はまった男 4
王のことは忘れようと思っていても、王の写真、手紙、ハンカチ、アルバムなどが、忘れようとする心を邪魔する。
忘れようと思いながらも、王の写真は、必ず見ている。
僕は、机に写真を置いたまま、会社で寝た。
(前にも書きましたが家と会社は、隣です。僕は会社で寝泊まるする方が多いです。(^^)/)
次の日、社員達が、「社長の大連の彼女って、香港のカラオケの女だったんですね。」と言ってきた。
写真を見られた。でも、今更バレたって関係ない。
僕 「そうだよ、ウソついてたんだよ。もう彼女とは別れたから、その写真捨ててきて。」
社員 「そうなんですか?思い出として、取っておきましょうよ。大連で、散々僕達に自慢していた彼女じゃないですか。」
そうだ、自慢したくなるような、可愛い、可愛い女の子だった!
僕は、仕事に手がつかない。
このままでは、僕はおかしくなる。どうしたら、いいのか?
遠距離恋愛をして失恋した男達は、みんなこんなに苦しむのだろうか???
10月16日、S・K社長から、電話がくる。
23日から、大連に行くそうだ。
僕は、一緒に行きたいといった。
少しは気分転換になるかも知れない。しかし、社員達は文句を言ってきた。
当然だ。この間、香港から、帰ってきたばかりなのに。
僕は、今回はS・K社長と、仕事で大連に行くと、言って、社員達を説得したが社員達は、S・K社長と一緒なんて、余計に怪しい、どうせ女遊びをするだけだ!と言っている。
S・K社長は、信用度ゼロだ。結構立派な人なのだが・・・・・。
僕は、1週間休みを取った。
これにも社員達は、大ブーイングだった。
休みが長すぎる!どうせ、大連には仕事など無いくせに!!と言っている。
文句があるなら、お前ら、やめちまえ!と言い返した。
しかし、冷静になって考えてみたら、王は、もう大連にはいない。
今更、大連に行っても、しかたないのは、わかっているのだが・・・・・・。
僕と、S・K社長は23日、大連に飛び立った。
今思えば、この行動は大正解だ!!
僕とS・K社長は、今回は南山ホテルにした。静かで、良いホテルだ。
S・K社長は、早速、新しい女をホテルまで呼んでいる。李さんのほうが遙かに美人だ。
この人は、どうして女をコロコロ変えるのだろうか?
僕は、大連に着いたことをS君に知らせた。
S君、李さんには、通訳で散々お世話になった。この二人には、今でも、中国に着いたら、会えなくても、必ず電話をしている。
僕 「あ、S君?今、大連にいるんだ。用は無いけど、一応電話だけしておこうと思って・・・・。」
S君 「そうですか、大連にいるのですか・・・。北京には、来る用事は無いのですか?」
僕 「北京かァ。S君には会いたいな。お礼もしたいし。でも、今回はS・K社長も一緒だからなあ。そういえば、S・K社長がS君にお願いをして口説いた女ってあまり可愛くないね・・・。」
S君 「僕が通訳した女の子は、北京にいますよ。そのコではないと思いますが・・・。」
S・K社長は、ホントに女好きだ。大連に北京、まったくしょうがないな。
僕 「そういえば、王は今北京にいるんだよね、元気かな?」
S君 「・・・・・・・・・」
僕 「あれから、王から連絡あった?もし、連絡あったら、よろしく伝えておいて。」
S君 「あの・・・・・・」
僕 「何?どうしたの?」
S君 「いえ、なんでもないです・・・・・。」
僕 「どうしたの?一度言いかけたんだから、話してよ。」
S君 「あの、王さんから、Tさんに連絡は無いのですか?」
僕 「あるわけ無いじゃん。王は、電話番号変わっちゃったし、引っ越しちゃったし。僕達は、もう終わったんだよ。」
S君 「でも、王さんは、Tさんのことを、まだ愛していると思います。」
僕 「そんなわけないよ、電話来ないし・・・・。」
S君 「それは、Tさんが、王さんに冷たくしたから、電話をかけられないんですよ。」
僕 「だって、ほかに男がいるんだから、しょうがないよ。
その男とうまくいっていれば、いいんだけど・・・。」
S君 「その男は、本当に王さんの彼氏ですかね?Tさんは、その男の存在をどうやって知ったのですか?」
僕 「どうしたの?今更、関係ないじゃん。僕と王は、もう終わったんだから。」
S君 「ちょっと気になって。その男を、どうして知ったのですか?教えてもらえませんか?」
僕は、香港で食事をしていたときの会話、香港のラマダホテルでの会話を話した。
上海の元彼氏のことを、知っているS君に話すのは、少し恥ずかしかったのだが。
僕 「・・・・・と言うわけで、王には、福建省にも、彼氏がいたんだよ。」
S君 「Tさん、それは、とんでもない勘違いですよ。勉強不足です。やっとわかりました。」
僕 「何がわかったの?」
S君 「どうして、香港のラマダホテルでの会話を、教えてくれなかったんですか?どうして、王さんのウソを、教えてくれなかったのですか?」
僕 「だって、弟なんていないのに、弟と話していたなんてウソ、恥ずかしくて・・。」
S君 「王さんは、まだ日本語が上手くないんですよ!Tさんも勉強するべきです!」
僕 「意味がわかんないよ。」
S君 「Tさん、今回は、仕事で大連に来ているのですか?それとも遊びですか?」
僕 「S・K社長と一緒に来てるんだよ?遊びに決まっているよ。」
S君 「王さんのこと、まだ愛していますか?逢いたいですか?」
僕 「そりゃあ・・・・逢いたいよ、今すぐにでも逢いたい・・・。」
S君 「一昨日、僕は王さんと会いました。」
僕 「え?!!王にあったの?!!どこで?!!」
S君 「北京のKTVです。王からは、Tさんには言わないでくれ、内緒にしてくれと言われたのですが・・・・。」
僕 「・・・・・・・・・」
S君 「遊びだったら、大連にいる必要はないですよね?北京に来られませんか?」
僕 「・・・・・今日行く。すぐに行く。」
S君は、夜のガイドも、やっている。
毎日のように、夜のガイドを頼まれている・・・・。
20時30分、北京に到着した。大連から、約1時間、近いもんだ。
S君と再会の握手を交わし、タクシーに乗り込む。
僕 「王がKTVで、働いているのは、本当なの?」
S君 「働いていると言っても、今月終わりまでの、何日間かですよ。」
僕 「そう・・・。お客に、持ち帰りとか、されてるのかな・・・・・。」
S君 「それはないです、大丈夫ですよ、安心して下さい。」
S君は僕を安心させるように、にこやかに言う。
僕 「どうして大丈夫なの?わからないよ。持ち帰りされているかも知れない。」
S君 「大丈夫です。そこのKTVは、お持ち帰りのコは、黒いスカーフをしているんです。王さんは、スカーフをしていませんでした。福建省に帰る間の、軽いアルバイトみたいなもんですよ。」
S君は、北京の夜の世界に詳しい。僕は少し安心した。
僕 「S君が言っていた、とんでもない勘違いって、何のこと?」
S君 「王さんが言った、おとうと、と言うのは彼氏じゃないです。間違い有りません。」
僕 「どうして、そんなことわかるの?」
S君 「年下のいとこ、年下の知人のことを、おとうと、と言ったと思います。王さんはまだ、日本語が下手なので、うまく説明出来なかったんでしょう。だから、おとうと、おとうと、と言ったんだと思います。」
僕 「・・・・・・・・・」
S君 「王さんに、直接聞けば、わかることです。」
僕 「王に聞かなくても、その男の携帯番号を知っている・・・・。」
王の携帯の発信履歴から、男の番号をメモリーしてある。
S君 「それなら、話は早い。僕が電話をするので、番号を教えて下さい。」
僕は、番号を読み上げた。S君が電話をし、流暢な中国語で話す。
僕は、緊張しながら、S君のことを見ていた。
話し終わり電話を切る。
S君 「やはり、思った通りです。彼は恋人ではなく、王さんのいとこです。Tさんのことも、知っていました。「お姉ちゃんの恋人でしょ?」と言っていましたよ。」
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「彼は、誕生日が10月3日だそうです。」
僕の誕生日の1日前だ。
だから、王は、誕生日プレゼントを買った、と言っていたのか・・・・。
僕は、バカだ!香港で、王を無理矢理食事に誘い、イヤな思いをさせた挙げ句勝手に、いとこを恋人と勘違いをし、王に冷たくした。傷つけた。
王は、悲しかっただろう、辛かっただろう。
謝って許してくれるだろうか?
僕 「王は、僕のこと、許してくれるかな・・・・。」
S君 「大丈夫ですよ、王さんは、まだTさんのことを愛しています。」
僕 「どうしてわかるの?もう、嫌いかも知れない。あんなヒドイことをして。」
S君 「一昨日、日本人のガイドをして、KTVで、王さんと会いました。」
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「王さんは、僕の顔を見るなり、驚いて、走って部屋から、出て行きました。」
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「僕は、「今、部屋から出て行った女の子を呼んで!」と言い、王さんが僕の隣に着きました。王さんは「Tさんには、絶対に内緒にして下さい!お願いです!」と何度も言いました。Tさんには、知られたくなかったのでしょう。」
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「ガイドをした、日本人が、「あなたは、恋人いるの?」と王さんに聞いたらハッキリと、「わたしは日本に恋人がいます。わたしのことを、とても愛してくれています。」と答えました。」
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「ガイドした日本人が、「なかなか逢えなくて、寂しいでしょ?」と言ったら、「今、彼は忙しくて、なかなか逢えませんが、お互い愛し合っているので寂しくありません。」と言ってました。」
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「だから、大丈夫です。王さんはTさんのことを、まだ愛しています。」
僕 「・・・・・・・・・王は、今、どこにいるの?」
S君 「おばさんの家にいます。さっき、僕は王さんに、ウソを付きました。「王さんが引っ越したので、住所がわからないから、僕の会社に、Tさんから、手紙が来ました。Tさんが、王さん宛に書いたものです。夜、おばさんの家に、持って行きたいのですが、いいですか?」と聞いたら、「持ってきて下さい、わたし見たいです!」と言っていました。」
僕 「王は・・・・可愛いね・・・・・。」
S君 「とても可愛い女の子です。Tさんを連れて行けば、ビックリしますよ!喜びますよ!もうすぐ、おばさんの家です!」
S君って、どこまで良い奴なんだろう。
王のおばさんの家に、着いた。
僕はドキドキしながら、階段を上った。
王のおばさんの、家の前に着いた。S君が扉をノックする。
僕は、階段の陰に隠れていた。王は驚くかな?喜んでくれるかな?
扉が開く音がして、王の声が聞こえる。
懐かしい、すぐそこに王がいる。
S君と王が話している。早く飛び出して、王に逢いたい!抱きしめたい!
S君が、僕のことを呼ぶ。僕は、努めて冷静に、王の前に姿を現した。
王の、驚いた顔が、目に入いる。少しの間、お互い見つめ合ったままだ。
僕 「逢いたかった・・・・」
この言葉を言い終わる前に、王は僕を睨み、力一杯突き飛ばした。
王の、思いがけない行動に、僕はよろけて床に手を着いた。
S君は、唖然としている。
僕は、立ち上がり、呆然と王を見つめた。
王は扉を閉める。
S君は、扉の中だ。僕1人だけ、家の外に置き去りだ。
王は、S君に怒鳴り声をあげている。
S君も、いつもより激しい口調で話している。何を話しているんだ?王の口調は、明らかに怒っている。やはり、怒っていたのか。
当然だ、僕は王にひどいことをした。王を苦しめた。
とにかく、話だけでも聞いてもらいたい。王に、謝りたい!
王の泣き声が聞こえた。泣きながら、S君に怒鳴っている。
僕は、扉を叩き、中にいるS君に
僕 「S君、聞こえる?王は何て言っているの?」
S君 「いや、その・・・王さんは、興奮していて、その・・・・。」
僕 「ハッキリ言って。王は何て言っているの?」
S君 「いや、なんというか・・・帰ってくれと言っています・・・顔も見たくないと・・・・」
僕 「そうか・・・・・・。」
S君 「しばらくすれば、落ち着くとは思うのですが・・・・。」
あれだけ傷つけたのだから、王の気持ちは、よくわかる。
一方的に勘違いをし、一方的に別れようと言った。
王の言い分を、聞こうともしなかった。
王が、必死になって訴えていたのに、僕は耳も傾けなかった。
顔も見たくない、か・・・・。そう言われて当然だ・・・・。
再会の喜びは、王には無かった。
僕は、王にとって憎しみの対象だ。
僕は、とにかく話だけでも聞いてもらおう、とにかく謝ろう、そう思い
僕 「王、聞こえる?本当にゴメン、話だけでも聞いて。S君、扉越しに通訳してくれ。」
S君 「わかりました。」
王の返事は無い。
僕 「僕は、大変な勘違いをしていた。王が電話で話していた相手を勝手に恋人だと思っていた。本当にに申し訳ない。」
王 「・・・・・・・・・・」
僕 「言い訳になるけど、王は最初、「お母さんと話していた。」と言ったでしょ?僕は、その言葉を聞いて、またウソを吐いている!と思った。」
王 「・・・・・・・・・・」
僕 「その後に、「おとうと、と話していた」って言ったでしょ?でも、王は一人っ子、弟はいない。だから僕はまたウソを吐いた!恋人と話していたんだ!と勘違いをした。」
王 「・・・・・・・・・・」
僕 「日本では、年下のいとこや、仲のいい年下の知人を、おとうと、とは言わない。でも、中国では言うみたいだね。僕は、中国のことを知らなすぎた。勉強不足だった。」
王 「・・・・・・・・・・」
僕 「王のことが好きだから、余計に怒りすぎた。好きじゃない女だったら僕は怒りはしない。日本に帰ってからも、王に逢いたくて、逢いたくて仕方なかった。」
王 「・・・・・・・・・・」
僕 「王の些細なウソと、僕が王のことを信じられなかったから、こんな結果になったけど僕は、まだお互い愛し合っていると、信じている。王、扉を開けて。王の顔が見たい。」
王 「・・・・・・・・・・」
扉は開かない。
僕 「僕が馬鹿だった。王のことを苦しめた。でも、王もまだ僕のことを愛しているでしょ?」
やっと、王の言葉が聞こえ始めたのだが・・・・
王 「・・・・・あなた、おかしい。」
僕 「え・・・・?」
王 「わたしは、あなたのことは好きでもないし、愛してもいない!」
僕 「・・・・・・・・・・」
王 「わたしは、もう恋人がいる!日本人の恋人が!だからあなたは、帰って!」
僕 「・・・・どうしてそんなウソを吐くの?」
王 「ウソじゃない!日本人の恋人が出来たの!早く帰って!!」
僕 「・・・・じゃあ、その人の名前を言ってみて。」
王 「・・・・・・・・・・」
僕以外の名前を、言えるわけが無い。王は日本人の名前など知らない。
僕 「ウソは吐かないで。王の顔が見たいんだ。扉を開けて。」
しばらく沈黙が続いた。
僕はタクシーの中で、S君から、王がまだ僕のことを愛している、と聞いた。
だから、元の仲に戻れるのは、簡単だと思ったのだが・・・・。
王 「あなた、わたしのこと、まだ愛しているの?」
僕 「もちろん、愛しているよ。」
王 「・・・・・・わたし、もう騙されたくない。」
僕 「・・・・・・・・・・」
また、沈黙が続く・・・。
しばらくして、扉が開いた。
王は、黙ったまま僕のほうを見つめている。
王 「・・・・あなたは、私に逢いに来てくれたの?」
僕 「・・・・当たり前でしょ?」
王 「そう・・・・・ありがとう。・・・・・。」
王の目に涙が浮かぶ。声を詰まらせた。
王 「・・・・・あなた、私のことをいつも心配してくれた。」
僕 「・・・・・・・・・・」
王 「・・・・・いつも遠くから逢いに来てくれて。」
僕 「・・・・・・・・・・」
王 「・・・・・お正月、逢いに来てくれたとき、感動した。この人はウソを吐かない、信じられる、わたしはそう信じていた・・・・。」
僕 「・・・・・・・・・・」
王 「・・・・・あなたの勘違いは、本当かもしれない。私に逢いに来てくれたのも本当かもしれない・・・・・。」
僕 「・・・・・・・・・・」
王 「でも・・・・・・・・」
僕 「・・・・・・・・!」
王の大きい瞳から、涙がこぼれ始めた。
王は、怒って泣くときは、声を上げるが、心の底から悲しいときは、声を上げずに、涙だけがこぼれる。
僕は、ダメか・・・・、と半ば諦めた。
王は、声を詰まらせながら、苦しそうに
王 「・・・あなたのことを、もう信じることはできない。」
僕 「・・・・・」
王 「・・・あなたとわたしは、こうなってしまった以上、仕方ないでしょう?」
僕 「・・・・・」
王 「・・・・・」
僕と王は見つめあったままだ。
王は黙ったまま、涙だけが落ちている。
上海の元恋人と、別れた時と同じだ。
今度は僕が捨てられる番だ・・・・・。
しばらく、3人とも黙っていた。僕は言葉が出ない。
王は涙が止まらない。
S君はチラッと王を見て
S君 「王さんは、今パニックになっています。少し考える時間をあげましょう。」
僕 「王とは・・・もうダメみたいだね・・・・。」
S君 「とにかく、王さんに時間をあげましょう。」
僕 「でも、もう二度と逢えなくなっちゃうかも・・・・・。」
S君 「大丈夫ですよ、心配ないです。」
どこが大丈夫なんだ?
僕は、もう捨てられる寸前じゃないか!
気が気でない。
S君が話しかける。
S君 「Tさん、行きましょう。」
僕は、少しでも王と話したくて
僕 「・・・・・もう、僕のことは好きじゃない?」
王 「・・・・・・・・」
返事は無い。
僕 「僕は何日間か中国にいる。北京にいるか、わからないけど、僕に逢いたくなったら、電話をして。」
王 「もう、電話番号忘れた・・・。」
僕 「・・また、ウソを吐く。あんなにたくさん、僕に電話をくれたでしょ?ちゃんと覚えているでしょ?僕は、前の王の番号覚えているよ。」
王 「・・・・・・・・・・」
そういえば、今の王の番号は知らない。後でS君に教えてもらわないと。
僕はバックからお金を取り出し、
僕 「これ、少ないけど使って。」
お金を渡すのも、最後になるのかな・・・・。
王 「・・・・・いらない。もう大丈夫。」
僕 「約束は約束だよ。」
僕は無理やり渡した。
S君 「Tさん、行きましょう。」
王 「どこに行くの?泊まるところはあるの?」
S君 「知っているホテルを予約してあります。心配しないで下さい。」
王 「そう・・・・どこのホテル?」
S君 「京広新世界飯店です。」
王 「すぐ、そこのホテル・・・・・。」
王は、少し穏やかな表情になった。
本当は、ホテルの予約など、まだしていない。
どうやらS君は、ウソを吐いて、おばさんの家から近くのホテルを言ったようだ。
僕とS君は、おばさんの家を離れホテルに向かった。
京広新世界飯店は高い建物で立派そうに見えるが部屋は狭かった。
これが5つ星ホテル?と感じるほど。
荷物を置き、食事をすることにした。
食欲は無かったが、S君が、安くて美味しい北京ダックの店に案内してくれた。
そういえば僕は、本場の北京ダックを食べるのは、初めてだ。
王が一緒なら、美味しさが何倍にもなるのに・・・・。
僕はS君に話しかける。
僕 「S君、さっき「大丈夫、心配ない」って言ってたけど、どうして?」
S君 「中国の女性は、面子を重んじます。王さんは面子を潰されたことが許せなかったのでしょう。冷静になれば、気持ちは変わりますよ。」
僕 「そうなの?あんなに怒っていたのに?僕を突き飛ばしたんだよ?」あんなに泣いてたんだよ?気持ちが変わるかな??」
急にS君が笑い始めた。
僕 「どうしたの?何で笑っているの?」
S君「あ、すみません・・・・・。」 まだ笑っている。
僕 「・・・・・・・・・・」
S君 「・・・・王さんの、小さな体でTさんが倒れるものなんだなって。」
僕の顔が赤くなる。
S君 「王さんは、小さいのに、すごいパワーですね。」
僕 「あれは、いきなりだったから・・・。」
S君 「王さんは、Tさんだから突き飛ばしたんですよ。そこまで出来る仲はそうはいません。」
まだ笑っている・・・・。
僕 「それって、褒めてるの?馬鹿にしてるの?」
S君 「いや、すみません。とにかく、ホテルの名前を言ったとき、王さんはホッとしていました。Tさんのことが心配だし、近くのホテルだから安心したのでしょう。」
僕 「僕もそう思った。これからどうしよう、どうしたら王、許してくれるな?」
S君 「そうですね、少し様子を見ましょう。王さんはTさんを愛しています。間違いありません。ただ、面子が・・。素直になってくれるといいんですが。」
僕 「様子を見るって言っても、どの位、様子を見ればいいの?なんか、S君のほうが、王のこと詳しいみたい・・・。」
S君 「いえ、そんなことないですよ。」
あわてて言う。
S君 「そういえば、広州のおみやげのガラス細工、まだ貰ってないですね。王さん、今持っているんですかね?」
僕 「どうなんだろ?」
S君 「聞いてみましょうか?」
僕が頷くと、S君は電話をかけた。話し終わり、
S君 「福建省に、ほかの荷物と一緒に、送ってしまったようです。今は持っていないと・・・。」
僕 「そう・・・。」
S君 「もし、王さんが持っていたら、会う口実になったのですが。」
僕 「そうだね。残念だなあ。」
S君 「Tさんは、逢いたがっているから、王さんが逢いたくなったら、連絡を下さい、と言っておきました。とにかく、王さんからの連絡を待ちましょう。」
はたして、連絡が来るのだろうか?
本場北京ダックの味が、わからないまま、僕は食事を終えた。
10月24日、S・K社長から、早く大連に戻って来いと、電話がある。
しかし、僕は今、大連に用は無い。
王の連絡待ちは、ツライ。こっちからは連絡できないなんて。
北京まで来て、すぐ近くに王がいるのに、なんで逢えないんだ?
S君も自分の仕事があるから、僕にばかり、構っていられない。
仕方ないので、昼間は1人で観光に行った。
つまらないなあ。
夜、S君が気を遣って、北京のKTVに案内してくれた。
北京は、とにかく中式KTVが多い。S君のKTV巡りは、女の子を見て、気に入った子がいれば、店で飲む、というやり方なので、気に入った子がいなければ、すぐ店を出て、お金もかからない。
僕1人だけだったら、いったい幾ら取られていただろう?
チップ100元の所から、300元の所まで、15件くらい廻ったが僕は、気に入った子がいなかった。一店に80人位女の子がいたので1000人以上見たのだが。
レベルは大連より、断然、可愛い子が多い。
僕も王がいなかったら、ほとんどの女の子を、気に入ると思うのだが・・。
S君が言った。
S君 「じゃあ、とっておきの所に行きましょう。政府の人間が利用する高級KTVです。中国全土から、可愛い子が集まるので、絶対に気に入る子がいます。」
その店は、確かに店の造り、女の子、値段、どれも大連では味わえないほどの高級KTVで、部屋代だけで3000元以上する。
女の子のチップが400元で、給仕の女の子、ママのチップも400元だ。合計で、ものすごい値段になった。
(ちなみに、お持ちは3000元からだそうです。高い!)
(唸るような美女揃いですよ!機会が有ったら、行ってみてください!)
今思えば、こんな高い飲み代を使うなら、王にあげたほうが、よっぽど良かった。
確かに美女揃いだが、王に比べたら、みんなカボチャに見える。一応、指名はしたがあまり話は、盛り上がらなかった。
店を出て、ホテルに戻る。
S君 「Tさんは、王さん以外の女の子は、目に入らないみたいですね。」
僕 「そうなんだよ。なんで、あいつはあんなに可愛いんだろう?」
僕は、意味不明なことを口にした。
今日、連絡が無かったな・・・。
10月25日の昼、S君の携帯に、王から連絡が入った。
僕の携帯が鳴る。
S君 「Tさん、喜んでください!王さんは、今日、福州に帰るそうです。Tさんによろしく伝えて欲しい、と言っていました。」
僕 「何?それ。僕が、どうして喜ぶの??かえって、悲しいじゃない。」
S君 「王さんが、もし時間があったら、来年のお正月も福建省に遊びに来てください、みんなで楽しく過ごしましょう、と言っていましたよ!」
僕 「ホントに!?」 僕は急に明るくなった。
S君 「早く、広州のおみやげも渡したいです、と言っていました。」
僕 「・・・・何時の飛行機だろう。空港まで行きたいな。逢いたい。」
S君 「18時50分発です。まだ、時間はあるので、聞いてみましょう。ちょっと待っていてください。」
しばらくして
S君 「空港に15時に来て欲しいそうです。「Tさん、わたしのこと怒っていませんか?」と聞いてきたので、王さんに逢いたくて、苦しんでいる、と言ったら「わたしの気持ちが、わかってくれましたか?わたしも苦しみました。」 と言っていました。王さんは、やはりTさんに逢いたいんですよ!」
僕 「素直じゃないね。でも、お互い様かな・・・。」
空港で見た王は、少しよそよそしかったが、次に逢うときは、以前の仲に戻れるだろう。
お正月、逢いに来てください、S君も良かったら一緒に来てください、と言っている。
僕は、きっとお正月まで待てない、もっと早く、逢いに行く!と言った。
王は、笑っている。
王は、僕に謝ってきた。
僕も謝った。
これからは、お互い信じあいましょう、と約束をして王は福建省の福州に飛び立った。
いつもは、王が空港まで、見送りに来てくれたが、今回は逆だ。
空港での別れは、どちらも辛いものだ・・・。
夜、王から電話が来た。僕の携帯電話に、王から電話が来るのは、久しぶりだ。
福州空港に着き、「これから実家に向かう、あなたに早く逢いたい」と言っている。
僕だって早く逢いたい。北京に来たのに、王に逢えた時間は2、3時間くらいか?
僕は、近いうちに、必ず逢いに行く!と言って、電話を切った。
さっきまで、近くにいたのに、王が素直じゃないから、まったく・・・・。
しかし、暇だ。王に逢いに来たのに、王はいない。KTVに行く気は起きない。
S君はガイドの仕事で、忙しい。僕はあまりにも暇なので、李さんに電話をした。
李 「ウェイ?」
僕 「あ、李さん?Tだけど」」
李 「こんな時間にどうしたの?」
僕 「ごめんね、今、1人で暇でさあ・・・。」
僕は、簡単に今までのことを話した。李さんが呆れている。
李 「Tさん、よっぽど王さんのことが、好きなんだね。」
僕 「そうだよ、王に、はまっているんだ。早く逢いたいよ。」
李 「じゃあ、福建省まで、逢いに行けばいいじゃない。どうせ暇なんだから。」
僕 「・・・・・・・・・・」
李 「せっかく中国に来ているんだから。」
僕 「・・・・・そうか!僕が福州に逢いに行けばいいんだ!簡単なことだ!」
李 「私は彼氏に会いに香港に行くから、一緒に行ってあげてもいいよ。」
僕 「ホントに?いつ、来れるの?」
李 「いつでもいいよ。私も暇だから。」
僕 「僕は、早く逢いたい。明後日とかでもいい?」
李 「ずいぶん急だね。べつにいいよ。」 李さんが呆れながら言う。
僕 「福州から、香港まで、どの位時間かかるの?」
李 「福州から深センまで、たぶん、1時間かかんないよ。」
僕 「近いね、じゃあ、福州空港で待ち合わせしよう。本当に来てくれるの?」
李 「旅費、ホテル代は、全部Tさんが持ってよ。通訳代も頂戴ね。」
なんか高くつきそうだ。でも前回、福建省に行ったとき言葉が通じなくて大変だった。
僕 「それでいいよ。また後で電話する。」僕は電話を切った。
でも、李さんから、彼氏に逢いに行くときもあるんだ。何か意外だ。
S君が、ガイドの仕事が終わり、僕の部屋に来た。
僕は、明日、王に福州に逢いに行くと言った。
S君 「福州と、広州は、近いですね。僕も一緒に行きましょうか?」
僕 「広州に近いって、何か関係があるの?」
S君 「広州に知人がいるんですけど、彼の会社の仕事もやっているんですよ。」
(この、広州の人は、結構有名です。知っている人もいるのでは?)
僕 「じゃあ、S君一緒に来てよ。李さんより、S君のほうがいいな。」
S君 「いいですよ、じゃあ、李さんは、断ってください。」
僕は、明日電話をすればいいと思っていたのだが・・・・。
10月26日の朝、僕は李さんに電話をしたが、つながらない。
昼にもう一度かけてみよう。僕は1人寂しく、朝食をとった。
昼過ぎ、李さんから、電話が来た。
李 「航空券、1210元だった。後でちゃんと頂戴ね。」
僕 「・・・・・・・・・・」
李 「もしもし?聞こえてる?」
僕 「・・・・・聞こえてる。何時に福州に着くの?」
李 「午前の11時10分。出発は7時50分。」
僕 「早すぎる!!なんで、そんな飛行機を選んだの!?」
李 「こっちのほうが安かったのよ。安いほうがTさんいいでしょ?」
僕 「それはそうだけど・・・・。」
李さん、気を使ってくれたみたいだ。贅沢好きな李さんが。
しかしまいったな。
S君が一緒に行ってくれるから、李さんは断ろうと思っていたのに。
でも、今更、断れない。かといって、S君を断るのもなあ。どうしよう・・・。
10月27日の朝、僕とS君は、北京空港にいた。考えた末、S君、李さんと3人で王の家に行くことに決めた。人数が多いほうが、王も喜ぶだろう。
お金は、ずいぶんかかるなあ。日本に帰ったら、仕事頑張って、稼がないと!
S君 「李さんという方は、どのような女性ですか?」
僕 「美人で、いい人なんだけど、気が強い。。」
S君は、李さんと電話で話したことはあるが、会うのは初めてだ。
S君 「そういえば、王さんには、今日行くことを、伝えてあるのですか?」
僕 「いや、言っていない。」
S君 「え???言っていない??」
僕 「そうだよ。だって、「来ないで!」、なんて言われたらイヤじゃない。だから何も伝えないで、王の家に行く。」
S君は呆れながら
S君 「そんなことして、もし王さんに逢えなかったら、どうするんですか?」
僕 「それもそうだなあ。じゃあ、王が福州にいることだけでも、確認しよう。」
S君 「わかりました、電話してみます。」
僕 「僕達が、今日行くって言っちゃ駄目だよ。」
S君が王に電話する。僕も話したかったが、我慢した。
S君 「王さんは、友達の親がやっているお店で、今日から働くそうです。」
僕 「何のお店だろう?まさか、KTVじゃないだろうね?」
S君 「それは無いですよ。服の店と言っていました。」
王は勝利広場でも、服を売っていた。それにしても、一昨日の夜、実家に帰ってもう、働くのか。何日間かは、休むのかと思ったのだが、結構、真面目なんだな。
僕とS君は、福州に飛び立った。僕は今年の2月(もう去年になりました)以来福州に行くのは、2度目だ。王と知り合ってから、中国のいろいろな所に行く。
海南航空なんて、聞いたことも無い会社の飛行機だったが、11時20分、ほぼ定刻どおり、無事福州に到着した。
今回は、今までで、一番安心できる旅になりそうだ。
何と言っても、S君、李さん、二人の頼りになる通訳がいる。
李さんのほうが、早く着いている筈だ。僕とS君は、李さんを探した。
李さんを見つけ、S君を紹介した。S君は、中国語で挨拶する。
李 「あなた、本当に日本人なの?すごく中国語上手い。」
僕 「ちょっと、日本語で話してよ。僕がわからない。」
S君は日本語で話す。
S君 「有難う御座います。李さんも、日本語が上手いと聞いています。李さんは、すごい美人ですね。」
僕 「そうかな?王のほうが、可愛いよ。」
S君が笑う。
S君 「まあ、Tさんにとっては、そうですが・・・。」
李 「どうする?食事でもしていく?」
僕 「王に早く逢いたいから、食事は王の家に着いてからにしよう。」
李 「機内食、ほとんど食べなかった。私、お腹空いている。」
僕 「我慢してよ。タクシーで4時間、かからないから。」
S君 「え?そんなに遠いんですか?」
李 「王さんも素直じゃないね。Tさん、これから苦労するな。」
僕 「王が素直じゃなかったのは、僕のせいなんだ。王は悪くないよ。」
S君 「面子を潰したのは、確かに悪かったと思いますが・・・・。」
李 「だって、王さんが素直だったら、わざわざ福州まで来なくても北京で逢っていれば、よかったじゃない。」
僕 「それは、王を悲しませた罰だよ。王は僕を許してくれた。それだけで満足だよ。」
李さんが呆れた顔をしている。
とりあえずタクシーに乗り、王の家に向かった。
舗装された道とガタガタ道が、交互に現れる。2月、来た時と一緒だ。
S君が、中国語で李さんに話しかける。李さんは、なぜか日本語で答える。
S君の中国語に対抗しているのかな?このへんは李さんの、気の強さが出ている。
僕は李さんに「S君の中国語は、李さんの日本語より、遥かに上手いから、中国語で話なよ。」
李さんは、機嫌が悪くなった。ムッとしている。
李さんは、日本語にかなり自信を持っているので、プライドが傷ついたのかもしれない。
僕は、李さんの機嫌を直してもらいたくて
僕 「ねえ、李さん。僕とS君は、北京で一番の高級KTVに行ったけど、李さんより美人の小姐はいなかったよ。李さんは今でも、カラオケ小姐になったらNo1だね。」
李 「・・・・・・・・・・」
余計に機嫌が悪くなった・・・・・。
後で聞いたのだが、カラオケ小姐と比べられたことが、頭にきたらしい。
そういえば、以前王も、「日本人クラブで働けば?」、と僕が言ったら、大激怒していた。
「カラオケ小姐」、この言葉は、しばらくタブーにしておこう。
「あ!!!」 僕は思わず大声を上げた。
S君、李さんが驚いて、「どうしたの?」、と聞いてくる。
僕 「公衆トイレだ!懐かしいな!」
S君 李 「?????」
僕と王が入った公衆トイレだ。僕は、あまりの臭さと汚さで、結局、用を足せなかった。
しばらく走っていくと、僕は、また「あ!!!」と叫んだ。
S君、李さんが、「今度はどうしたの?」、と聞いてくる。
僕 「ここで食事をしたんだ。ここでトイレを借りたんだ。懐かしい。」
S君 李 「?????」 二人とも不思議がっている。
早く逢いたい、もう、あと何時間かで、王に逢える!
16時前、王の家に着いた。3人で階段を上る。王の家は5階だ。
S君がノックをする。僕は心が溢れていた。早く!早く!
扉が開いて、王のお母さんが、顔を出す。
お母さんは、僕とS君を見て驚いている。S君が何か中国語で話している。
お母さんは頷いて、「よく来てくれました。」と歓迎してくれた。
李さんと、王のお母さんは、初対面だ。
お母さんも、李さんのことを「綺麗なかたですね。」、と言っている。
綺麗でも、李さんは、幸せなのかな?
香港人に中国人の彼氏、でも結婚は考えていないみたいだ。
もう、28歳なんだから、幸せになってもらいたい。
家にあがり、お母さんがお茶を出してくれた。王の家のお茶は、最高に美味しい!
僕 「王は、今どこにいるんですか?」
母 「娘は、仕事をしているんですよ。」
S君 「どちらで働いているのですか?」
母 「ここから、歩いて15分位の所ですよ。」
僕は、早く逢いたくて、「王の仕事場に行こう!!」、と言った。
お母さんは、「17時過ぎには、帰ってくると思うから、家で待っていて下さい。」
と言ってくれたが、僕は少しでも早く、王に逢いたい。
お母さんが、場所を教えてくれた。
僕は、S君と李さんの、手を引っ張り、外に出た。
早歩きで、王の働いている店に向かう。
王、驚くだろうな、今度こそ喜んでくれるかな?
完全に、舗装されていない道路なので、李さんは、歩きづらそうだ。
李 「こんな所に、私が泊まるホテルがあるの?」
S君 「ぼくも、今日は、どこに泊まればいいのですか?」
僕 「ホテルが無かったら、王の家に泊まればいいじゃない。」
李 「みんな、泊まれるの?王さんの家、そんなに部屋あったっけ?」
僕 「S君は、台所で寝て。李さんは、王の部屋で、僕と王と3人で寝よう。」
S君 「Tさん、それはないですよ。」
李 「私、絶対にイヤだからね!」
こんな会話をしているうちに、王の仕事場の店に着いた。
僕は、ガラス越しに、王を見つけた。
接客している。
店に入りたかったが、仕事の邪魔をしちゃ悪い。
今はガラス越しに、見ているだけで充分だ。
しばらく見ていたが、僕は我慢できなくなり、ガラス窓をノックした。
王が気がついて、僕を見る。王は、口に手を当てて驚いている。
香港のマクドナルドで、王と初めて会い、カラオケの店で、再会した時も王は、口に手を当てて驚いていた。
あの時と同じ顔だ。
王は僕を見つめている。S君、李さんは、王の目には映っていないだろう。
ガラス越しに、僕だけを見つめている。
僕は、何か買えば、問題ないだろう、と思い、店に入っていった。
王は抱きついてきた。北京で、僕のことを突き飛ばした王は、もういない。
王 「どうしたの?どうしてあなたが、ここにいるの?」
僕 「王に逢いたかったから、来ちゃった。」
王 「ウチには、行ったの?」
僕 「さっき、お母さんと会ってきた。お母さんに、ここを聞いたんだ。」
王 「どうして連絡をくれなかったの?もし逢えなかったら、どうするつもりだったの?」
S君 「僕が朝、王さんに電話したのは、王さんが福州にいるのを確かめたんですよ。」
王 「どうして、S君と、李さんもいるの?」
李さんは、上海語で
李 「Tさん最初、私に通訳を頼んだくせに、S君にも御願いしてたのよ。失礼しちゃう!」
と言ったらしい。
僕とS君が、わからないように、言ったみたいだ。
さっき、僕が「李さんの日本語より、S君の中国語のほうが遥かに上手い」と言ったので、そのお返しかもしれない。
僕 「S君でも、上海語は、わからない?」
S君 「お手上げです。所々、わかる言葉はありますが・・・・・。」
S君のような、プロの通訳でも、わからないのか。
李 「王さん、私、お腹が空いた。どこか美味しいところない?」
王 「あそこの店は美味しいよ。もう少しで終わるから、先に行って待ってて。」
僕達は、王の教えてくれた店に入った。ここは・・・・・・!
お正月に来た、あのグロテスクな食材が、たくさんあるところだ。
ここで食べるのか・・・。
S君と李さんは、大丈夫かな?と思ったが、余計な心配だった。
S君、李さんは、楽しそうに食材を選んでいる。僕は、またも野菜ばかり選んだ。
僕達が先に食べていたら、王が、お母さんを連れて、やって来た。
王は、手になにか持っている。
今回は、S君と、李さん、二人の通訳がいるから、言葉にはまったく不自由しない。
王も、お母さんも、安心してベラベラ話す。
王は、手に持っていた物を、僕に渡した。
広州のおみやげのガラス細工だ。
王 「あけてみて。」 僕は箱を開けた。
鶴のガラス細工だ。
僕 「綺麗・・・。ありがとう、嬉しい。」
王は少し悲しそうな顔をして
王 「あなたは、冷たかった。わたし1人、広州に行かせて。」
僕 「いや、だからそれは・・・・。」
王 「わたしを、沢山傷つけた。わたしは悲しかった。騙されたと思った。」
お母さんが、「Tさんは、娘を騙したんですか?」、と聞いてきた。
僕はあわてて
僕 「違います、騙したりしません。王のことは愛していますよ。本当です。僕の単なる勘違いです。些細な勘違いだったんですよ。」
母 「それなら、いいですけど・・。娘から、いろいろ聞いて、心配で・・。」
王は、お母さんに相談していたらしい。
1人娘だから、お母さんも心配なのだろう。
僕 「僕のほうこそ、王に騙されたのかと思った。ほかに恋人がいるのかと。」
王 「あなたが、勝手に勘違いしたんじゃない。」
僕 「まあ、そうなんだけど・・・。その前に、上海の男のこともあったし・・・。」
王 「それは・・・・・。」
僕 「まあいいや。これからは、信じあいましょう。」
王 「うん!」
王が、僕の手を握ってくる。
王 「わたし、あなたに騙されてから、ご飯が食べられなかった。」
僕 「だから、騙した訳じゃなく・・・・・・。」
王 「毎日悲しかった。あなたの夢を見た日もあった。」
僕は黙って聞いた。
王 「もう、逢うことはないと、諦めていた・・・・でも・・・・・。」
しばらくして
「騙されたのに、まだ好きだったの!」
完。
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