04月28

日本の行為は「侵略」だったのか?



安倍首相は5月15日の参院予算委員会で、過去の「植民地支配」と「侵略」を認めた「村山談話」を受け継ぐことを表明しました。(5/16産経「村山談話『継承』安倍首相が軌道修正」)

「村山談話」とは、1995年、戦後50年の終戦記念日にあたって、時の内閣総理大臣の村山富市氏(旧・社会党委員長)が閣議決定に基づいて発表した声明です。

その内容は「日本は植民地支配と侵略によって、アジア諸国に損害と苦痛を与えたので、心から反省し、お詫びをする」という卑屈なものであり、その後の首相たちも、政府の公式の歴史見解として継承してきました。

「談話」は国会で正式な手続きを経て成立した「法律」ではないため、政治家や公務員はこの見解に従う法的義務は全くありません。

ところが、「村山談話」に反した歴史認識を示した公人には批判が集中する傾向があります。

最近では、自民党の高市早苗政調会長が、この「村山談話」に違和感があると述べたところ、党内から批判が起こりました。

また、2009年の出来事ではありますが、自衛隊の航空幕僚長であった田母神氏が「村山談話」で示された政府の歴史認識とは異なる見解を発表したために更迭されました。

政府見解と異なる思想・信条を持っていることで非難され、社会的制裁を加えられるのは、憲法違反の疑いさえあります。

安倍首相は、昨年8月段階の産経新聞インタビューでは「村山談話をはじめ、自虐史観に基づいたすべての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだ」と語っていたのに、先に述べたように「村山談話」を踏襲することを表明しました。

関連性は不明ですが、その3日後の18日から、北朝鮮は3日連続でミサイルを発射するなど、挑発的な行為に出ました。

その後の株価の大幅な下落も、安倍内閣の「国の誇りを守ろう」という気概が失われたことと無関係とは思えません。

そもそも、日本は周辺国に謝罪しなくてはいけないような行為を行ったのでしょうか?

まず、日本の植民地支配の代表例として挙げられる「韓国併合」ですが、これは当時の国際法上合法な外交交渉によって、日本と韓国はお互いの了承のもと、正式に併合条約を結びました。

現在の中国は、一方的に周辺国に武力侵攻し、「自治区」と称する植民地を広げておりますが、これとは全く性格の異なるものです。

韓国陸軍参謀総長、軍司令官を務め、元在日韓国大使となった崔慶禄氏は「日本が統治時代に韓国に大きな投資を行い、韓国が一足飛びに近代化したことはどうしても否定できない事実である」と述べ、鉄道や用水路、堤防、港湾施設などのインフラ整備を行った日本に感謝の言葉を述べています。

日本の侵略戦争と非難されることの多い「日中戦争(支那事変)」についても、台湾出身の歴史学者の黄文雄氏は「日中戦争とは、毛沢東の中国共産党と蒋介石の国民政府との内戦への日本の人道的介入であった」と指摘しています。

当時も、日本の動機を見抜いていた心ある宗教者はいました。日中戦争がはじまった年、当時のローマ法王ピオ11世は「日本の行動は侵略ではない。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」と日本を擁護する発言をしています。

もちろん、歴史は片側の見方だけでは判定できませんが、日本政府がひたすらお詫びを繰り返すことは、日本の行為を正しく評価しようとする諸外国の方々、そして何より先人たちに申し訳ない行為といえます。

日本が、先の戦争に対する「戦犯意識」を植えつけられたのは、中国や韓国のプロパガンダに加え、連合国によって行われた東京裁判によるところも大きいと言えます。

東京裁判では、当時の指導者層が「平和に対する罪」という、完全な事後法で処罰されました。

「平和に対する罪」とは、平たく言えば、連合国側から見た「侵略戦争」を計画し、遂行した罪ということです。

インドのパール判事は「処罰の根拠となる『平和に対する罪』の『法』自体が成立しない」「法治社会の鉄則である法の不遡及を犯している」と指摘し、被告には刑法上の責任がなく無罪であると主張しています。

そもそも侵略戦争は別として、戦時国際法に則った戦争行為は犯罪ではありません。

アメリカの戦争犯罪をことさら取り上げることは外交上得策とは言えませんが、東京裁判がフェアな裁判であるならば、原爆投下や都市への大空襲など、軍人以外の一般市民を対象とした無差別殺戮(ホロコースト)を行ったアメリカの責任者も「人道に対する罪」で裁かれてしかるべきです。「戦争の勝者だから裁かれない」という法理は通用しません。

自国への誇りを失った国民は、卑屈となり、退廃に流されます。

世界に誇るべき技術も金融資産もある日本が、世界経済をリードできないのも、国力が劣る国にミサイルで脅されたり、国民を拉致されたりしても何もできないのも、日本人の心に深く埋め込まれた罪悪感が原因の一つといえます。

日本への「無罪判決」を書いたパール判事は、1952年に来日した際、「日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚におちいることは、民族自尊の精神を失うものである。
自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する」と語りました。

今こそ日本人は、このパール判事の言葉を思い起こし、政界からも教育界からも自虐史観を追放し、世界を牽引するリーダーの自覚を持つべきです。
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