10月23

チノパン叩きが示す意味とは?

第61回 チノパンを叩く人々の心理から「コミュニティ」と「自分」を考える
チノパンが死亡事故…!この不幸な事件に、ネット住民はチノパンを叩きまくり。その行動が示す意味とは?渕上博士が鋭く切り込む!

【登場人物紹介】
渕上(ふちがみ)賢太郎博士
『モテモテアカデミー』及び『夢を叶えるアカデミー』主宰。数学、生命科学、行動経済学の博士号を持ち、人の心の動きをに解明する。金儲けやセレブな生活には興味がない。
山田君
博士を慕う冴えない32歳。小さなIT企業に勤務する。博士の教えにより、彼女いない歴=年齢だったモテない人生に終止符を打った。金持ちに嫉妬心を覚えてしまう。

山田君 特権階級が許せません。

博士 急に、どうした?

山田君 いやいや、1月2日に男性を死亡させる事故を起こした千野志麻(ちのしお)アナのことですよ。1月10日のガジェット通信には、同様の事故を起こした一般人と比較して、扱いの差が大き過ぎると非難の声が上がっているとあります。

たとえば、「相模原市のコンビニエンスストアの駐車場で無職の女性が軽自動車に轢(ひ)かれ、搬送先の病院で死亡。運転していた女性(65)を自動車運転過失傷害の疑いで現行犯逮捕」とありますし、「昨年10月にはマンション敷地で車に跳ねられ、女子大生(20)が死亡するという事故が起きていた。車を運転していた同区泥亀の大学生(21)を現行犯逮捕した」とあります。「このように接触事故で死亡させた場合は自動車運転過失傷害容疑となり逮捕となる前例まである。そんな前例がありながらも横手(旧姓:千野)被疑者は拘束されず、報道では「横手さん」の呼称である」と、まるで扱いが違うと記事に書かれています。

博士 そうか。

山田君 そんな警察の対応の違いに、ネットでは

平等なんて最初からないんだ
特権階級、うらやましい
だいたいテレビの放送が千野を擁護とかおかしいだろ
しかし一般人は問答無用で逮捕とか警察めちゃくちゃだな
と反応していると、同記事に書かれています。
僕も、これを読んでいて、チノパンを許せなくなってきました。

博士 山田君が千野志麻を許せないのは、ある意味自然かもしれない。
彼女は傍目でみれば、セレブで恵まれた半生を送っている。Wikipediaによると、千野志麻の父親は市議会議員で、彼女は不二聖心女子学院中学校・高等学校を経て聖心女子大学に入学。卒業後フジテレビにアナウンサーとして入社し、5年後に福田康夫元首相の甥でゴールドマンサックス勤務の男性と結婚を機に退社。現在は3人の子供に恵まれフリーアナウンサーとして活躍中とある。
1月9日発売の『週刊新潮』によると、旦那さんの年収は最低でも5000万円は下らないそうだ。見た目も、家柄も、才能も、結婚も、子供にも恵まれた女性が、事故を起こして転落するかと思えばそうでもない。

山田君 セレブめ〜。どんどん憎たらしくなってきました。

博士 Amazonにおける千野志麻著『30代からのしあわせ子育てノート』のレビューを見ると、やはり評価が著しく低い。37件中27件が★1つ。★5つを付けた4人のうち2人は★の数とは裏腹に、千野志麻に対する痛烈な批判を書いている。以前も述べたが、このような場合、その本の内容の善し悪しというよりは、著者を毛嫌いする人たちがいるということを示唆している。

でも、よく考えると少し不思議だ。千野志麻は、事故で人を死なせるという過失をおかした。このような過失は、決してしてはならない事だが、その一方で誰にでも起きうることでもある。一部の人が彼女を叩いているのは、事故を起こしたせいではないと思う。彼女を「ズルイ」と感じ、それが許せない。
でもなぜ許せないのだろう?彼女がどんな人生を歩んでいても、ほとんどの人には何の影響もないはずなのに。

山田君 確かにそうですね。なんで僕はチノパンを許せないんでしょう?

博士 今回はそれをある視点で見てみよう。前回僕は「自分など存在しない」と言った。"自分"というのは、この世界の生物が例外なく向かっている方向性、『「子孫繁栄」、そしてそのための「自己の維持」のため』に存在している作られた概念にすぎない。

そして、実は"自分"という存在は、コミュニティを前提として成り立ってもいる。今回は、「自分」という作られた概念がなぜあるのかの別の側面の話だ。

山田君 よろしくお願いします。

博士 人は1人で生きていけないように作られている。

山田君 確かに。金八先生が言ってました。「君たちぃ、いいですか〜!人という字は?人と人がぁ、互いに支え合って人となる?」って。

博士 山田君、君は確か32歳だったよな?たとえが著しく古いが、武田鉄也のその主張はあながち間違っていない。

山田君 と言いますと?

博士 昨年1月22日から始まったNHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか』の4回シリーズと、そこから産まれた同名の書籍には、興味深いいくつかの話が取り上げられていた。

笑顔は世界の共通言語
1つは、2003年4月イラクでの話。当時イラクは戦場で、そのイラクの宗教指導者と和平交渉をするためにアメリカ軍がナジャフ(イラク中南部の都市)を訪れた時、宗教指導者を捕まえに来たと勘違いした住民に行く手を阻まれ、周りを取り囲まれる。言葉は通じない。一瞬触発のその時、アメリカ軍の司令官が意外なことを言った。「みんな笑うんだ!」と。

山田君 笑う?

博士 そうだ。住民はその笑顔にアメリカ軍に敵意がないことを悟り、場が収まる。後にその司令官は次のように語っている。「私は世界の89ヵ国に行っていますが、言葉の壁、文化の壁、民族や宗教の壁があっても、笑顔の力が働かないのを見たことはありません。この世界で、笑顔は1つの意味しかありません。ですから暴力があり、不安がり、怒りがあり、混乱がある状況だったとしても、あなたがその人に笑顔を見せたら、少なくとも対話がはじまります」と。

人に笑顔があるのは、我々がコミュニティを築き、協力し合うのが進化的に刻まれていることを示唆している。

山田君 なるほど。

博士 同書籍において、人類学者リチャート・リー博士は次のように言っている。「人間の乳児の最初の行動の1つはモノを拾って口の中に入れることです。次の行動は拾ったものをほかの人にあげることです」と。

以前も話したが、人間に「良心」が備わっているのも我々がコミュニティを基本にして生きていることを示唆している。良心があるから、人は、自己を犠牲にして、他人を助けようとか、親切にしようという気持ちになる。良心があることで人間はコミュニティをつくり、助け合い、何十万年も生き延びて来られた。

人のさまざまな性質や形質は、人がコミュニティを作ることを前提に出来ていることを示唆している。

山田君 確かにそうかもしれません。

博士 コミュニティは、我々の子孫繁栄に大きな貢献をする。たとえば、昨年12月2日から3回に渡ってNHKスペシャル『中国文明の謎』が放送された。山田君、四大文明を知っているか?

山田君 完全に忘れました。

4大文明の中で黄河文明だけが残った
博士 あっさり言うなあ。エジプト、メソポタミア、インダス、黄河だ。この特集では黄河文明ではなく、中国文明となっていたが。その中で、中国文明だけが、唯一数千年にわたってほぼ同じ地域で同じ文明を維持してきたと、その特集では言っていた。そして、その理由は始皇帝が生み出し、その後現在の中華人民共和国にまで継承された「中華」という世界観にあると説明している。あとでもう一度触れるが、中国は、完成されたコミュニティ思想を持つ。それ故に4000年、1つの文明を維持出来たと考えられる。

また、さまざまな賞に輝いた2009年上映の『100000年後の安全』というドキュメンタリー映画も興味深い。

山田君 10万年後ですか?

博士 そうだ。核廃棄物プルトニウムは、無害になるまでに10万年以上かかる。このドキュメンタリーは、10万年後の人類のことまでも考えて作られた核廃棄物の最終処分施設「オンカロ」を扱っている。オンカロにとっての最大の脅威は我々の未来の子孫らしい。10万年後、我々の文明はなくなり、我々のことを全く知らない子孫達が、オンカロを掘り起こす。そんなことを考慮して施設は作られている。

山田君 すごいですね。SFの世界です。

博士 確かにそうだな。多分、10万年後の子孫は、今我々が使っているどの言語も使っていないだろうということから、記号や絵で「ここに近づいても、危険しかありません」と表現していたり、トゲトゲしい殺伐とした壁画を描き、それを掘り起こそうとしている人に、何か危険がありそうだと思わせるなど、さまざまなアイデアが出されていた。

興味深いと思ったのは、人が10万年後の子孫のことを気にしていることだ。中華という思想もそうだが、我々は自分が所属するコミュニティをずっと存続させたいと思っている。人のコミュニティに対する考え方は、子孫繁栄に大きく貢献しているに違いない。

山田君 確かに。長嶋茂雄さんも選手を引退する時、「わが巨人軍は永久に不滅です」って言ってましたもんね。

博士 たとえが古いが、その通りだ。

山田君 コミュニティって概念が、子孫繁栄に役立ってるってのはなんとなく分かりました。でもそれとチノパンとの関係はなんでしょう?

博士 僕が思うに、コミュニティに属している我々にとって重要な事が2つある。それは、
1)どのコミュニティに自分が所属しているのか?
2)自分が所属するコミュニティにおいて、自分に不当な不利益はないか?
の2つだ。

一部の人間が千野志麻を許せないのは、自分たちが日本人で、同じコミュニティに属する千野志麻が、不当に利益を得て、その結果、自分たちに不利益があると感じるからだと考える。

たとえば、メキシコで誰かが巨額の脱税をしたと聞いても、何とも思わないだろう。それは属しているコミュニティが違うからだ。メキシコで誰かが脱税や不正を働いても、日本人である我々には何の影響もない気がするのだと思う。

一方、坂東英二が脱税したことを叩く人たちは、自分が所属している日本で脱税をしている人間がいたら、ちゃんと税金を納めている自分たちが困る。そういうズルをするやつがいたら私たちが不当な不利益を得ると感じて怒る。河本準一の生活保護を不正に受給していた問題では、安い給料で我慢して正直に暮らしている私たちが不利益を得る、公平でないと感じて怒るわけだ。

山田君 1月17日のシネマトゥデイによれば、河本さん、Twitterを止めたそうですね。「個人的に楽しくなくなっちゃった」そうです。今でも一部のネット民から攻撃されていますもんね。あと、大阪府の公務員が世間の厳しい目にさらされているのも、税金を使ってのほほんと生きている公務員がいる一方で、弱肉強食の民間企業で給料をカットされ、苦しんでいる自分たちがいるからですよね。

博士 その通りだと思う。それに関して更に言えば、自分たちが所属するコミュニティのあるグループが著しく不当に不利益を与え続ければ、それは、自分が所属するコミュニティとは思えなくなる。それは敵の混じった不純な集団だ。大阪府では、来年度から、公立学校で全国初の教師の人事評価制度が導入されるそうだな。1月15日のクローズアップ現代『生徒がつける"先生の通信簿"』において、橋下大阪府知事(当時)の発言が出ていた。「普通の保護者からすると、みんな会社勤務してみんな人事評価で苦しんでいる中で仕事している」と。公立高校の先生だけが、(民間企業と違って)のほほんと評価を受けることなく過ごすなんてあり得ないということだろう。だから橋下徹は支持されていた。

2011年7月頃から始まったウォール街を選挙した抗議デモは、最も裕福な1パーセントのアメリカ人が合衆国の全ての資産の34.6パーセントを所有していること(2007年当時)が原因だ。多くのアメリカ人が貧困で喘(あえ)いでいるのに、1%の人間が巨万の富を得ている。しかも、富豪達はロビー活動をして、法律をどんどん自分たちに有利に変えている。貧困層の人間は、ウォール街に住む大金持ちと、とても同じコミュニティに属しているとは思えない。そうして敵になったのだと思う。

山田君 公平で、自分に利益を与えるコミュニティに人々は属して、それを守ろうとするってことですね?

博士 そうだ。山田君、時々賢いぞ!そう考えていくと、人が自分が所属するコミュニティにある感覚を持っていることに気づく。それは、「我々は、所属しているコミュニティを自分自身と思い込む」ということだ。私は日本人、私は○○の社員。山田という名字も実はその家族に所属していることを意味している。そしてそれが、自分自身のアイデンティティそのものになる。

自分が所属しているコミュニティを自分自身と感じて守ろうとし、同時に、所属するコミュニティに対してあたかも自分自身のように優越感や劣等感を持ったりするんだ。

ある女性は"田園調布に住む私"と優越感に浸り、ある男性は東京に住んでいない自分を恥ずかしいと思うかもしれない。何故ならそれが自分のアイデンティティの一部だからだ。中華が4000年続いた理由は、中華が世界の中心にあり、世界で一番優れていて、それ以外の民族を2流、3流におとしめたからだ、NHKスペシャルではそのように言っていた。

そして、この性質は自然にナショナリズムを生む。ここ最近、韓国や中国を毛嫌いする声が一部で大きくなっているのは、領土問題や、相手国の一部の人たちが日本に不利益を与える発言や行動をしていることが影響しているだろう。興味深いのは、日本人が優れている、韓国人が優れている、中国人が優れているというのを、それぞれの国民がいつも比べていることだ。まるで自分という概念が国民全体にまで広がったようだ。ナショナリズムというのは、自国が不況の時、つまり不利益を被っていると感じているときにこそ強くなると僕は感じる。

山田君 そういえば、小雪が韓国で出産していたのに対して、一部のネットユーザーが批判していましたね。

博士 今、韓国や中国に関わる芸能活動をするのは、一部の人間に非難されるのを覚悟した方が良いかもしれない。このナショナリズムを作りだす心が、同時に10万年後の子孫を守ろうする心、ある文明を4000年絶えずに続ける心を作っていると思う。

山田君 そのコミュニティにおいて、僕たちはどのように振る舞うのが理想なんでしょう?

博士 そこだよ、山田君。我々は同時に、そのコミュニティで何をすべきかを明確にするのにも"自分"という概念を使っていると思う。例えば"私は父親"、"私は部長"、"私は軍人"と言った具合だ。そのコミュニティにおいて、自分が何をすべきかというのが、名前となって現れている。

山田君 なるほど。

博士 子供は最初、自分の事を「あやみちゃん」「たかしくん」なんて他の人が呼ぶ名前で呼んでいるが、やがて、「私」「僕」と自分を呼ぶようになる。そして私が家族の中、学校の中、会社の中、世間の中で何をすれば良いかを考えるようになる。母親としての私、社員としての私、ミュージシャンとしての私などだ。山田君の質問に答えるなら、その名前のついた役割を全うするのが、1つの理想だろう。

山田君 そうか。すべきことが名前になってるんだ。

博士 そもそも、人は他人の役に立つ行動をとるように作られている。「誰にも思いつかないことを思いつきたい」とか「沢山の人にチヤホヤされたい」とか「ここだけの話をあちこちでする」とかだ。
生き甲斐を探し求めている人が最後にたどり着く生き甲斐の場所の代表は、自分が周りから必要とされている場所だ。いくら好きなことをしていても、誰の役にもたっていない、誰にも価値を見いだされていないというのはきついはずだ。
ミュージシャンなどが、活動を休止し、一般人になろうとしても、どうしても以前役立つことの出来たミュージシャンに戻ろうとしてしまう。

山田君 トモちゃんですね?

博士 1月13日のスポニチによると、華原朋美は、今年のキーワードを「執念」とし、目標の1つを「10年ぶりのNHK紅白歌合戦復帰」としている。かつて、華原朋美は、仕事のドタキャンなどが続き、2007年6月に所属事務所から解雇。睡眠薬など薬物依存により心身のバランスが崩れ、私生活が乱れていた。そして、2010年11月から1年間、父親がしているボランティアの仕事を手伝っていた。
その後心が安定し、再び多くの人の前で歌いたいと思ったのは、自分が多くの人の役に立つことが快感で、それが歌で成し遂げられると彼女が信じたからかもしれない。

山田君 トモちゃんにとっての自分ってのは"歌手"ってことですね。歌手で役立てたらトモちゃんも快感だし、世間も嬉しいってことですね。

博士 そうだと思う。コミュニティの中で人が何をすべきかの続きを更に言えば、お金持ちは、自分のコミュニティに所属する貧乏な人たちに富を分配するべきだ。東北大地震の時、100億円と引退までの報酬を全額寄付をすると発表した孫正義は正しい。SMAPもプライベートで4億円を寄付し、久米宏、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、神田うのなども多額の寄付をしている。念のために言っておくと、チェ・ジウやペ・ヨンジュン、イ・ビョンホンなどの韓流スターも寄付をしているのは忘れない方が良い。無記名で寄付している人もいるだろう。

山田君 たしかに、ありがたいと思いますし、我々日本人を助けてくれる人を同じ仲間だと感じます。まとめると、人のために尽くせ、無性の愛を捧げろってことですね?

博士 全く違う。ハーバード白熱教室というNHKの番組で、「全ての人間を同じように助ける人間には友達がいないだろう」というようなことを政治学者マイケル・サンデルは言っていた。生物学的に自然な行動は、自分が所属するコミュニティ、たとえば、会社、パートナー、家族を助け、役立ち、尽くすということだ。

江戸時代に武士の生き方の規範として出版された『葉隠(はがくれ)』、や、新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)の『武士道』は、コミュニティで人がどう振る舞うのが最善かが書かれている。また、儒教というのは、僕の解釈では「完成されたコミュニティを作る方法と、そのコミュニティに属する人が、最も幸せになるためにはどうなるかの指針」だ。

それらを学ぶのは、コミュニティで自分がどう振る舞うかの参考になるはずだ。

山田君 今回の話、難しいから、4行で言ってください。

博士 コミュニティは、子孫繁栄に超便利で、
人はコミュニティを作るように出来ている。
人は、自分の属するコミュニティを意識し、それをあたかも自分のように感じ、
そこですべき役割も自分そのものと感じている。

山田君 しかし、自分、自分って、前回と今回はしつこいくらい「自分」って言葉が出てきましたね。まるで西部警察の大門刑事みたいです。「自分がやりました」ってね。

博士 だから、君は何歳なんだよ!

【今週の勝手アドバイス】
コミュニティで「役立つこと」が我々の生活と心を安定させる

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