押し込んで閉めた。でも、すぐに気になって引き出しを開けてしまった。すると、アクセサリーや化粧品が整頓されて置かれているのに混じって、見慣れないものが入っていた。
不思議に思って手に取ってみると、それはデジタルボイスレコーダーだった。なぜこんなものが? と、不思議に思いながらスイッチみたいなものを押すと電源が入ってしまい、液晶に起動画面が表示された。
俺は、何の気なしに再生を始めた。再生が始まると、ガサガサと大きなノイズが響く。そして、それがなくなると無音状態になった。俺は、もう終わったのかな? と思ったが、よく聞くとホワイトノイズみたいな音がしているし、液晶画面のカウンターは進んでいる。
すると、ドアが開くような音がして、
「ゴメンね。お待たせ」
と、拓也の声がした。
『早くこっち来てよぉ』
甘えた声の嫁の声。そして、ゴソゴソと布がこすれるような音がする。
「あれ? もう脱いじゃったの?」
『ダメ? だって、シミになっちゃいそうだったから』
「濡れちゃったの? 見せてみて」
『えぇ〜。恥ずかしいよぉ』
「夫婦でしょ? 恥ずかしくないよ」
『うん……。はい……』
「もっと広げないと見えないよ」
『イジワル……。これでいい?』
「ホントだ。濡れてあふれてきてるじゃん。そんなにしたかったの?」
『だってぇ……。欲しくなっちゃたんだもん』
「日奈子はエッチだね」
『拓也がエッチにしたんだよ。だって、あんなの知らなかったもん』
「あんなのって?」
『もう! イジワルだよぉ……。奥が気持ち良いって事です……』
「そっか……。そんなに違うモノなの?」
『うん。私もビックリしたよ……。自転車とバイクくらい違うと思う』
「わかりづらい例えだね」
笑いながら言う拓也。でも、心底楽しそうだ。とても後数ヶ月で死ぬ人間とは思えない。
俺はここまで聞いて、これが夜のセックスではないと気がついた。拓也と日奈子のセックスは、毎晩しっかりと盗み聞きしている。でも、いま聞いている録音は、初めて聞くものだった。
考えてみれば当然かもしれないが、二人は俺がいない昼間にも、セックスをしていたんだなと理解した。あえて考えないようにしていたが、新婚の二人にとって、当然だなと思う。
『タオル外すよ〜』
日奈子は楽しそうな声で言う。夜のセックスでは、日奈子は声を必死で我慢しているし、会話も少ない。俺が横で寝ているので、気を使っていたのだなとわかった。
この録音は、ファイル名を見る限り、昨日のことのようだ。俺がいないところでしているセックスは、こんな感じなんだなと思うと、血の気が引くほどショックを感じる。
「イイよ、自分で外すって」
『いいから、いいから』
楽しそうに言う日奈子。
『やっぱり凄いんだね。明るいところで見ると、ちょっと怖いくらいだよ』
「そんなに違う?」
『もう! そういうのは聞いちゃダメだよ。いまは拓也だけなんだから、比べるようなこと言わないの! 元旦那のこと聞くようなものだよ!』
「ゴ、ゴメン。でも、やっぱり気になっちゃうよ。俺、一番になりたいって思うし……」
『一番だよ。本当に一番だよ。今だけ……とかじゃなくて、一生一番だと思う。絶対に忘れないし、忘れられないもん。あんなの知っちゃったら、忘れられないに決まってるよ♡』
日奈子は思いのこもったような口調だ。俺は、話の意味がイマイチわからないが、一番を連呼する日奈子に、本気で泣きそうになっていた。
一少しの間、日奈子を貸し出して夫婦のまねごとをさせるだけ……。死んでいく拓也に、”冥土の土産”だよ、くらいの、上から目線だった。こんなはずではなかったという言葉を、まさか言うハメになるとは想像もしていなかった。
「ありがとう。本当に、夢みたいだよ。もう、死んでも良いくらいだよ」
『だから、拓也はそれ言っちゃダメだって。シャレになんないんだから』
笑いながら言う日奈子。拓也も笑いながら、ゴメンゴメンと言った。
そして、しばらく会話がなくなり、ほぼ無音になった。
『キス、すっごく上手になった……』
「あ、ありがとう。日奈子のおかげだよ」
『もっと……もっとして♡』
俺は、聞いているのが辛くなってしまい、再生を止めようとした。でも、
「あっ、そんなのいいよ! ダメだって、あぁ」
と、拓也の声が響き、俺は再生を止められなかった。
『私がしたいの。それに、夫婦でしょ? これくらい当たり前だよ』
「うん。ありがとう。あぁ、凄いよ、気持ち良い……」
『痛くない? 歯が当たっちゃぅ……』
「大丈夫。それも気持ち良いから」
『へへ。もっと気持ち良くなってね』
こんな会話の後、しばらく拓也の気持ちよさそうなうめき声だけが響く。夜のセックスはずっと盗み聞きしていたが、一度もフェラチオはしたことがなかったはずだ。すぐに拓也が入れて、比較的短時間で終わっていた……。やっぱり、俺に気を使っていたんだなと思った。
「日奈子、ダメだよ、もう出そう」
苦しげに言う拓也。
『イイよ。全部お口に出して♡ 飲んであげるから』
日奈子はそんなことを言う。中出しに続いて、飲精まで……。俺は、日奈子が上書きされてしまっているような気持ちになり、絶望を感じてしまった。
「あぁ、イク、日奈子、イクっ!」
『んんっ〜っ!』
そして、ハァハァと荒い息遣いの拓也。
『いっぱい出たね。昨日の夜もしたのに、凄いね』
「日奈子とだったら、何回でも出来るよ。飲んでくれたんだね……。ありがとう」
『美味しかったよ。ごちそうさま』
日奈子がおどけて言う。
俺が会社にいる間、こんな事をしていたなんて、とても信じられない。でも、一途な日奈子の性格を考えると、日奈子らしいと言えるのかも知れない……。
「次は俺が……」
『あっ、ダメぇ、もう入れて大丈夫だから、あぁっ、ダメぇぇっ! 濡れちゃってるから、あぁっ!』
「凄いよ。お尻まで濡れてる……」
『イヤぁぁ、恥ずかしいよ……』
「夫婦でしょ? 恥ずかしくないって」
『うぅ……あっ、あぁっ、そ、そこダメぇ、ひぃあぁっ♡』
こんな会話の後、日奈子のあえぎ声が響き続ける。
日奈子のあえぎ声……。こんな風に聞くのは、当然初めてだ。俺は正直興奮もしていた。嫉妬や絶望も大きいが、日奈子のあえぎ声は、それだけで驚くほど興奮してしまう。セックスしている時は、俺も興奮状態なので、聞いているようで聞いていない感じなのだと思う。こうやって、じっくりと聞く日奈子のあえぎ声は、どんな動画よりもはるかにエロい気がした。
『あ、あっ、あぁんっ、うぅ、あぁっ! ダメぇ気持ちイイっ! 拓也ぁ、もう我慢出来ないよぉ! い、入れてっ! おちんちん欲しいぃっ!』
日奈子はそんなことを叫んだ。日奈子がそんな言葉を吐くのは、聞いたことがない。清楚な美人という感じの日奈子は、その顔のイメージ通りの、上品でおとなしいタイプの女性だったはずだ。
「日奈子、愛してる。行くよ」
拓也の思いのこもった声がする。
『うん。愛してる。いっぱいして下さい♡』
日奈子もなんの躊躇もなく愛してると言っている。俺は、何の意味があってこんな録音をしたのだろう? と思いながらも、聞くのを止めることが出来なかった。
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