『汚される美しく気高い精神。壊される仲睦まじい夫婦愛』
清水はまた性懲りもなく
自室から誓子の姿をじっと眺めている
パートナー(ファームの共同経営者)として
50名のコンサルタントを総べる身になっても
その習慣は一向に変わらない
誓子が入社してきたその日から
年甲斐もなく心を奪われ密かに思いを焦がしてきた
お見合いで何とか結婚した妻からは
「ちびブタ!」と罵られる程
背が小さく肥え太った清水にとって
誓子の可憐な姿は、
心の中でいつも「女神さま」と称賛する程の存在だった
上背があるスリムな身体ながら
とても隠しおおせない豊かな胸の膨らみを
清水の眼がじとーっと舐める
うぅぅ・・堪らない
清水は片手を股間に伸ばしながら
もう片方の手で内線電話を掴む
相手は当然のようにワンコールで出る
「進捗はどうだね?困ったことになっていると小耳に挟んだんだが?」
誓子は受話器を耳に付けながら振り向く
自分のデスクの背後にはガラス張りの役員執務室がある
その役員執務室で妙に目を凝らして顔を上気させた清水の姿があった
「いえ、ボス
無事に解決致しまして、今は順調に進んでおります」
「そうか」
毎度のことながら気味の悪い視線が
誓子を捕らえて離さない
誓子の背にゾクッと悪寒が走る
清水の粘りつくような視線と
その奥に潜む好色な光が
誓子は堪らなく嫌だった・・・
伊藤誓子(ちかこ)はお高くとまった女
誰もがそう言う
確かに、誓子には
人を寄せ付けない頑なさと冷たさがあった
誓子が入社した当日から
社内外を通じて多くの男達が
誓子の清楚な美貌に心酔し
必死になって誘ったが
ただの一度も誘いに応じたことがなかったという。
また、真面目で頭も良い誓子は
出世競争でも頭一つ抜き出ていたから、
なおさら、お高くとまって見えたのだろう。
振られた男達や出世競争に負けた男達は
やっかみを込めて
誓子を出世しか頭にない仕事の虫” 社畜 ”と呼んだ
しかし、その認識は大きく違う
誓子が男達に心を開かなかったのは
男達の誰も
誓子の凍り付いた心を溶かす程の
本当の真心を見せなかったからだ
俺はそう思う
何故なら
その伊藤誓子こそ
結婚して5年目になる俺の最愛の妻だからだ
結婚5年ともなると
マンネリなどという言葉が
そろそろ聞こえ出す頃ではある
しかし、俺達にはまるで縁のない言葉だった
俺と誓子は今でも仲良く手を繋いで出勤したり、
毎日、
いや、
毎朝毎晩、
チュー&ハグを欠かさないオシドリ夫婦だ。
もちろん浮気などしたこともなく、
お互い会社が終われば、
まっすぐ家に帰ってきては
二人で料理を作ったり、
お茶を飲みながらテレビを見たり、
そして、
セッ●スを愉しんでいる。
妻は俺より4歳ほど年の離れた、
俗に言う『姉さん女房』だ。
そんな妻とどのようにして出会い結婚したのかを細かく書いたら
それだけで何キロバイトも使って一つの壮大なドラマが出来あがってしまう。
だから、
ここでは簡単に紹介させてもらうことにする
俺は新卒で外資系の経営コンサルティング会社に入社した
会計ファームなどと呼ばれていた時代は、
とてもモテ囃された業界だったが
現在では、
それほど難関でもなく俺ごときでもなんとか入社することができた。
その会社の新入社員研修は少し変わっていた。
毎日、社内でも指折りの優秀な社員が選出されて
順番に1日だけ研修を担当するのだ。
もちろん各部署の仕事内容を新人に叩きこみ、
早く会社組織を知って貰うのが主な目的なわけだが、
「こんな素敵な人がいる会社に入れて良かった?
俺も頑張って先輩みたいになりたい!」
そんな風に、
新人にとっては、
優秀な先輩社員と交流を持つことで良い刺激を与えられ、
モチベーションがあがったりもする
妻の誓子は、
その研修担当に選出された社員の一人として
俺の前に颯爽と現れた。
初めて誓子を、
いや、
伊藤さんの姿を見た時、
そのあまりの美しさに
俺は胸を撃ち抜かれたがごとく
満足に息もできなくなり、
高鳴る胸を押さえながら、
只管その整った顔をガン見していた
凄く望んで入った会社だった
それなのに研修の内容がまるで頭に入らず
自分はおかしくなってしまったのではないか?
不安になった
だが、その不安も休憩時間になると払拭される
「この会社に入って本当に良かったよ」
顔を赤らめた男達の声が
あちこちから聞こえてきたからだ
その日は、多くの男達にとって
研修どころではなく、
ただ”伊藤誓子”という名前と
その抜群の美貌が鮮烈に刻みこまれただけだった
同期達の興奮をよそに
先輩達は冷ややかで、むしろ誓子の真面目さを
馬鹿にするような言い方をする人が多く居た
研修途中の昼休み
男達の話題は
自然と颯爽と現れた美人先輩のことになる
ある先輩社員がきっぱりと断言した
「顔は文句なく社内一!
いや、俺が出会った女の中で間違いなく随一だ!」
「そして、、、
グラビアアイドルもびっくりの絶品ボディ!」
「夏になると、堪らんぜ
細いのに胸がデカいから
嫌でも、シャツがピチピチになるわけよ
ジャケットを脱ぐと、、
胸の形まで丸分かりw
だから、商談の時は
上司だけじゃなく顧客まで
暑いからジャケットは脱ぎなさい!から
話に入るわけよw」
「まあ、なんにしても
常に男達の熱?い視線を受けてるよ
ただなあ、、、性格は最悪だぞw」
「なんたって、あの美貌で
笑っちゃうけど
”彼氏居ない歴=年齢”らしいからw
勇気を振り絞って誘っても
仕事があるからって、 、きっぱり断られるだけ
あれは、仕事にしか興味ない社畜だよ」
そんな女性が何故??
俺なんかの妻になったのか・・・
俺はイケメンでもなければ財閥の息子でもない
子供の頃は男でありながら
ハーマイオニー(エマワトソン)に
似ているなどと言われていて
今も時々見た目オネエ系などと
言われることさえある貧弱な男だ
『なんであんな美人がお前なんかと?』
親でさえ不思議がる世界の謎なのだが、
それには、きちんとした理由がある
新人研修後
幸運なことに俺は誓子の所属する部署に配属され、
誓子に直接指導を受けながら
仕事を覚えていくことになった
最初は緊張して満足に顔を見て話せない程だったが、
誓子の気さくさのおかげで徐々に打ち解けていき、
いつの間にか普通以上に話せるようになっていた
それは、
思いがけないトラブルが発生して、
誓子と二人でかなり遅くまで残業していた時に起こった
席を外していた誓子が戻ってくるのが遅くて、
少し気になりだした俺は、
自分もトイレへ行こうと執務室から出て行った
通路を少し歩くと、
声が聞こえてきた
「ヤめて下さい!」
非常階段に続く扉の奥からだ
慌てて扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、
胸元を乱した誓子と
その華奢な肩を抱く村松という他部署の先輩だった
まるで頭の中がグツグツ沸いてくるように感じて
気付いた時には、
村松に飛びかかっていた
村松は、
いきなり飛びかかってきた俺に、
一瞬呆然となったが
すぐに冷静になって、
「ごめん!」と言いながら頭を床に擦り付けた
誓子も大事にしたくなかったのだろう
「仕事以外では二度と私に近づかないで!」
それだけを約束させて
あっさりと村松を許してしまった
その台詞に少し違和感を感じながらも
席に戻ると、
夜も10時を回っていて
フロアには俺と誓子二人だけしか居なくなっていた
キーボードを叩く音だけが異様に響く中、
突然、
誓子がポツリと話しだした。
「もしかしたら気付いてるかもしれないけど・・・」
「私、子供の頃に
酷いことが、、、
とても言えないようなことがあって・・・」
「男の人が苦手なの・・・」
「だから、いつもはもっと警戒しているんだけど、
今日は、君が一緒だったから
少し安心しちゃったみたい・・・」
「さっきみたいなことになってしまって、
迷惑かけて、ごめんね」
「いえいえ、
伊藤さんが無事で本当に良かったです。
でも、私も一応は
男なんですよw」
「なんか分からないけど、
君のことは怖くないのよね。
最初からそうだったの
こんなの初めてで、、、
私もいつまでも男の人を怖がりながら、
生きていくのは辛いし、、
クライアントの殆どは男性だから、
あ!もちろん仕事だけなら、
問題ないのだけど、、、
軽いスキンシップや握手などでも、
怖くて震えてしまうことがあって・・・」
「そんな時、
君が現れて・・
だから、君の教育係、
私からやりたいって課長に言ったのよ///」
「いつも男の人の担当なんて
絶対にやらないから、
課長すごく驚いていたわw」
「え?、それ、ほ、本当ですか!」
思わぬ告白だった
『天の時でございます』
頭の中で孔明さんがそう言った
なけなしの勇気を出すのは今しかない!
「じゃ、じゃ、もし
もし私でよければ
伊藤さんの男嫌い克服プロジェクト!
ぜひとも協力させて下さい!」
誓子と俺はそんな風にして始まった
最初は手を繋ぐのも大変だった
小指だけそっと触れるように繋いで
それから、
徐々にスキンシップを増やしていった
誓子が男嫌いをほぼ克服する頃には、
俺は”伊藤さん”ではなく
”誓子”と呼ぶようになり、
誓子は”君”ではなく”アナタ”と呼ぶようになった
そして、
誓子と呼ぶようになってから、さらに月日は流れ、
いよいよ
男嫌い克服プロジェクトの
最後を飾るテストが行われることになる
暗闇の中
散々憧れ続けた社内随一の美女が
全裸になっていた
当然
色々触ってみたいところはあった
しかし、
俺はガチガチに堅くなっている誓子を
少しでもリラックスさせたくて
肩から首筋をゆっくり
揉みほぐすように揉んでいった
腕を揉み
手を揉み
脇腹を揉むと
「クスクス」と誓子が笑いだした
「もう緊張とれた?怖くない?」
「うん」
その返事を聞いて
ようやく俺は
皆から絶品と称されていたボディにむしゃぶりついた
その手触り
柔らかさ
堪らない味わいだった
俺は誓子の全てを自分のモノにしたくて、
夢中になって、
身体の隅々まで舌を這わせていった
「ああ、気持ちいい
気持ちいいよー」
あの伊藤誓子が喘ぎ声をあげている
恥ずかしそうに控えめな声を出している
俺はあまりの興奮に訳が分からなくなりながら
我慢できずに、誓子の股の間に自分を埋めていった
「男の人と
こんな風になるなんて、
今までは考えられないことだったの・・・
本当にありがとう」
そう涙ぐむ誓子を抱き締めながら、
俺は間髪入れずに、結婚を申し込んだ
プロポーズのTPOとしては
非常に良くないと自分でも認識していた
それでも、誓子は「うん」と頷いてくれた
その瞬間は、まさに天にも昇る気持ちだった
俺と結婚すると、
いや、実際には付き合いだした頃から
誓子は男に対して、かなり丸くなっていった
そのせいか、
「伊藤さんが男に優しくなった」などと
一気に評判が上がってしまい
誓子は社畜などと
揶揄されていた男達からも
社内外を問わず飲み会やパーティーなどに
誘われるようになっていた
そして、そんな下心見え見えの男達を
上手くかわせるまでに成長した誓子は
仕事上でもマネージャーに昇進する
頭も良く責任感の強い誓子は
順調にプロジェクトを成功させていたが
最近になって、
大きなトラブルが発生していた
開発を請け負っていたベンダーが
勝手に全員現場から引き揚げてしまうという、
とんでもない事態が起こったのだ
しかも、
そのベンダーの担当者は、この俺だ
他ならぬこの俺のせいで、
誓子が総責任者であるプロジェクトが
暗礁に乗り上げてしまったのだ
当社は社員のプライベートに無関心な
外資系であるうえ、誓子は旧姓である
”伊藤”のまま仕事をしていたから
社外はおろか社内でさえも
誓子が俺と結婚していることを知る者は少ない
そのことと、俺達夫婦の仲の良さが災いした
「伊藤マネージャって
顔も美しいですけど、
身体が、またもの凄いですよねw」
「あれは社内でも相当モテるでしょ?
あの若さでマネージャですもんね
やっぱ、あの極上な身体を使って
出世してるんですかね?」
聞いた瞬間
我を失った
普段、とても温厚で通っている俺が
その日は、いったいどうしてしまったのか
気付いた時には
目の前で男が顔を抑えていた
誓子を侮辱した無礼な男は
運が悪いことにベンダーの社長だった
俺はベンダーの社長の横っ面を
思い切り張ってしまったのだ
すぐに謝った
平謝りだ
しかし、時すでに遅し
もともと俺が単価を絞りに絞っていたため、
ベンダーには利益が乗っていなかったプロジェクト
ヤル気のなかった社長の怒りは収まらず
現場に入ってるメンバ全員に撤収を指示してしまった
慢性的にIT技術者が不足している現状
同等のスキルや能力を持ったメンバーを
今からアサインすることは不可能だった
このままでは、
プロジェクトの進捗は大幅に遅れてしまう
いや、遅れるだけではなく
プロジェクトそのものが、こけてしまう可能性が高い
俺は何度も謝りに行ったが、
すぐに出入り禁止になり、
結局、上司の誓子が
頑なになったベンダーの社長を説得するため、
折衝を重ねていた
その日も夜遅くなって帰宅した誓子は、
疲れ切った顔だった
「誓子ごめん。俺のせいで
やっぱり社長だめか?」
「う、うん、、でも」
「でも?」
「社長が、1回飲みに付き合ったら、
みんなを説得してくれるって・・・」
「飲み?・・いやいや、
あのスケベ社長、
絶対にそれ以上求めてくるだろ」
「そうかもしれない
何度か口説かれたこと、あるし、、、」
「てか、行く気なの?」
「うん。飲むだけなら、
接待と同じだし。
行こうと思ってる」
「それって、俺のためか?
このままじゃ俺のキャリアが終わるからか?」
「違うよ!そんなんじゃない!
私はこのプロジェクト、
社会の役に立つと思ってるの。
だからどうしても成功させたいのよ」
「だけど、
もしもアイツが変なこと
してきたらどうするんだ?」
「それこそ、付け入る隙になるでしょ。
誠意を示してダメなら、
セクハラで脅しちゃうw」
「お、お前、、
成長したんだな・・・
ついこの間まで男性恐怖だったのに・・・」
結局
俺は止めることができず、
次の日、ハンズに行って防犯ブザーを買ってきた
気休め程度にはなるだろう
本当は催涙スプレーにしたかったが
催涙スプレーを持ち歩くと違法になると
どっかで見たことがあったので止めておいたのだ
社長と飲みに行くという日の朝
誓子は
「絶対に、変なことにはならないようにするから、
私を信用して待っててね」
そう言って防犯ブザーを振ってみせた
どこか強張ったような笑顔に見えた
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