04月21

中間管理職の憂鬱

「この・・・馬鹿者がーっ!」

私の怒声に、オフィスがシンと静まりかえる。

デスクを挟んだ目の前には、薄いグレーの犬人が身を縮こまらせて恐縮していた


いつもは元気良く振られている尻尾を垂れ下がらせ、両の耳を完全に寝せてショ
ンボリとうつむいているが、そんなことくらいでは私の気はとても収まらなかっ
た。

「今すぐ先方にお詫びの電話を入れろ! 謝罪に行くぞ! 外出の支度をしろ!


「は、はい・・・! あの、部長も来られるんですか・・・?」

「当たり前だ! お前一人で取れる責任じゃないだろう!」

部下の尻ぬぐいも上司の役目。

まったく、損な役回りである。

「でも、その・・・」

「デモもストライキもない! さっさとせんか!」

「はい・・・!」

泣きそうな顔で、犬人はデスクに戻って受話器を取った。

私はイラつく気持ちをぐっと堪え、煙草に火を付ける。

・・・泣きたいのは私の方だ。

私の名前は弓塚孝太郎。

当年取って37歳、働き盛りのサラリーマンだ。株式会社ボヤージで営業販売部
長を務めている。肩書きだけ聞けばご立派だが、実体は中小企業のしがない中間
管理職。上からは押さえつけられ、下からは突き上げられる、ストレスと戦う悲
しい企業戦士である。

そんな私の種族は虎人。それも、白虎の虎人。

冒頭でいきなり怒鳴ってしまったが、普段は温厚を地で行く物腰柔らかな性格。
そうでなければ、こんな仕事はやっていられない。・・・本当である。そりゃ、
たまには怒ることもあるが、堪忍袋の緒は切れるためにあるのだから、致し方な
い。

30を過ぎた辺りで急激に肉が付き始め、これはマズイと思って摂生に努めるも
、時既に遅し。結果、現在の体重は3桁手前。土俵際の攻防を繰り広げている。
・・・洒落になっていない。

おかげで、なりたくもない独身貴族だ。爵位はいつもらえるのかと役所に問い合
わせてみようか。

・・・冗談である。そんな不名誉な爵位は欲しくない。

周囲にもそんな私の心の叫びが届いているのか、ここのところよく見合い話を持
ちかけられる。今年に入ってからでも既に2件の見合いをしたが、結果はごらん
の通り。

・・・別にフラれたわけではない。1件は気乗りしなかったため、こちらから断
ったのだ。もう1件に関してはノーコメントとさせていただく。

現在の所、4戦して2件断った。2勝2敗のイーブンというわけだ。

・・・まあ、世間様から見たら4戦全敗という見方も出来なくはないが、結婚は
人生の墓場。しない方が幸せというものだ。

・・・・・・。

ハァ・・・嫁さん、欲しいなぁ。

そして、そんな私のストレスに拍車をかけているのが、冒頭で怒鳴った彼だ。

遠野修一。21歳。

さっきも言ったが、薄いグレーの犬人で、明朗快活な好青年だ。

・・・のだが、仕事はお世辞にも出来るとは言えない。今日もとんでもないポカ
をやらかして私の胃に大きなダメージを与えてくれた。・・・もしかしたら私の
健康を心配して肥満を防ごうとしてくれているのかも知れないが、逆効果だ。ス
トレス太りという単語を勉強した方がいい。それともまさか、私の体重を3桁に
押し上げようとする秘密結社からの刺客だろうか。そちらの可能性の方が高そう
である。

とまあ、愚痴はこぼすが、本人はいいやつである。

私のことも慕ってくれているし、人当たりもいい。仕事のミスさえなければ、本
当に好青年なのだ。

真摯に謝罪する彼の態度は先方にも伝わったのか、契約もなんとかまとまった。

被害は私と彼のサービス残業だけにとどまってくれて、私は突き出た胸をなで下
ろしていた。

そして、舞台はオフィスに戻る。

時計の針は8時前。とりあえず今日の仕事はこのくらいでいいだろう。

私は背を反らせて大きく伸びをした。椅子が悲鳴を上げたが、大丈夫。私はそん
なに重くない。軟弱な椅子である。

「あの・・・部長」

「ん?」

私は煙草に火を付けながら声のした方を見る。

そこには、相変わらずションボリとした犬人、遠野君がいた。

「今日は、本当にすみませんでした。・・・どんな処罰も覚悟の上です」

「処罰、ね。とりあえず君を解雇しても会社には一文の得にもならない。そんな
無駄な覚悟を決めるより、失敗を取り返すための努力をしてください」

遠野君は申し訳なさそうに「はい」と答え、キーボードを叩き始めた。

・・・ふむ。ちょっと凹ませ過ぎたかもしれない。

「罰を与えてもらった方が気が楽かね?」

「えっ、いえ、そんなことは・・・」

「いいだろう。ではその書類をまとめたら私に付き合ってもらおう」

「え?」

「今夜は付き合いたまえ。これは罰である」

私は猪口をくいっ、と傾けるようにジェスチャーする。

「あ・・・はいっ」

遠野君は元気を取り戻し、弾む指でキーを叩く。

彼が呑兵衛だということは当然知っている。

先日、会社の近所のビル、その屋上にビアガーデンが開店したばかりだ。

ちょうどいい機会だから、そこへ行くことにしよう。

部下のメンタルケアも上司の仕事の内だ。まったく、私ほど優秀な中間管理職も
そうそうはいないだろうに。

私は紫煙を燻らせながら、自画自賛した。

そして件のビアガーデン。

席はほぼ満席だったが、私たちは運良く空席にありつけた。

なんでも開店記念とかで1杯目が半額だとか。

とりあえず生中二つとつまみを頼み、運ばれてきたジョッキを煽る。

「・・・ぷはーっ!」

「やっぱ美味いっすね! 生は!」

同感だ。

この味には缶や瓶、ましてや発泡酒などではとても太刀打ちできない。

私は上機嫌でネクタイとズボンのベルトを緩めた。

「生中、もう一本!」

早くも一本空けた遠野君が追加注文をする。

うーむ。こりゃ確実に割り勘負けするな。

つまみのじゃがバターをつつきながら、私は唸った。まあ、別に構わないのだが
、やはり面白くはない。

私は年甲斐もなく負けん気を起こし、ジョッキに残ったビールを飲み干した。

「私も一本!」

「部長、大丈夫ですか?」

「なんのこれしき! まだまだ若いモンには負けんぞ」

「いや、若いも何も、部長まだ37歳じゃないですか」

「うむ。だから大丈夫だ」

「・・・まあ、いいですけど・・・潰れないでくださいよ。部長、重いんだから
・・・」

失敬な。私はまだ3桁行ってない。

バターをたっぷり乗せたジャガイモを口に放り込み、新しく手羽先とコーンバタ
ーを注文する。

「・・・部長、また太りますよ?」

・・・またとは失敬な。

「私はデブではない。ぽっちゃりしているだけだ」

「・・・・・・」

遠野君はなぜか微妙な表情を浮かべた。・・・いかんな、話題を変えよう。

「・・・そういえば遠野君、君は先月のアレには来なかったな」

「ちょ、部長。こんなところで何言い出すんですか」

「こんな所だから言えるんじゃないか」

アレというのは、ホラ、アレだ。

「先月は金無かったんすよ」

「そうか。いい娘いたぞ、もったいない」

「また今度ご一緒しますよ」

うむ。若いんだから、もっと積極的にならんといかん。

私は先輩風を吹かし、横柄な物言いで言った。

「君、付き合っている娘はいるのかね?」

いないはずである。

それを知りつつ聞くとは、私も意地が悪い。

「恋人っすか・・・今はいないですねー」

帰ってきた返事は予想通り。・・・だが、予想外の単語も混じっていた。

・・・今は? ということは、昔はいたのだろうか。

私でさえ彼女いない歴37年だというのに、生意気な。

・・・おっと!

勘違いしてもらっては困る。

私は決して童貞ではない。

たしかに彼女としたことはないが、今のご時世、金さえあれば大抵のことはでき
てしまうのだ。

一瞬、「素人童貞」という単語が頭をよぎったが、私は慌ててうち消す。そりゃ
本番はさせてもらえないが、非童貞であることに変わりはないのだ。何も卑下す
ることなど無い。

「そうか。若い内に相手を捕まえておかないと、私みたいに婚期を逃してしまう
ぞ」

若干自嘲めいて言う。

「いやいや、部長だってまだまだ若いっすよ」

「うむ。それはそうだが、この年になると嫁探しも楽じゃないからな」

「この間の見合いはどうしてダメだったんですか?」

・・・痛いところを突かれた。

藪をつついて蛇が出てしまったか。

「まあ、悪くはなかったんだがね。ちょっと趣味が合わなかったようなので、丁
重にお断りしたよ」

「そっすか。・・・その前は?」

「・・・同じだ」

まあ、どちらにしろ断るつもりだったから、嘘は吐いていない・・・な。うん。

「なかなか趣味の合う相手って見つかりませんよねー。無理に付き合っても疲れ
るだけで、結局ダメになっちゃうんですよねえ」

「・・・まあな」

そうなのか。

不意に含蓄のある言葉を聞かされ、私は面食らった。

「遠野君は、その、今までにどれくらいの子と付き合ったのかね?」

「えー? 嫌だなあ、そんなの普通数えてませんよー」

・・・そうなのか。

なんだか、「お前は今までに食べたパンの耳の枚数を覚えているのか?」と言わ
れたようで、私は少なからぬショックを受けた。

・・・パンの耳・・・?

まあいい。

私だってお店に行けば毎回違う娘を選ぶ。相手の数で言えば、きっと私の方が上
に違いない。

「そういう部長は、どうなんですか?」

「・・・む。な、何がかね?」

「いやー、彼女とか。・・・いないんですよね、見合いするくらいだから」

「そ、そうだな、『今は』いないな」

見栄を張ったわけではない。

近い将来、私にもステキな彼女ができる予定なのだから、間違ったことは言って
いない。

「お互い寂しいっすねえ。・・・今度の合コン、上手くいくといいけど」

合コン!?

「合コンがあるのかね?」

「え? ええ、まあ。・・・よかったら部長も来ますか?」

「是非!」胸元まで出かかった言葉を断腸の思いで飲み下す。

「・・・い、いや、私みたいなオジサンが行ってしまったら盛り上がらないだろ
う。若い者同士で行くがいい」

涙を飲んで私は言った。

そしてジョッキを煽る。

「ぷはあ!」

「・・・大丈夫っすか? 部長」

「かまわん! 今夜は飲むぞ!」

私は自棄になってガンガン注文を重ねた。


・・・気が付くと、私は見知らぬ部屋にいた。

「・・・あー・・・あ?」

ベッドの上に体を起こし、朦朧とする意識を手繰る。

・・・たしか・・・ビアガーデンで酔い潰れて・・・

時計を見ると12時を回っていた。こりゃ、終電は無理だな。

部屋を見渡す。

ごく普通のマンションだ。壁には私の上着とネクタイが掛けられている。

私はいつの間にかワイシャツのボタンを三つほど外し、ベルトもほどいてズボン
のボタンまで外していた。降りたチャックから、ヘソに繋がる毛とブリーフの裾
が覗いていた。

「あ、起きましたか? 部長」

「ん? ・・・遠野君か」

そういえば、遠野君に肩を借りて歩いた気がする。

・・・どうやら私は、ずいぶん情けない姿を晒してしまったようだ。

「すまなかったね。ちょっとメートルを上げすぎてしまったな・・・」

「?」

なぜか不思議そうな顔をして、彼は私に何かを差し出した。

それは灰皿だった。

私は気付かない内に煙草を探して胸ポケットを探っていたようだ。

「ありがとう」

壁に掛けられた上着のポケットから煙草を取り出し、くわえる。火を付ける直前
になって私は気付いた。遠野君は煙草を吸わない人だ。犬人には嫌煙家が多い。

「・・・いいのかね?」

「はい。俺は吸いませんけど、友人が来た時とかはみんなパカパカ吸いますから
ね」

「そうか」

私は安心して火を付ける。

あー、美味い。

私が至高の一服を味わっていると、どこからか電子音が聞こえてきた。

「あ、風呂沸きました。入っていってください」

「いや、結構。すぐ帰るから」

「でも、もう電車ないっすよ?」

「かまわんよ。タクシー呼ぶから。遠野君、私に構わず入ってきなさい」

「そうっすか? じゃあお言葉に甘えて。・・・部長重いから、すげえ汗かいち
ゃいましたよ」

・・・失敬な。私はそんなに重くない。だがまあ、ここは素直に謝っておこう。

「・・・すまなかったね」

「いえいえ。あ、電話はそこに」

「ありがとう。携帯あるからいいよ」

「それもそっすね」

そう言い残し、遠野君はバスルームに消えた。

私は携帯を開き、馴染みのタクシー会社の番号を呼び出したところで気が付いた
。・・・ここの住所がわからなければ、呼びつけられないではないか。

「・・・仕方ない。遠野君が出てくるまで待つか」

二本目の煙草に火を付け、もう一度部屋を見渡す。

やはりごく普通の若者の部屋だ。

AVラックにミニコンポ。テレビにパソコン。テレビの横に大きな空気清浄機が
あって不思議だったが、よく見たらテレビゲームのようだ。ピコピコ動かすヤツ
が繋がっていないところを見ると、遠野君はそれほど頻繁にゲームで遊ぶ人では
ないようだ。

机の上には雑誌が何冊か置かれていて、床にも数冊散乱している。

「・・・まったく・・・だらしのない・・・」

私は机に戻そうと、そのうちの一冊を拾い上げて、違和感を覚えた。

小さいくせに妙に分厚いそれには、やけに露出度の高い男性が描かれている。

何とは無しに開いてみて、私は目を疑った。

巻頭のグラビアに、男性が二人写っている。一人は良く肥えた虎人。もう一人も
良く肥えた猪人だ。そして二人とも、褌姿だった。

いや、それだけならまだいいが、その二人は明らかに抱き合って、そして、なん
とキスをしているではないか。男同士であるにも関わらず、だ。それに、よく見
ると褌も膨らんでいる。

「これは・・・ま、まさか・・・」

信じられない気持ちでページをめくる。

私は再び目を疑った。

二人は最後の良心であった褌を早くも脱ぎ去り、生まれたままの姿で組み合って
いた。寝ころんだ虎人の上に猪人が跨り、チン・・・いや、男性器をくわえさせ
ている。黒く塗りつぶされているが、間違いない。そして、恍惚の表情で男性器
に舌を這わせているその虎人の性器もまた、大きく天を突いていた。

私はクラクラした。手が震え、ページをめくる指がおぼつかない。

ゴクリと唾を飲み込み、なんとか次のページへ。

そして私は、信じられない光景を目撃する。あまりの光景に、一瞬理解が追いつ
かないほどだった。

雑誌の中では、うつ伏せになった虎人に猪人がのしかかっているではないか。背
後からの撮影な上、二人とも大きく股を広げているので、猪人の肛門が丸見えに
なってしまっている。が、一方の虎人の肛門は猪人の金玉に隠されて見えない。
・・・いや! 違う!

虎人は、猪人に犯されているのだ! つ、つまり、虎人の肛門を・・・し、猪人
の男性器が、貫いている・・・!

生々しい程よく撮れている写真から、二人の荒い息づかいまで聞こえてくる。汗
を飛び散らせながら、何度も腰を打ち付ける猪人。嬌声を上げる虎人に気をよく
し、猪人はさらに激しく腰を振る・・・。垂れ下がる四つの金玉が、ブラブラと
揺れる様子まで鮮明に目に浮かんでしまう。

自分の妄想に吐き気すら覚えつつ、私はよせばいいのに懲りずにページをめくっ
てしまった。

そのページは、もう大概のことでは驚かないと決めていた私の心に、さらに大き
な衝撃を与えてくれた。

目尻に涙さえ浮かべて、恍惚の表情の虎。その顔面には、白い液体が飛び散って
いる。牛乳とか、もしかしたら生クリーム・・・いや、駄目だ。そんなごまかし
が効かないほど、それは紛れもなく・・・精液だ。

私と同じ虎人は、猪人に犯された上に、顔射までされたのだ。

その証拠に、舌を伸ばす虎人の視線の先には、怒張した猪人の男性器が。そして
それには、虎人の顔面にまぶせられたのと同じ体液が伝っている。

ハァ、ハァと荒い息づかいが聞こえ、私はハッとして雑誌を閉じた。

愕然とする。それは私の吐息だった。

息苦しくなり、ネクタイを緩めるが、ネクタイなどしていない。それどころかシ
ャツのボタンも外しているというのに。

「・・・っ!?」

私は今になって自分の置かれた状況を理解する。

この雑誌の持ち主は、間違いなく遠野君だ。彼は・・・ホモだったのだ! 

そして、私は今、その遠野君のベッドの上で、無防備この上なく、だらしない格
好を晒している。

このボタンを外したのも遠野君だ。ベルトを解いたのも、ズボンのボタンを外し
たのも!

恐ろしくなり、私は大慌てでズボンのチャックを上げた。いつもより穴一つきつ
めにベルトを締め、シャツのボタンも全て留める。指が震えて上手くいかない。
まるでパンチドランカーになってしまったかのように。

彼が戻ってくる前にここから逃げ出さなければ!

さもなければ、私は・・・私は、グラビアの虎人と同じ運命を辿ってしまう!

冗談ではない。初めての相手が男だなんて・・・いや、初めてだろうが二度目だ
ろうが、男に操を奪われるなんてのは絶対に御免だ。

雑誌に目を落とす。嬉しそうにしていた虎人の顔が浮かび、私はもう一度だけ、
と心に決めてページを開いた。

体型といい、年齢といい、どことなく私に似ている。違うのは毛皮の色と虎縞模
様くらいか。そして、相手の猪人はよくよく見れば社長にそっくりだ。

ガチャッ、と扉の開く音がして、私は悲鳴を上げた。

遠野君が、風呂から出てきてしまった。

私は神速の域で雑誌を閉じ、机の上に置く。

「ふー・・・」

遠野君が頭を拭きながらやってきた。

・・・裸だった。腰に一枚タオルを巻いただけの、裸だ。

「なっ、な、なんて格好を・・・!」

「え? 部長?」

私は立ち上がって後ずさり、上着を取った。

「部長?」

「あ、う、アレだ。その、帰る!」

「・・・え? タクシー呼んだんすか?」

「ああ、うん。も、もう来てるだろう」

「ここの住所、わかったんすか?」

な、なんでそんなに食い下がるんだよ・・・

私は恐怖で泣きそうになりながら、何度も頷いた。

「と、というわけだから、スマンね、じゃ!」

私はなんとか彼の横をすり抜け、玄関へ。

慌てて靴を履き、玄関の扉を開ける。逃げるように外へ飛び出て、扉を・・・閉
められなかった。

遠野君が、内側からドアを支えている。

ドアの隙間から、私を見上げる遠野君の目は、底冷えするほど恐ろしかった。

「部長・・・もしかして、何か見ましたか?」

「!!」

身体が凍りつき、歯の根が合わない。ガチガチと鳴ってしまいそうで、歯を食い
しばる。

だ、誰にも言わない! だから、許してくれ!

そう叫びそうになるのを必死に堪え、私は極めて冷静を装って答えた。

「い、いや・・・私は、何も・・・な、何も読んでいない!」

「・・・へぇ。そうですか」

遠野君は信じてくれたようだった。

なぜ、私がこんな目に・・・

あまりといえばあまりに理不尽な仕打ちだ。悔しさで目が滲む。

「じゃ、じゃあ、私はこ、これで」

「はい。・・・あ、部長」

「!?」

「おやすみなさい。また明日」

「!!」

答えられず、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせている私をよそに、バタン、
と扉が閉じられる。

同時に私は走り出していた。

ドタドタと腹を揺らしながら、なんとかエレベーターホールにたどり着き、ボタ
ンを連打する。早く、早く来てくれ・・・!

気が付くと涙が流れていた。

やっと来たエレベーターに飛び乗り、閉まるのボタンを連打する。

エレベーターの扉が閉まると同時に、私は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

一階に着いてドアが開いても、私はしばらく立ち上がることが出来なかった。


翌日から、私の態度は一変してしまった。

遠野君に声を掛けられるたびに身がすくむ。

それに気付いているのか、いないのか、彼の態度もどこかよそよそしい。

・・・彼は、本当にホモなのだろうか。

あの雑誌が本物ならば、まず間違いなくそうだろう。そして、あのグラビアから
察するに、やはり私を性欲の対象として捉えている・・・。

自分の考えに嫌気が差す。遠野君は相変わらず好青年だ。あの日だって、よくよ
く考えれば私に対して何もしなかったというのに。

もしかしたら、あの雑誌は友人が悪戯で置いていったもので、私が卑猥な誤解を
してしまっただけではなかろうか。

なんとか確認したいところだが、その手段は既に失われてしまっている。こんな
事なら、あの時素直に雑誌を見たと言えば良かった。後の祭りであるが。

「弓塚部長?」

「んっ、な、何かね?」

部下の乾君に声を掛けられ、私は我に返る。

「えと・・・言いにくいですが、ここの数字、一桁違ってますよ」

「・・・あ!」

危ない危ない。

余所事にうつつを抜かしてポカをやらかすなんて、遠野君みたいじゃないか。

「すまん! すぐ訂正する! 教えてくれてありがとう」

・・・遠野君みたい、か・・・

チラリと遠野君のデスクを窺う。

彼は今、外に出ている。

「・・・・・・」

私はくしゃくしゃと頭を掻いて立ち上がった。

「ちょっと出てくる」

「はい。いってらっしゃい」

特に当てがあったわけではない。

私はビルを出て、街を歩いた。

ふと書店の看板が目にとまり、私は吸い寄せられるようにそこへ足を運んだ。

「・・・・・・」

ザッと本棚を見渡す。

別に欲しい本があったわけではないのだが・・・

・・・いや、正直に言おう。

私は、遠野君の部屋で見た、あの雑誌を探していた。

別に欲しかったわけではないが、いや、むしろ全然欲しくはないのだが、なんと
なくだ。

「・・・・・・」

・・・見あたらない。

そりゃそうか。あんな本、一般の書店に置いてあるわけがないのだ。仮に置いて
あったとしても、私は雑誌のタイトルすら覚えていない。見つけられるわけが・
・・

ない、ハズだったのだが。

なんというご都合主義か、私の目には、小さいくせに妙に分厚い雑誌が映ってい
た。

「・・・これ、だったような・・・」

震える手で、雑誌を取ってみる。

ページを開いてみようとしたが、しっかりビニールで閉じられていて立ち読みで
きない。しかし、雑誌の表紙には良く肥えた男、ちなみに熊人だった、が描かれ
ているし、雑誌の醸し出す雰囲気があの時ととてもよく似ていた。うん、間違い
ない。コレだ。

私は意を決して、その本を小脇に抱えた。

が、そこで気付く。

・・・これをレジに持っていくと言うことは、レジの人間に「私はホモです」と
大声で告げると同義だ。

そんなことはとても出来ない。かといって、いまさら本棚に返すのもなぜかため
らわれる。

私は雑誌を手にしたまま、書店をうろついた。

後々考えたら恥ずかしくて顔から火の出る行為だが、このときの私にはそこまで
思考を巡らす余裕がなかったのだ。

・・・どうしよう。

なんとか、この雑誌を人に見られずに購入する方法はないだろうか。

通販・・・いやダメだ。宅配業者に知られてしまう。万が一郵便受けに入ってい
るところを他の住人に見られぬとも限らない。

「・・・うぅ」

なんだろう、この微妙に懐かしい気持ちは。

ああ、そうだ。

まだ私が若かった頃、はじめてエッチな本を買った時の心境、まさにそれだ。

私は何度も手の中の雑誌とレジを見比べる。

手にじっとりと汗が滲み、雑誌がふやけてしまいそうだ。

一度外に出て、サングラスとマスクでもしてもう一度来ようか。

・・・それも怪しいな・・・

「!」

その時、私の脳裏に素晴らしいアイデアが飛来した。

そうだ、この手がある。

大人になった今だからこそ使える、とっておきの方法が。

私はいくつかの雑誌をダミーとして手に取り、人がいなくなるのを見計らって堂
々とレジに着いた。

全ての雑誌を裏向きにレジに置き、

「あー、領収書を頼む。株式会社ボヤージ、資料室で!」

胸を張って告げた。

そう、これは会社の資料なのだ。

これなら、誰も私がホモだなんて思わない。完璧な作戦である。

「わかりました」

レジのお姉さんは私の言動に一欠片の疑いも抱かず、テキパキと自分の仕事をこ
なした。

うむ。好感の持てる女性である。

そう、私はこういう女性が好きなのだ。そんな私が、ホモであるわけがないでは
ないか。

「・・・部長?」

不意に声を掛けられ、私は心臓が口から飛び出るのでは、というほど驚愕した。

振り向くと、そこにはなんと、遠野君がいるではないか!

「あっ! と、と、遠野君・・・!? なんで・・・ど、どうしてこんな所に・
・・!?」

「いや、本を買いに」

まさか、私と同じ本を!?

そう思って彼の手を見る。違った。どうも、テレビゲームか何かの雑誌のようだ
った。

「あの、株式会社ボヤージ、資料室でよろしかったですか?」

レジのお姉さんが聞いてくる。

なんてタイミングで聞いてくるんだ、この人は!

私はこの女性に対する評価を一気に押し下げ、うんうんと頷いた。

大量にかいた冷や汗で、脇が滲むのを感じる。

「・・・資料室?」

不審そうに呟く遠野君。

私はできるだけレジの上が彼の視線に入らないように立ち位置を調整し、言い訳
した。

「そ、そうそう! 資料室の友人にお使いを頼まれてね! ま、まあいいかと引
き受けたんだ。決して私の私用の買い物ではないよ!」

「ふぅーん・・・そっすか。へぇー」

遠野君は素直に信じて、引き下がった。

「お待たせしました」

そう言うレジのお姉さんから本を受け取り、私は駆け足で書店を出る。

「あ、部長、待ってくださいよ。一緒に帰りましょう」

「う、うむ。そうだな」

せっかく上手く誤魔化したのに、下手に急いで怪しまれたら元も子もない。私は
遠野君の買い物を待って、一緒に帰社した。


時計の針が、8時を回る。チクタクという秒針の音だけが、オフィスに響いてい
た。

オフィスには、既に誰もいない。

この時間に警備員の巡回が来て、それから2時間は誰も来ない。

「おや、残業お疲れさまです」

「そちらこそ、お疲れさまです」

いつも通りの挨拶を交わし、警備員は去っていった。

足音が遠ざかり、たっぷり5分は待ってから、私はデスクの引き出しを引いた。

そこにはもちろん、先ほど入手した雑誌が入っている。

逸る気持ちを押さえ、ビニールを剥がす。

いや、違う。別に早く読みたい訳じゃない。コレを読むことで、遠野君の誤解が
解けるかも知れない。だから私は仕方なく・・・。

ゴクリと喉が鳴った。

おかしい。あの時は気持ち悪くて仕方なかった。それは間違いない。

だというのに、私は今、あろうことか、ほんの少しだけ興奮している。

私は、一度深呼吸をしてからページを開いた。

「・・・!」

今度のグラビアは熊人だ。

熊人らしく、がっちりした身体に程良く脂肪が乗っている。・・・いや、程良く
というには乗りすぎている。もうちょっとダイエットした方がいいな。

そこで私は思いだした。そういえば、遠野君の家で見た雑誌でも、グラビアモデ
ルはよく太っていた。

私は雑誌を閉じ、表紙を見渡してみる。

そこには、「デブ専」の文字が。

つまり、この雑誌はゲイで、その上デブが好きな人が買う雑誌、というわけだ。

・・・って誰が買うんだ! こんな本!

思わず突っ込んでしまいそうになるが、まあ、本意ではないとはいえ買ってしま
った手前それもできない。そもそも、遠野君という生きた見本がいるではないか


まあいい。気を取り直して私はページを開いた。

太った熊人が出迎える。今回は褌ではなく、トランクスだ。

次のページではそのトランクスの前から大きなチ・・・性器を覗かせ、照れくさ
そうに歯を見せている。

そして、相方の登場。相手は犬人、だろうか。なにせメインが熊人なので見切れ
てしまっている。それもそのハズだ。この犬人はたいして太っていない。この本
のターゲットからは外れるのだろう。しかし、私としてはこの犬人の方が・・・
はっ。いや違う違う! 別に私はホモではない!

ページをめくる。

ドキリとした。

股を広げ、自分の足を抱えた熊人が、肛門にバイブを挿入されて顔を歪めている
。そのバイブを持つ手は犬人のものだ。男であるにも関わらず、男にこんなもの
を挿入されて呻いているのだ。

苦痛によるものか、快楽によるものか、はたまた屈辱によるものかはわからない
が、正直に言ってちょっとだけそそる。

遠野君も、やはりこういうシチュエーションが好きなんだろうか。

格好が格好なので、性器がモロに見える。かなり大きいな、羨ましい。・・・こ
んな立派なモノを持っていながら男色に堕ちるとは、文字通り宝の持ち腐れだ。

そして次のシーンでは、バイブをくわえ込んだまま自らの手で射精していた。ち
ょうど射精の瞬間を捉えた写真で、太いチンポの先から胸元まで一直線に精液が
飛んでいた。

とても恥ずかしい写真だ。こんな恥ずかしい写真を撮られてしまったら、私なら
生きていけない。

見ると、写真の下にプロフィールが。浩太(さすがに偽名だろう)、178cm
、102kg、37歳。・・・37歳! 私と同じ歳だ。

次のモデルはまたしても熊人。それも今度は二人組だ。・・・ふむ、今回は熊人
特集なのかも知れない。

冒頭から全裸で、抱き合ってキス。

二人とも大きく膨らんだ腹の下でチンポを勃起させ、先端を擦り合わせるように
重ねている。先ほどの浩太ほどではないが、まずまずの持ち物だ。・・・羨まし
い。

片方が片方にのしかかり、おそらく挿入しているのだろう。正常位でのセックス


次のページでは立場が入れ替わり、先ほど犯していた熊人が逆に犯されている。
・・・男同士だから、こんなありえないシチュエーションも可能なのか。

そして最後は、互いの大きな腹に精液をかけ合っている。

私はクラクラする頭を押さえて、もう一度最初から読み直した。

・・・遠野君も、今頃この雑誌を見て自慰にふけっているのだろうか。それとも
もしかしたら、私を、その・・・オカズにして。

想像する。

あの部屋で、私を思い、一心不乱にチンポをしごく遠野君。

「・・・・・・」

気が付くと、私は勃起していた。

そっと席を立ち、遠野君のデスクに座る。

雑誌をめくり、何枚かある写真の中に虎人を見つける。相変わらず太っていて、
少し私に似ていた。

きっと遠野君は、この虎人に私を重ねるだろう。

私は我慢できなくなり、スラックスの上からそっと股間を撫でる。シチュエーシ
ョンのせいか、いつもにも増して強い快感が襲う。私は意を決してベルトを解い
た。

ボタンを外し、チャックを降ろし、そっとスラックスを脱ぐ。

ブリーフは盛り上がり、既に先端にシミが浮いていた。

私は腰を浮かせてブリーフまでも脱ぎ去り、愚息を取り出した。

勃起しているにも関わらず、亀頭の先端しか覗かせていない包茎チンポ。長さも
、太さも人並み以下。私の中指とほぼ同じサイズだ。

私は親指と人差し指でその包茎チンポをつまんで、ゆっくり皮を剥く。剥けきっ
たところで、皮を戻し、先端に余った皮をつまんで捏ね、亀頭に刺激を与えてや
る。

「ぁ・・・ぅう・・・」

声が漏れ、私はますます興奮した。

机の上に雑誌を置き、最初の方のページを開く。

そこでは、相変わらず熊人が犬人に苛められていた。この犬人、ちょっと遠野君
に似ている・・・

「は・・・っ・・・と・・・の君・・・」

左手の指をなめ、唾液で湿らせてからシャツの下に忍ばせる。

自分の乳首を擦り、勃起したところでこりこりとつまんで、私は上り詰めた。

「と・・・君・・・!」

もう我慢できない。

チンポをつまんでいた指を輪っかにして、私は包皮をしごいた。

チラリと雑誌を見る。

そこには遠野君にバイブを挿入され、自ら射精する私がいた。

「・・・あっ! ああっ! と、遠野君ッ!」

彼の名を呼び、私はついに果てた。

ビュッ、と放物線を描いて精液が飛ぶ。

それは遠野君のデスクにかかり、引き出しをドロリと伝う。

私はそのままチンポをしごき、射精を続ける。包皮口からドクドクと溢れた精液
が、縮み上がった玉袋を伝い、遠野君の椅子に垂れた。

「うぅっ、と、遠野君・・・! ・・・うッ!」

最後にぶるん、と腹を震わせて、私のオナニーは終わった。

「ハァ・・・ハァ・・・ああ・・・」

荒い息で、私は放心する。

・・・やってしまった。

私は、よりにもよってこんな雑誌で射精してしまったのだ。

雑誌を見る。

熊人の写真は、驚くほど私を興奮させなかった。

射精の直後だからか・・・? いや、違う。

私はこの写真に興奮したのではない。この雑誌を見て、いや、私を想像してオナ
ニーする遠野君を想像して興奮したのだ。

・・・何とも回りくどいオカズである。

自嘲めいて口の端を持ち上げると、私は自らの精液を始末するため、席を立った


萎えて縮こまった包茎チンポの先端から精液が垂れ、ポタリと床に落ちた。

中間管理職の溜息

私の名前は弓塚孝太郎。

当年取って37歳。働き盛りのサラリーマンだ。

株式会社ボヤージで営業販売部長を務めている。肩書きだけ聞けばご立派だが、
その実体は中小企業のしがない中間管理職。上からは押さえつけられ、下からは
突き上げられる、ストレスと戦う悲しい企業戦士である。

そんな私は今、人に言えない悩みを抱えていた。

この歳になっても結婚できないとか、それ以前に彼女が出来ないとか、そんな些
末な悩みではない。

私は、とある事件をきっかけに、自らに隠された性癖があることを知ってしまっ
た。

どうやら私は、女性だけでなく男性にもわずかながら性的興奮を感じるようなの
だ。今まで必死に否定してきたが、どうやらこれは認めねばならない事実のよう
だ。

そして私は、毎夜のように、部下の席で彼を思いながら自慰にふけっている。

「ああっ・・・! 遠野君、イクっ!」

精液が彼のデスクに飛ぶ。

私は大きな腹を上下させながら、深い溜息をついた。

・・・これでは、一歩間違えばホモではないか。


月末。

私は資料室名義で某雑誌を再び購入した。

ゲイ雑誌、それも、デブ専と呼ばれるマイノリティの中のマイノリティが好む雑
誌だ。まさか自分がこんな変態雑誌を購入するような人間になるとは、夢にも思
っていなかった。

残業後、私はいつものようにオフィスに残り、皆が帰宅するのを待つ。

「部長、まだ帰らないんですか?」

部下の乾君(ちなみに獅子人)が声を掛けてくるが、私はパソコンのモニターか
ら目を離さずに答える。

「うむ。この書類をまとめたら帰るよ。気にせず帰りたまえ」

「そうですか。じゃあ先に失礼しますね」

「ああ、お疲れさま」

「お疲れさまです」

乾君は早々に帰っていった。

・・・これで、私一人だ。

私はいつものように遠野君のデスクに座ると、購入したゲイ雑誌を開き、見る。

きっと今頃、遠野君もこの雑誌でオナニーしているに違いない。・・・私を想像
して。

今回のグラビアは猪人だった。雑誌のジャンルがジャンルなだけに、猪人や豚人
、熊人などがグラビアを飾ることが多い。

そして、今回はなんと猪人と虎人のカラミだった。いつか遠野君の家で見た時と
同じ組み合わせだ。

遠野君ではないが、太った虎人に、どうしても自分の影を重ねてしまう。そして
、猪人には社長の影を。

「・・・社長・・・」

社長。株式会社ボヤージ代表取締役、蒼崎平太。

猪人らしく、よく太った男だ。年齢はたしか40後半。綺麗な奥さんと可愛い娘
さんを持ち、職、家庭共に充実した生活を送っている。・・・羨ましい。

そんな社長はイベント好きで、1月には羽根突き大会や餅つき大会、3月には花
見と、ことある事にイベントを企画する。

そういえば、来月には社員旅行があったな。

行き先は毎年恒例で温泉。きっとまた卓球大会が開催されることだろう。豪快な
性格の割に案外マメである。

そんな社長は今、ゲイ雑誌の中で虎人、私のチンポをしゃぶっている。

「あっ・・・社長・・・! い、いけません・・・」

社長にしゃぶられ、私は早くも発射態勢に入った。

まあ、決して早漏ではないと思うが、一般人よりは少し早いかも知れない。以前
風俗のお姉さんに「えっ、もう?」と言われたこともあるくらいだし。

「・・・社長! 駄目・・・! イ、イキますッ!」

宣言し、私は射精した。

「んっ・・・ハァ・・・ぁ・・・社長・・・っ!」

くたりと、遠野君の机に突っ伏して、私は何度も社長の名を呼ぶ。

デスクの下では、射精を終えた包茎チンポがビクビクと痙攣を続けていた。

「・・・弓塚くんか?」

「っ!?」

声のした方に顔を向けると、そこにはなんと蒼崎社長の姿があった!

「えっ! あ、あのっ! 社長!?」

「・・・ん? いや、今呼んだのは君じゃないのかね?」

「いえっ! ち、ちがいます!」

「・・・そうか? 気のせいか・・・?」

ヤバイ!

もしかして、見られた・・・!

私は起きあがりながら腕をずらし、机の上のゲイ雑誌を膝の上に落とす。

「・・・ところで、なぜ君はそんな席にいるのかね?」

社長が一歩踏み出す。

私は恐怖で総毛立った。

これ以上近付かれたら、私が下半身裸なのに気付かれてしまう!

「いえ! その! た、たまには新鮮な気持ちで仕事しようと! あの! べ、
別に深い意味は!」

だからそれ以上近付かないでください!

心の中でそう叫びつつ、私は必死で弁解した。

嫌な汗が溢れて、シャツがべっとりと肌に張り付く。腋が湿って、社長にまで匂
いが届いてしまいそうだった。

「そうか、ふむ」

社長はオフィスを見渡し、

「それも良いアイデアかもしれんな」

そういって背中を向けたので、私は安堵した。

「ではワシは先に帰宅させてもらうよ」

「あ、はい!」

社長は去り際にニヤリと歯を覗かせ、

「・・・お疲れさん」

と言い残して去っていった。

「は、はい! お疲れさまです!」

・・・よかった・・・! 気付かれなかった・・・! た、助かった・・・!

私は脱力した。

どっと汗が噴き出し、腋の匂いが鼻を突いた。

ふと思い出して膝の上のゲイ雑誌を持ち上げると、私の包茎チンポから精液の糸
がのびる。

「・・・あ」

グラビアの社長の顔面に、私の精液がべったりと付いていた。


そして翌日。

私はいつものように部下に指示を飛ばし、バリバリと働いていた。

相変わらずポカをやらかす遠野君を叱り付け、席に戻す。

彼はションボリと尻尾を垂らして椅子に座る。

「・・・ん、なんだこれ」

椅子を引いた遠野君が漏らす。

見ると、何かが手に付いたようで、ハンカチで拭いているではないか。

「どうした?」

「・・・あー、いや、なんか椅子に修正液が・・・」

遠野君は乾君とそんなような会話を交わす。

私は内心ゾッとした。

もしかしてアレは、私の精液ではなかろうか。

昨夜あんな事があって動揺していたため、精液の始末が不十分だったのかも・・
・!

「と、遠野君!」

「はい?」

「あー、アレだ、ホラ。その・・・そう昼食! 昼食付き合いたまえ」

「? はい、わかりました」

なんとか話題を逸らすことに成功し、私は突き出た胸をなで下ろした。

社員食堂。

私は遠野君と盛りそばランチをすすっていた。

「・・・でも、なんで突然ランチ誘ってくれたんですか?」

「そ、それはアレだ、ほら、この間は世話になってしまったからな」

本当は毎晩世話になっているのだが、それはお互い様か。

「・・・?」

遠野君は未だに腑に落ちない様子だったが、とりあえず追求はしてこなかった。

「そういえば、その・・・合コンは、どうだったのかね?」

「ああ、そのことですか」

遠野君はようやく笑った。

きっと、私がそのことを聞きたくて昼食に誘ったとでも勘違いしたのだろう。

「ええ、うまく行きましたよ」

「・・・え?」

私は耳を疑った。

うまく行った・・・?

「なんすか、その不思議そうな顔はー」

「あー、いや・・・」

あれ? だって、遠野君はホモで・・・それで、私のことが・・・

どういうことだ? 見栄を張っているのか?

「じ、じゃあ、その・・・付き合うのかね? その、じょ、女性と?」

もしかしたら男同士の合コンなのかも知れない。

私はちょっとカマを掛けるためにあえて女性という単語を使った。

が、彼はさらりと言ってのけた。

「んー、どうでしょうねー。アドレスはもらったけど・・・たぶん付き合いはし
ませんねー」

「そ、そうなのか・・・」

あれ? おかしいな、どういうことだ?

もしかして彼は・・・ホモじゃない?

「それで、その・・・」

ヤッたのかね?

そう聞こうとして私は慌てて首を振った。聞けるわけが無いではないか!

「?」

「いや、な、なんでもない・・・」

私は震える手でそばをすすると、動揺を悟られないように手を合わせた。

「・・・ごちそうさま」

・・・どういうことだろうか。

私はボンヤリとデスクに座ったまま、煙草を吹かしていた。

遠野君は、ホモではないのだろうか。

ではあの雑誌は何だったのだ? ゲイの、それもデブ専雑誌なんて、普通の人間
(業界用語ではノンケというらしい)は持っていないハズだ。

デブ専だから、てっきり私に気があるのかと思っていたのだが・・・あ、いや、
私はまだデブではないが。ともかく、これはつまり、私の独り相撲だった、とい
うことか? やはりあの雑誌は、友人の悪戯か何かだったのだろうか・・・

あー、わからん・・・!

私はくしゃくしゃと頭を掻き、溜息をついた。

・・・というか、これではまるで恋する乙女のようではないか。37歳の中年男
が、なんと見苦しい。

「部長?」

「んっ?」

「灰が・・・」

乾君の指摘するとおり、長く伸びた煙草の灰が折れ曲がっている。

私は慌てて煙草を灰皿に押しつけ、照れ笑いを浮かべた。

「やっぱりお疲れなんじゃありませんか? 残業のしすぎですよ」

『残業』のしすぎ、か・・・

「ああ、うむ。・・・その通りかもしれんな」

「今日はもう帰られた方がいいと思いますが」

「・・・そうだな・・・」

私は鞄を手にして席を立った。

「すまない。今日は帰るよ」

「はい。そうしてください」

オフィスを出る前にホワイトボードが目にとまる。

来月は社員旅行だ。

部屋割りは大抵くじ引きで決まる。

もしも、遠野君と同じ部屋になったら・・・それとなく聞いてみようか・・・

まあ、くじ引きなんてそう簡単に当たりはしないのだが。

私は溜息をつく。

「お疲れさまでした」

「・・・お疲れ」


そして、社員旅行の日はやってきた。

私たち一行は、バスに揺られ、カラオケなどで盛り上がりながら山奥の温泉街へ


案の定開催された卓球大会で早々に敗退し、私はホールの隅でビールを飲んでい
た。

「なんだ、弓塚君。もう負けたのか」

そう声を掛けてきたのは蒼崎社長だ。

息が上がっている。猪人の大きな鼻から漏れる息が荒い。

「・・・社長もでしょう」

見ていた。

社長はたった今負けた所だ。

「がははは、お互い歳を取ったなあ! だが、ワシがもう5年若ければ優勝は逃
がさんぞ!」

卓球のラケットを振る社長。

浴衣が乱れて、胸元が大きく開いた。汗をかいた社長は、ちょっとだけセクシー
に見えた。

思わず頬が染まる。・・・いや、これはアルコールのせいだ。私はホモではない


「ふぅ・・・よし、一風呂浴びてくるか!」

「お付き合いします」

「おう!」

大会の進行役は幹事に任せ、私たちはホールから退席した。

私たちが向かったのは、室内大浴場。露天風呂にみんな行っているせいか、ガラ
ガラだ。私はホッとして浴衣を脱いだ。

どうも人前で裸になるのは苦手だ。太っているし、それに、短小包茎にもコンプ
レックスがある。

私は浴衣を脱ぐと、しっかりとタオルで隠してからブリーフを脱いだ。

「やっぱり空いているな!」

「ですね」

社長は股間を隠すことなく、タオルを肩に掛けて歩いてきた。

今までは全く気にならなかった彼の股間に目が行ってしまう。社長は、それほど
大きくはないが、包茎ではなかった。

・・・あれが、社長の、チンポ・・・

慌てて頭を振る。待て待て、これじゃ本当にホモみたいではないか。

「どうした?」

「い、いえっ! なんでもありません!」

「そうか」

社長は湯船につかる。

私もかけ湯をして、隣に座った。

・・・さすがに湯船にタオルをつけるのはマナー違反だ。恥ずかしいが、タオル
は浴槽の縁に畳んで置く。

「しかし弓塚君、きみ太ったなあ!」

「い、いきなりなんですか」

確かに太ってはいるが、体重は3桁手前だ。デブではない。

「そういう社長だって」

「そりゃ、ワシは猪人だからな!」

豪快に笑って大きな腹を揺らす。

・・・まったく。

その後も私たちは他愛のない話をして、身体を洗ってもう一度湯船に。

「ふうー・・・」

やっぱり温泉っていいなあ。

「さて、そろそろ決着も付いた頃だろう」

「そうですね」

「ワシは上がって部屋割りのくじを作るが、弓塚君はのんびりしていたまえ」

「はい、そうさせてもらいます」

・・・あれ、あのくじって社長が作っていたのか。

ボンヤリ考える私をよそに、社長はザバッと水音を立てて立ち上がった。

私の目の前に、社長のチンポが垂れ下がる。

「!」

どきっとして、私は慌てて顔を背けた。

「?」

・・・駄目だ、このままでは、私は本当にホモになってしまう。

社長はそんな私の苦悩も知らず、豪快に股間を揺らしながら去っていった。

「・・・・・・」

顔を赤くして湯船に鼻までつかる。

しばらくして、再び脱衣所の扉が開かれた。

「・・・社長?」

忘れ物だろうか。

だが、湯煙の奥からやってきた人物は、社長ではなかった。

「あ、部長」

遠野君だった。

まったく、どうしてこう、次から次へと・・・

私の視線が彼の股間に突き刺さる。遠野君は、社長と同じく股間を隠さない派の
ようだ。こういう場では隠すのがマナーではなかろうか。それとも、私が女々し
いだけなのだろうか。

遠野君のチンポは、それは立派なモノだった。

しっかり剥けているし、太さも長さも申し分ない。勃起していないにもかかわら
ず、私の勃起時よりも大きい。・・・羨ましい。

しかしまあ、こういう人は勃起してもそれほどサイズが変わらないという。とい
うことは、私よりも少し大きいだけだろうな、うん。

「部長?」

はっ。

私は我に返った。

ついまじまじと彼のチンポを観察してしまった。

冗談ではない。私はホモではない。

これ以上彼の裸を見ないように、私は視線を逸らす。

「・・・なんでもない」

「? 失礼します」

かけ湯をして、私の隣に遠野君が座る。

「結局、優勝は乾でしたよ」

「あー、そうか」

彼は運動神経がいいから、妥当といえば妥当な線だ。

「俺もいい所まで行ったんすけどねー」

「はは、残念だったね」

「いいっすよ、賞品のゲーム機はもう持ってますから」

そういう割には悔しそうだ。

私は少し笑って、浴槽に背中を預ける。

大きな窓の外には満月が見えた。風光明媚。良きかな良きかな。

「ふー」

遠野君はしばらく湯船につかると、上がって身体を洗い始めた。

鼻歌交じりに身体を洗う遠野君を何とはなしに見つめながら、私は口を開く。

「君、ゲームとか得意なのかね」

「えー、いやまあ、それなりにっすかねー。とりあえずハードは全機種もってま
すよー」

全機種というのが何台を差すのか、私にはサッパリわからない。が、それなりで
はないであろう事くらいは、いかな私にもわかる。

「すごいな、それは。君はアレか、ゲーマーという奴か」

「ははは、修二にもよく言われます」

・・・修二? 誰だ?

まさか、恋人か?

「あ、弟ですけどね。俺と違って良くできた奴で。勉強ばっかしてるんです」

「弟か。・・・君も少しは見習いたまえ」

ひどく安心している自分に戸惑いつつ、私は言う。

「ちぇー、部長までそんなこと言うしー」

ざっと水をかぶり、泡を洗い流して彼は再び私の隣に座った。

ドキリとする。

内心の動揺を悟られないよう、私は続けた。

「勤勉な弟か。本当に正反対じゃないか」

「まだ言いますか。・・・まあ、そうっすね、自慢の弟です。しばらく会ってな
いけど」

「仲悪いのか?」

「いえ? いいっすよ。ただまあ、俺一人暮らししてるし、アイツも寮に入って
るし、盆と正月位にしか会いませんね」

「そうか」

やはり遠野君に似ているのだろうか。

・・・ちょっと見てみたい気もするな。

「さて、じゃあそろそろ上がりましょうか」

「もうか? 早すぎだろう」

「だって、早く行かないとくじ引き始まっちまいますよ」

「・・・私はもうしばらく浸かっているよ」

勇気を出して、私は言う。

「そっすか。んじゃ」

だというのに、遠野君は、さっさと上がってしまった。

だが、これでハッキリした。

彼は別に、私のことなど何とも思っていないのだ。

もし気があるのなら、もう少しくらい一緒にいてくれるハズだ。

やはり、彼はホモではなかった。ましてや、私に気があるかもしれないなどと・
・・滑稽な話だ。

「・・・ははは・・・なんだ・・・」

滑稽すぎて、可笑しい。

私は一人笑った。笑いすぎて、涙が滲む。

湯船に映る自分の顔がぐにゃりと歪む前に、私は湯をすくってバシャバシャと顔
を洗った。


「・・・・・・」

のぼせた。

私はフラフラになりながらも何とかホールに戻り、あてがわれた部屋へ上がる。

そこにはすでに布団が3組敷かれていて、私はそこへ倒れ込んだ。

「・・・あー・・・気持ち悪い・・・」

浴衣の胸元を大きく開き、手を団扇代わりにして扇ぐ。

「大丈夫っすか? 部長」

「ああ、うん・・・なんとか」

遠野君が、本物の団扇で扇いでくれた。

風が気持ちいい。

白い毛皮をなびかせて、私は「あー・・・」と声を出す。

「・・・って、遠野君!?」

「うわびっくりした!」

突然跳ね起きる私に驚き、遠野君はのけぞった。

「なんすか、急に」

「あ、いや、君と同室だったのか、と思って・・・」

「えー、俺と同じ部屋なの、そんなにイヤなんすかー?」

不満そうに頬を膨らませる遠野君。

「あ、違う、そんな訳はない。・・・ただ、部屋割よく見てなかったから」

長湯しすぎた私がホールへ戻ると、既にくじ引きは終了していた。

私は自動的に空いた部屋へと放り込まれたのだろう。

見ると、すでに荷物も運び込まれている。

はて、3人部屋らしいが、もう一人は誰だろう?

「社長っすよ」

私の疑問が伝わったのか、聞いてもいないのに遠野君が答えてくれる。

って社長か!

なんでこう、次から次へと・・・

「今はみんなと土産買いに行ってます」

「そ、そうか・・・」

私は布団の上にあぐらをかき、しばし遠野君と向き合っていた。

・・・き、気まずい・・・

テレビを付けてみるも、面白い番組はやっていない。

「・・・なんもやってないっすね」

遠野君はチャンネルを一巡させるとテレビを消して、自分の荷物から本を取りだ
してくる。ゲーム雑誌だった。遠野君らしいな。

私も、こんな時のために持ってきた本でも読むとしよう。

荷物をたぐり寄せ、開く。

「・・・・・・?」

一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

そこにある見慣れたものが、なぜそこにあるのかわからない。いやそもそも、先
ほどまではこんなモノは入っていなかったハズだ。

私のバッグの中から、ゲイ雑誌が顔を覗かせていた。

「・・・しまったっ!」

ようやく事態を理解して、私は思わず大声を出す。

なんということだ! 私は、荷造りの最中、自分でも気付かないうちにこれを紛
れ込ませてしまったのだ! も、もしこんなモノを持ってきていることが遠野君
に、いや、彼に限らずとも誰かに知られたら、私の人生はおしまいだ!

ぶわっ、と汗が噴き出す。

ああもう、風呂に入ったばかりだというのに。いや、そんなことはどうでもいい
! 今は、一刻も早くこれをバッグの底に押し込めて、な、何事もなかったよう
に・・・

「・・・部長、なんすか、それ・・・」

「!!」

驚愕の表情で振り返ると、すぐ後ろに遠野君がいた。

「ち、ちが・・・っ!」

手が震えた。

いや、手だけではない。全身が、痙攣したかのようにガクガクと震えていた。

バッグを隠そうと持ち上げた時、指に力が入らずに取り落としてしまう。

ザッ、と中身がブチ開けられ、そして・・・ああ、なんと言うことだ・・・! 
最悪の事態だ!

よりにもよって、そう、よりにもよって、ゲイ雑誌が一番上に! そのうえ、グ
ラビアページが開いた状態で!

「・・・・・・」

遠野君の目がゲイ雑誌を見つめる。

違う、これは、誤解なんだ・・・! 私はホモじゃない!

最悪の事態に、言葉が出ない。

だが、これはまだ最悪の事態ではなかった。

これ以上の最悪があるのだろうかと思っていた私に、さらなる最悪が襲いかかる


「おう、今帰ったぞー!」

ガラリと襖を開けて、蒼崎社長が帰ってきたのだ・・・!


「・・・・・・」

私は指一本動かすことが出来ず、硬直していた。

いや、正確には硬直でない。全身をブルブル震わせて、脂汗を垂れ流していた。

「・・・ち・・・違・・・う・・・こ、これは・・・違・・・」

「・・・部長、これって・・・」

「弓塚君、きみ・・・」

二人の視線が、ゲイ雑誌から私に移る。・・・軽蔑のまなざしだった。

ゲイ雑誌は、ちょうど虎人が猪人に犯されている写真だ。

私が、社長に。

「ちが・・・わ、私は・・・」

ガチガチと歯が鳴った。

おしまいだ。上司と部下に、同時に知られてしまった。

「わ、私は・・・!」

「ホモだったのか」

「!!」

「部長がねー」

「!!」

違う、そうじゃない!

「わた、私は・・・! ホ、ホモじゃ・・・ホモじゃな・・・ち、違う・・・!


歯を鳴らしながら必死に弁明する。

心臓が高鳴り、息苦しい。いっそこのまま心臓麻痺で死んでしまえれば、どれだ
け救われることだろう。

「どうりで見合いも断るワケだな」

「未だに彼女もいませんしねえ」

二人の容赦ない言葉に、私は膝を付いた。

じわりと、ブリーフに尿が滲む。このうえ失禁までしてしまったのか。

「ち、違うんです・・・! 私は、ホモじゃない・・・ホモじゃ、ないんです・
・・!」

「じゃあコレはなんだね?」

「しかもデブ専かー。部長、もしかしてナルシストっすか?」

「ちが・・・」

震えながら、私は手を付いた。

どうすれば・・・どうすれば誤解を解けるんだ・・・!

「こ、これ・・・これは・・・な、何かのま、間違いで・・・」

ろれつが回らない。

「見苦しいぞ、弓塚君」

「そうっすよ、部長」

頭上から二人の残酷な声が降り注ぐ。

ぽたり、と布団に滴が落ちた。

・・・涙だ。私は泣いていた。

「・・・お願い、します・・・!」

私は土下座した。

外回りでもしたことのない、生まれて初めての土下座をして、私は二人に懇願す
る。

「い、言わないで・・・誰にも、
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