04月12

秘め事

 あの日は、取引先の一人と上司二名(部長と課長)と俺との四人で居酒屋で飲んでいた。※因みに全員男。
取引先の人とは、途中でふけて別のグループに合流する事で既に示し合わせていた。その人と俺は、別のグループの連中に連絡し、合流すべく落ち合う場所に向かった。
 その場所には別の取引先の人二名と、さらに別の上司、部下三名(うち女性二名)とがおり、総勢8名でドンチャン騒ぎが始まった。相当に酒が入っていたが、当初の取引先の人に別の予定が入ったため、その場は一旦解散となった。
 その人を近くまで送って行き、帰ろうとして時計を見ると、まだ23時を少し回ったところだった。まだ少しだけ飲み足りないと感じたので、男性部下に電話を架けてみた所、彼の家で恵舞子(仮名・女性部下のうちの一人)と飲み直しており、家に来ないかと誘ってきた。彼の家には奥さんとまだ一才になるかならないかの赤ちゃんがいるはずなので、こんな時間に?と思ったが、大丈夫ですよと言われ、また何だか面白そうなので彼の家までタクシーを飛ばした。
 近所のコンビニで安い発泡ワインを買い、彼の家のチャイムを鳴らした。その後、彼の奥方を交え、俺がその日の当初飲んでいた二人の上司の欠席裁判が始まった。この手の話題は往々にして盛り上がるもので、気付いた時には1時を回っていた。いくら何でも非常識に思った俺は、恵舞子を促し部下の家を退出した。
 二人ともフラフラになりながら、マンションのエントランスに降りた。

 俺と恵舞子の話をしよう。
 俺は妻子持ちの、ごくありふれた30台後半のオッサンのナリカケである。私生活に不満は無いし、むしろかなり幸せな人生を送っている。勿論、妻を愛してもいるし、多分、妻も少なくとも好きでいてくれている様だ。
 恵舞子は20台後半、遠距離恋愛の彼氏がおり、またその彼氏は俺の去年までの部下だった。彼女の外的特徴は透き通る様に白い肌と柳眉に切長ながらも妖艶な目である。さらに、スレンダーながら(身長は161cm、体重はあっても50kg台前半)、Fカップ(アンダー不明)というスペック。勿論、社内でも取引先でも人気があり、俺も憎からず思っていた。更に、よく解らないが、俺が転勤してきて初めて出会った時から彼女にはタイプです、と何度か言われてきた。単なる社交辞令と思っていたが、悪い気はしなかった。ただ、彼氏は信頼の置ける部下であり、また公私共に世話になった事もあり、度を越した邪な感情を彼女に抱いた事は無かった。
 ただ二年程前に一度だけ酔いに委せてふざけて抱き合った事があったが、それ以来、それ以上、何もなかった。だけど、あの日あのエントランスで、その時の恵舞子の胸の感触を何故だか急に思いだし、俺は恵舞子を抱きしめてしまった。

 抱き寄せた両腕に力を込めると、恵舞子も両腕で俺の首にしがみついてきた。妻とは違う女の匂いを久しぶりに近くで感じた。
「キスしていいかな?」俺は聞いてみた。
「…したいけど、マズイです…やっぱり」恵舞子は答えた。
 それはそうだなと思い、体を放してエントランスの扉を開け、マンションの外へ出た。完全にセクハラじゃねえか…明日、どんな顔すりゃいいんだ。
「タクシー、呼ぶから」
「はい、お願いします」恵舞子はそう言って、近くのコンビニに入って行った。
 恵舞子の家と俺の家は全く別の方向なので、俺はタクシーを二台手配した。指定の場所で佇んでいると、恵舞子がコンビニから戻って俺の隣に来るなり抱きつき、そしてキスをしてきた。一度は拒絶して頭を冷やして来たのかと思ったら、全く逆の行動…正直な所、俺は少々混乱した。しかし、そのキスが余りにも情熱的だったせいか、頭の奥が痺れて、物凄く動物的な感性が刺激された。また深夜とはいえ、街角のコンビニ前の交差点で唇を求め合う光景を繰り広げるのは俺にとってはとてつもなくリスキーであったが、そんな事はどうでも良い位頭の中はぶっ飛んでいた。それ位、衝撃的なキスだった。こんなキスを最後にしたのは、いつ以来だろうか?とふと考えたが、あまりに昔すぎて思い出せずにいた。
 タクシーが来るまでの間、俺と恵舞子は何度も唇を重ね、舌を絡ませた。まるで、十代のコドモの様に無我夢中で求め合った。もはや、完全に前戯だった。
 タクシーが一台到着した。恵舞子を先に乗せて、俺も同乗した。行き先は恵舞子のアパート。頼んでいたもう一台のタクシーのキャンセルをドライバーに依頼した。
 後部座席で恵舞子の肩に手を回し、髪を撫でたり、耳たぶをいじったりした。そして、運転手にバレない様に、数回唇を重ねた。多分、バレてただろうが。

 アパートに着いた。彼女の部屋は二階にある。手を繋いで階段を昇り、部屋に入るなりまた激しくキスをした。もう、俺は自分を止める事は出来なかったし、彼女も止めようとしなかった。
 彼女の部屋に入るのは、勿論初めてだった。キスをしながら、恵舞子に俺はベッドルームに導かれた。お互いの着ているものをはぎとった後、もつれる様にしてベッドの上に倒れ、恵舞子は俺を求めたが、俺はシャワーを浴びる事を要求した。恵舞子はテンションが下がる事を懸念したようだが、俺は恵舞子のオマンコを思い切り味わいたかったし、俺自身を味わって欲しかったので、彼女を説得して二人でシャワーを浴びることになった。
  シャワーを浴びながらも、お互いの動きは止まらなかった。ずっと唇を合わすか舌を絡ませながら、お互いの性器をボディソープで洗った。洗い終わった後、俺は堪らず恵舞子自身を舐め始めた。左手は恵舞子の右の乳首を親指と人差し指でつまみながら転がし、右手は指をアソコの中に出し入れしながら、舌でクリを探した。ようやくクリを探し当て、刺激を与え始めて程なく恵舞子はイッた。
 恵舞子の声はかなり大きい。夜中に随分な近所迷惑とは思うが、仕方がない。むしろ、そのせいで、こちらの興奮度は高まるのだから、正直、知ったこっちゃないし、ある意味、感動を覚えたのも確かだ。
 体に付いた水滴を拭き取る時間も惜しむ様に、二人はベッドに転がり込んだ。恵舞子の肌には水滴がかなり残っていたし、髪の毛も、随分濡れていた。恵舞子の体から発せられる匂いは、さっきまで纏っていた香水の残り香だった。もう、何に興奮しているのか、全く分からない状態に俺は陥っていた。
 唇、耳、首筋、乳首へと俺の唇は移動し、両手は、恵舞子自身ともう一方の乳房とを刺激し続けた。おもむろに恵舞子は俺の肩に手をあて、寝転ぶ様に言った。
「ケイさんはMなんですか、Sなんですか?」
 俺が「ケースバイケースだよ」と答えるや否や、恵舞子は俺自身を口に含んだ。
 俺のチンコはずっと戦闘状態だったが、恵舞子の唇の動きに益々その硬度が増した。入れたいと思うや否や、恵舞子自身が俺の体にのしかかって来た。恵舞子はゆっくりと俺の身体の上で上下し始めた。次第にその動きは激しさを増し、恵舞子は再び昇りつめた。
 俺はまだイク気配がなかったし、途中、二度程元気がなくなりそうになった。泥酔していたせいで、やたらと、いやむしろこれまでにない位、鈍くなっていたようだ。
 恵舞子は自分が昇りつめた後、再び堅さを高めるが如く俺自身を口に含んだ。
「口のなかでもいいよ」
 いやいや勿体無い。「もう少し恵舞子の中にいたいよ」
 俺はそう言って、恵舞子を下にした。俺はこの姿勢が一番好きだ。髪を撫で、舌を絡ませ、見つめ合いながら、色んな話をした。
「ずっとケイさんの事が好きだったの。でも、結婚してるから我慢してたの」
恵舞子は少し涙ぐみながら俺に言った。オイオイ、マジかよ。この期に及んで嘘はないだろうとは思ったが、やはり複雑な気分だ。
 腰を動かしながら、「俺も、もう少し早く恵舞子さんに遇えていたら、今の自分じゃなかったかもしれない」と言っても、説得力ないなぁと思ったが、これは間違いなくその時の本音であって、今もそう思っている。
 それから何度か恵舞子は昇りつめたが、俺はそうはならなかった。彼氏の事は、その間お互いにずっと気にかけていた。しかし、結局は二人とも動物状態のまま、1時30分頃からおっ始めて、気付いたら3時30分位になっていた。こんな事はこれまで一度もなかった。むしろ、俺は早い方だと思っていたから、未だにチンプンカンプンだ。
 あたりはうすら明るくなってきていたが、とうとう俺はイケず終いだった。その日も仕事があるし、お泊まりはいくらなんでもまずいので、心残りだったが俺は家へ帰る事にした。
 帰る際に着替えようとした時、Tシャツとトランクスが行方不明となり、とうとう見つからなかった。ズボンとYシャツはあったので裸で帰る事にはならずに済んだが、彼氏に見つかったら事だから、彼女には見付けだして処分するように頼んだ。
 恵舞子の家を出る時に、また激しく唇を重ねた。もしかすると、もう二度と出来なくなるかもしれないと思いつつ。
 タクシーで自宅マンションに着くと、その建物が少しオレンジ色の朝日を浴びはじめていた。
 翌日、腕時計を忘れて来た事に気付いて、仕事前に持って来て貰う様にメールで依頼した。その腕時計をコソコソと受け取る時、彼女の普段通りの自然な様子にほっとすると同時に、ちょっぴり切なさを感じた。もしかすると、あの時に交した「これは夢かもな」と言う会話を忠実に実行に移しているのかもしれない。と言うよりも、多分酔っ払っててあんまり憶えてないんだろうな。
 それから数日・・・
 行方不明だったTシャツとトランクスが見つかったらしい。彼氏には見つかってないようだ。
 メールを送っていいか確認したが、問題は無いとの事。
 そしてまた飲みに行けるかを聞いた。今日なら大丈夫だというので、その日、会う事になった。

******

 少し頭が痛かった。ワインを少し飲みすぎたから、それが効いているのだろう。嫌な痛みだが、嫌な気分ではない。外は相変わらず良い天気だし、昨夜は望外の結果を得られたし。

 残業を少しだけして、八時に街で会う事にした。恵舞子は一度家に帰り、タクシーで待ち合わせの場所へやって来た。店は特に決めていなかった。待ち合わせ場所の近くにバーがあったので、そこで飲む事にした。
 実は、彼女を待っている間、少し時間があったので近くのオープンカフェでビールを一杯だけ腹に入れていた。緊張と手持ちぶさたをごまかすために。だからなのか、最初から少しだけ俺はテンションが高かったし、少しだけ緊張も解けて心に余裕があった。
 店に入り、ビールとそれから少しだけ腹の足しになるものをを頼んだ。腹は減っているのに食が進まない。アルコールばかりを胃に流し込んだ。次第にそれが全身を駆け巡る…
 俺と恵舞子は色んな事を話した。学生時代の事、恵舞子と彼氏との事、仕事の事、お互いの家族の事、そしてこの間の事、これからの事。店についてしばらくは向かいあって話していたが、気付いた時には俺は恵舞子の横にいて、そして彼女の手を握っていた。
  また、しちゃうのかなぁ、しちゃうだろうな。お互いにそういう空気を感じていたのだろう。俺は、猫に会いたいと恵舞子に言った。恵舞子は猫を二匹飼っている。恵舞子は「うん、いいよ」と言って、俺の手を握り締めた。
 タクシーはすぐに捕まった。後部座席で二人は、ドライバーに隠れていちゃついた。そんな事でも、少なくとも俺は、頭の中がグシャグシャになりつつあった。
 恵舞子の部屋に入ると、猫を飼っている家の独特の匂いを感じた。そしてそれが、つい四日前に感じたばかりの匂いだった事を思い出した。
 リビングで少しだけ飲み直した。肩を抱き恵舞子の髪の香を嗅ぎ、キスをする。恵舞子は、キスですぐにスイッチが入り息遣いが妖しくなる。俺はこの瞬間が好きだ、たまらなく。
 「今日は暑かったから、一緒にシャワー浴びよう」そう言って恵舞子は俺をシャワールームに導いた。恵舞子の体は本当にキレイだ。見ているだけでも幸せな気分になる。お互いの体を洗うだけでも、精神的なオルガズムに達しそうな気がした。
 時計の針は23時を回ったところだった。
 シャワーを浴びた後、ベッドルームで二人はセックスをした。恵舞子は、俺がまださほど高まってないタイミングで達してしまう。途中休憩を入れて、一時間位ダラダラとしながら、最後にようやく俺はイッた。
 一定の性的満足を得られた事もさる事ながら、その間に交した会話で精神的に満たされた事の方に意味を感じた。
 何故、恵舞子は俺の事が好きなのか?自己評価では、贔屓目で見ても中の中なのに。
「ケイさんには、ふとした時にとてもオスを感じるの」恵舞子はそう言うが、やはり意味が解らない。首を傾げていると、「女だけにしか解らないかも…」と。やっぱり意味が解らない。
 その夜は、そんなに遅くならずに彼女の家を離れた。
 
******

 薄れて行く記憶の中で、3回目の夜のことを思い出してみる。

 その夜、俺の送別会があった。
 俺が主賓だから、しこたま酒を飲まされた。二次会、三次会と場は進み、午前一時をまわるくらいに、一旦場はお開きとなった。俺と恵舞子はタクシーで彼女の家へ向かった。

 その前・・・
 三次会のカラオケボックスで、俺は好きな歌を好きなだけ歌っていた。
 もう既にその時期は、彼女への思いは自分の中でかなり整理されており、もちろん好きなことには違いは無かったが、彼女をどうこうするつもりは無くなっていた。酒宴でも、彼女に対して酔いに任せたセクハラまがいのことをし兼ねない危惧も自分の中にあるにはあったが、実際はそういう気持ちにはならなかったし、近づいて会話することすらも無かった。もしかすると、恵舞子の方も予防線を張っており、敏感に俺がそれを察していたからかもしれない。今となってはどうでも良いことではあるが。
 そんな状況であったにもかかわらず、場がお開きになる少し前、何故か恵舞子が俺の席に近づき隣に座ってきた。騒がしい店内で会話をするには、自然と二人の距離は近くならざるを得ない。気がつくと、彼女の顔は俺の目の前20センチ位のところにあった。久しぶりに感じる恵舞子の吐息。決して誘っているわけじゃないことは解っていた。単に酔っ払っていたのだろうと思う。
 「ケイさんにはお世話になってばかりで・・ずっと、お礼を言いたかった。でも・・・ごめんなさい。」どうしてそうなっているのか解らないが、そう言った恵舞子は既に半泣きだった。泣き上戸の気があるのだろうか?刹那、ものすごく愛しい気持ちに俺はなった。完全にその気持ちは俺の思い込み、勘違いだとわかっていた。でも、止めることはできなかった。二人が接近して会話していることは、周囲の誰も気にしていなかった(様に感じた)。店内の喧騒に加えて、みんながみんな相当に酔っ払っていたせいでもあろうか。
 「わかってる。ありがとう。」そう言って俺は恵舞子の手を引き寄せ、テーブルの下で彼女の手を握りしめた。「最後だから言う。このごろは君の事を考えないようにしてた。でも、こうしていると、やっぱり恵舞子のことが好きでたまらなくなる。最後に、もう一度だけ・・・抱きたい。」ドサクサ紛れにずいぶんむちゃな口説き文句である。まさしく火事場泥棒。恵舞子からは特に返事もなかった。
 三次会が終わり、外に出ると雨が降っていた。恵舞子は雨の街に飛び出しタクシーに乗り込んだ。俺は「恵舞子さんを送ってくわ」と言い残し、半ば強引にそのタクシーに乗り込んだ。恵舞子は俺の同乗を断ることは無かった。ただ、望んでいる訳でもなかったと思う。タクシーの中で俺は恵舞子の肩を抱きながら、以前のような愛撫は無かったが、必死で口説いていた。タクシーが恵舞子の部屋の前に止まると、俺と恵舞子は恵舞子の部屋へと向かった。恵舞子は否定も肯定もせずに俺を自分の部屋に迎え入れた。また、俺は首尾よく彼女の部屋に、およそ2ヶ月ぶりに潜り込む事ができた。
 玄関先で、俺たちは抱き合い、そしてキスをした。

?2回目と3回目との間に1?

 話は1?2ヶ月戻る。

 その間、部下としての恵舞子は有能に仕事をこなしていた。また、俺の方は俺の方で、それを一切考慮する事も評価する事もなく、彼女を自分にとって都合の良い女に仕立てあげようと無駄なエネルギーを使っていた。
 何故無駄だったかと言うと、自分に都合の良い女に彼女を作り変える事ができなかったからだ。それは、俺のスキル不足によるものに尽きる。時間とかモチベーションとか彼氏と恵舞子との愛情の深さなんかは、所詮、自分のスキルが足りていたらどうにかなったと俺は判断したし、そうだと思っている。
 何ひとつ壊さずに、首尾良く彼女を自分に都合の良い女にするグランドデザインを描けきれ無かったのは、それ以外の理由が見当たらなかった。
 とにかく、色々なスキルが俺には欠けていた。きれいに恋愛をしたいとかはあまり考えていなかった。恵舞子をオモチャにするために、どのタイミングでどういう事をすべきかを計りかねていた。恵舞子をどうしたいのか、自分はどうしたいのか、決定的、に思考するスキルと、仮にそれがあったとしても、それを裏付けとして実行に移す意思と準備が足りなかった。
 俺は、いわゆる鬼畜にはなりきれなかった。あらゆる局面で、最後はイモをひいた。腹の括り方が分からなかったのだ。
 
 流れを戻す。
 
 恵舞子の唇・・・
 およそ、2ヶ月ぶりのキス。それまでの間、それぞれの連れ合いと幾度と無く重ね合わせた唇。連れ合いの性器を愛撫した唇。自分のことは棚に上げて、俺は恵舞子の彼氏に嫉妬した。それと同時に、後ろめたさや無意味な優越感などが綯(な)い交ぜとなった。玄関先のコンクリートの上で、靴も脱がずに俺は恵舞子の髪の毛をまさぐりながら、恵舞子は俺の頬を両手で挟みながら、舌と舌とを絡ませた。
 舌そのものが個別の生き物のように絡み合い、幾度と繰り返される唾液の交換、漏れ聞こえる恵舞子の喘ぎ声・・・しびれるような刺激が頭の中を駆け巡り、尋常ならざる興奮状態にありながらも、割と頭の中は冷静だった。俺はそこではその他の一切の愛撫はしなかった。また、そうしたいという強い気持ちは確実にあったし、唇から伝わる以外の刺激を欲していたが、恵舞子にそれらを求めることもしなかった。そこから未来に向けての限りある共有時間を惜しんでいたからだ。飽きるまで恵舞子のそばにいたかったからだ。挿れて腰を動かすだけがセックスじゃないし、挿れたいという表現では表現しきれないほど理性がぶっ飛ぶまで、そのままで構わない。俺は強くそう感じていた。
 ふと、恵舞子の右手が俺の下半身に伸びてきた。時間経過の感じ方について、実際は思ったより長かったり、思ったより短かったりするのは往々にしてある。そのときまでの時間をストップウォッチで測った訳ではないので、正確にどのくらい時間が経過したのかはわからないが、恵舞子とは相当長いキスをしていたはずだ。これも錯覚かもしれないし、そういう風に格好をつけたいだけなのかもしれない。恵舞子が俺のモノに触れる瞬間に、俺は恵舞子のその手を掴んだ。ひんやりとした感覚が下半身に伝わった。先っちょが濡れていたからだ。頭の中が冷静でも、体はコントロールしきれない事に気づいて少し切なくなった。一方、恵舞子には俺の魂胆はわからなかっただろうから、彼女の気持ちのままに行動に移したのだろう。その掴んだ右手を恵舞子の背中に後ろ手にして、俺は彼女を彼女の玄関室の壁に押し付けた。すこし興奮が高まった。同時に、恵舞子の左手をねじり揚げるようにして、同じように壁に押し付けた。唇のレイプに起因する更なる興奮・・・結局のところ、俺は彼女の部屋に上がるべく靴を脱いだ。全く、耐性の無い人間だぜ。そう自嘲しながらも、それならそうと開き直って恵舞子のカラダを楽しもうと決めた。恵舞子の唇から離れ、束縛した恵舞子の両手を解放し、そしてもう一度キスをしながら恵舞子の髪の毛を弄った。程なく、俺は唇を恵舞子の耳元に移し「シャワー、一緒に浴びないか?」と提案した。
 それを受けて、恵舞子は黙って靴を脱いだ。

?タクシーの中で口説いたことと彼女の憂鬱?

 タクシーの中でのことを少し思い出したので書き留めたいと思う。いつまでも、うだうだしている自分の心の中を情けないものと感じつつも。
 とにかく必死で口説いた。口説いている俺も恵舞子も相当酔っ払っていたので、大声で会話をしていたものと思う。
 「俺のこと、好きか?」
 「好きに決まってるじゃないですか。でも、ケイさんには家族があるし、私には彼氏がいるし…すごく悩んで結論出したのに。」
 この間、随分口説いては彼女に精神的な迷惑をかけ、最終的にはこっぴどくふられた経過があった。あの夜はお互いの自我が崩壊するまで飲まなくては、あのような形で再び交わることなどなかったのだろう。
 「やっと、きれいにサヨナラできると思ってたのに。本当にお世話になったから、その気持ちだけを伝えたかっただけで、誘ったつもりはなかったのに…断りきれない自分も嫌いです。」
 ならば、俺をタクシーに乗せるなと、少しムッときたが、それよりもそのときの俺はなんとしてでも恵舞子を抱きたかったから、その言葉は性欲で無理やり押さえつけた。
 「うん。色々ごめんな。でも、好きだから仕方が無い。これも俺の単なるわがままだって事は自分でもわかっているんだ。でも、コントロールできない。」
 物は言いよう、嘘じゃない、方便だ。自分の本心を上手く包み込んで表現できたのだろう。首尾よく俺が恵舞子の家にあがりこめたのは前述した通りであることから、一応の成果があったといえる。
 そのときの恵舞子は諦めの心境で俺を自室に迎え入れたのだろうか。ただ、今となってはどうでもいいことなんだが。とにかく、三度秘密の扉を二人であけてしまった事実があるだけだ。
 
******

 恵舞子がシャワーの蛇口をひねるためにシャワールームに入るのを俺は目で追い、その作業を終え戻ってきた恵舞子を抱きしめ、少しだけタバコの匂いの染みた彼女の髪の香りを嗅いだ。シャワーの水温が適温になるまで他に何か性的なアクションを起こさなかった。気持ちを冷まさず、かといってあまりがっつくこともしたくなかった。もっと強く束縛することもできたのかもしれないけれど、そうしなかったのはやはり少しどこかで自分を着飾っているからだろうと思う。それでいて、恵舞子を束縛したいと思う気持ちが無いわけではないというジレンマもあった。そうこうしているうちに、セックスをするという即物的な欲求と、それと前後して沸き起こる愛しい気持ちとの整理がつかないまま、湯気がシャワールームを温め終わっている事に気付いた。俺は恵舞子の額に自分のそれをくっつけて、そして彼女の唇をもう一度求めながら、悪趣味だとは思ったが目を開けながらキスをした。恵舞子は目を閉じていた。
 シャワーを止め、恵舞子の衣服を脱がす。ブラウスのボタンを外すときも、ブラジャーのホックを外すときも、唇を彼女の唇からはずすことはしなかった。
 その間に、恵舞子の唇が次第に理性を失いつつある彼女自身を暴露し始めた。動物的に情熱的に動く唇。時折、苦しくなったように唇を離しては、荒く呼吸をする。恵舞子の手は俺のワイシャツのボタンを外し、それが終わるとTシャツを脱がしにかかり、捲り上げたところから俺の乳首を唇と舌で刺激し始めた。一方、俺は少し前かがみになり、両手で彼女の露になった乳房を、指先で乳首を刺激した。猫が水を飲んでいるときのような音と、時折の俺の深い吐息、そしてそれよりは高い頻度で漏れてくる恵舞子の喘ぎ声とがパウダールームを埋めていった。
 恵舞子のスカートのホックを何とか探し当て、あせったようにはずし、下着をずらし、そして外す。俺のスーツのズボンは、その後、そそくさとベルトを外され、パウダールームの外へ放り投げられた。トランクスは恵舞子が下げてくれた。
 再びシャワー水栓を開放すると、すぐに湯気が充満した。お互いにボディソープを手に取る。俺は恵舞子の乳房全体を包み込むように、そして恵舞子の陰毛で泡立てたそれを、内部に入り込まない様にして外陰部をなぞってみた。一層声が激しくなってきた恵舞子の手は、同じように俺自身をしごく様に洗っている。お互いに、少しずつ、そして一層深く動物的になってゆく。再び、二人の唇は求め合う。シャワーは二人の上から洗い流すせいで、次第に恵舞子自身の周囲からは泡が消え始めた。
「痛くないよね?」
 そう言いながら、俺は少し暖かく、そして湿っている恵舞子の中に指を入れてみた。2ヶ月前の感覚を思い出した。恵舞子の中は少し狭い気がすると、あの時も思った。恵舞子の喘ぎ声は性質が変わったように、少しペースが速くなりそしていやらしさを増したように思えた。右手人差し指の先の方を折り曲げたまま出し入れし、親指でクリトリスを探した。そして、すぐにそれは見つかった。恵舞子の手の動きは次第にゆっくりとなり、そして止まった。俺は左腕で恵舞子を支えるように抱きかかえ、親指で円を描くようにこすりながら刺激し続けたが、2?3分たったあたりで恵舞子は軽く仰け反り、そして体の力が抜けたようになった。
 髪の毛をたくしあげて、恵舞子は少し深呼吸をした。次第に自分を取り戻したのか、シャワーヘッドを手に取り、すっかり忘れていた俺への刺激を再開した。俺自身に纏わりついていた泡を洗い流し、シャワーヘッドを下の位置に差し込んだ。右手で愛撫を加えつつ、恵舞子は狭いシャワールームで屈み込み、俺のものを口に含んだ。ゆっくりと口から出し入れしながら、時折俺を見つめる。
「おいしい」
 まるで出来損ないのポルノのような台詞。いつも言わされてきたのだろうか、言うことによってお互いの性的興奮を高めることができた経験からくる言葉なのだろうか。どちらなのか、それ以外の理由なのかはわからないが、まんまと俺はその策略に嵌った。
「すげー気持ちいよ、恵舞。」
 俺は、シャワーヘッドを取り、彼女の背中にお湯を掛けながら、その刺激を楽しんだ。
 恵舞子のフェラチオで、俺自身は、このまま恵舞子の口の中で終えても良いくらいに意識が半ば陥りかけるほど、硬度を増してしまった。
「早く入れたいな。」
 恵舞子はそう言って、フェラチオを止めた。かなりぎりぎりのタイミングだったのかもしれない。
「少し、出てるよ。」
恵舞子はそう笑って体を伸ばし、俺にキスをした。少しその味を感じた。
 バスタオルで体を拭き腰にそれを巻いて、俺は恵舞子より先にシャワールームから出た。ベッドルームに移動する間に、鞄の中に忍ばせてあった、以前買っていて渡せずにいたピアスの小さい紙袋状になっている包みを取り出した。ピアスなら、送っても彼氏に不審がられることも無いと姑息に計算したうえで選択したものだった。渡そうと思っていたのだが、前述したとおり、こっぴどくふられ距離を置いてきたので渡せなかった。それは、鞄の中でその間“こやし”になっていたせいで、その包みは少しばかり皺が寄っていた。
猫の毛だらけになるので、放り投げてあったままのスーツをハンガーに掛けた。シャツは皺が残らないように、ソファーの背もたれに広げて置いた。恵舞子が髪を拭きながらシャワールームから出てくると、ピアスの包みを手渡した。
「夏に買っておいたんだけれど、中々渡せずにいたんだ。気に入らなかったら、捨ててもらっても構わない。」
 俺の性分なのか、どうしてもそういう卑屈な物の言い方になってしまう。自信が無いものならそもそも渡さなければいいのだし、そうでないなら黙って渡せばいい・・・どのような感じのものが似合うかと、センスが無いながらも考えながら選んだものだから、本心では使ってもらえることを願っているのに。紙袋を開いてそれを目にした恵舞子は、「かわいい」と一言だけ発した。その場でつけてくれることを少しだけ期待していたが、そうはならなかった。多分今頃は、彼女の小物入れの“こやし”になっていれば良い方で、最悪不燃ごみとなって埋立地の“こやし”になっているのだろう。ただ、社交辞令とはいえ、一定の前向きな評価にホッとした。
 その後、二人は手をつないでベッドルームへとむかい、彼女はベッドの端に腰を掛けた
 「来て」
 恵舞子はそう言って俺の手を引いた。左腕を恵舞子の首の後ろに右腕を腰に回し、抱きかかえるようにキスをしながらゆっくりと彼女の体をベッドに倒した。右腕をほどき、彼女の左胸を撫でると、彼女の両腕が俺の首に絡んできた。指先で乳首を刺激すると、恵舞子の両手に力が入り吐息が漏れ始めた。
「電気、消して・・・」
 俺の方がスイッチに近かった、というより恵舞子は起き上がらなければスイッチに触れることができなかったので、彼女は俺にそう依頼したが、俺はしばらくその白く均整の取れた彼女のカラダを見ていたかったので、全ての灯りを落とすことはせず常夜灯に切り替えた。しかし、それでも彼女は真っ暗にしてほしいと懇願してきたので、仕方なく常夜灯も消した。ただ、カーテンの隙間から漏れてくる道端の水銀灯の明かりは、かえって彼女のカラダを白く浮き立たせた。
 彼女の唇から伝わる小刻みな震えや、体温、肌の感じ、甘い声、髪の毛の香り、手の動き、揺れる胸、それら全てが快感とは別に心地よく俺の体の中に溶け込んでゆくと同時に劣情をそそられた。残ったアルコールと快感と興奮によって、次第に感覚がぼやけてくる。乳首を口に含み、左手でもう一つの乳房を弄り、右手は彼女自身の様子を探る。やはり湿っていて温かい。人差し指を差し込み、上の方の壁を前後に擦ってみる。恵舞子の声は間隔がより短く、そしてより大きくなっていく。指の動きのピッチを上げてみると、恵舞子は俺に巻きつけていた手に力を入れて、「何か、変。おしっこが出そう。」と言った。
 「出しちゃえよ」
 俺はそういったものの、それまでにそういう経験は無かった。そのまま動かしていれば噴き出すものかと思っていたが、「いや、やめて。」と言いしな恵舞子が俺の手の動きを遮ったので、結局それを経験することができなかった。
 初秋の部屋では、まだエアコンが微かに効いていたが、お互い汗をかかずにはいられなかったようだ。指の動きを止めた後、その汗を合わせるように恵舞子を抱き寄せた。
 「潮、噴いたことは無いの?」
 俺は自分のことを棚に上げて訊いてみた。
 「ないですよ。」と彼女は答えた。
 「恵舞はすごく感じやすいよね。声も大きいし。すげぇ興奮する。」
 腕枕しつつ、恵舞子の髪の毛を撫でながら、俺は言った。
 「そうですか?別に比べたこともないし、比べられたことも無いし。」
 彼女の彼氏は、人間的には非常にいい奴であることは知っている。彼に対する裏切り行為にまつわる罪悪感を、もちろん自分の妻に対してもだが、こういうふとしたやり取りの中で感じてしまう。しかし、セックスに関しては、なんとなく若さが出ているというか、自分本位のセックスをしているような気がしていた。悪いとは思っているが、恵舞子を楽しませているのかわからないし、そうでないのであれば勿体無いし、恵舞子が少しかわいそうだ、とも考えた。自分が本当はそうしておらず、彼氏が、実際はそうしているかもしれないという可能性を排除して、誠に勝手な思い込み、勘違いをしていたのかは棚上げしておいて。
 「恵舞子のお○○こ、舐めたい。」
 その勘違いからきた自信過剰の俺の台詞は、その4つの文字の羅列による劣情の喚起を少なからず意図したものだった。今となってみれば、あまり意味のあることとは思えない台詞の一つだと思うが、とにかく、もう一度恵舞子自身の様子を指先で、それがいつでも奥の方に指が進入できる状態であることを、確認した。そして、恵舞子の両腿を少し浮かせて、ゆっくりと彼女のクリトリスを舌先で撫でてみた。恵舞子の甘いあえぎ声が、ベッドルームに軽く響いた。
 恵舞子のクリトリスを舌で愛撫しながら、しばらくの間。中指で恵舞子を刺激し続けた。いつの間にか、恵舞子の声は大きくなり、その腰は痙攣したように幾度か波打った。

 恵舞子の表情は、部屋が暗いためはっきりとはわからなかったが、かろうじて眼を瞑っていることはわかった。また、彼女の髪の毛先が、汗で顔にまとわりついていた。個人的には、女の子がセックスの最中に汗だくになりながら感じている姿が大好きで、何故かというと本気で感じているのではないかという、これまた自分本位な願望からくるものだとは思うが、そんな彼女の姿態をうすぼんやりした部屋の中での半ば自制心を失いかけた状態では、さらに興奮の度合いが高くならないわけはなかった。
 愛撫を続けながら、俺は自分の下半身を恵舞子の上半身の方にずらし、そして恵舞子自身の体を少し斜めに起き上がらせた。一定のところで、恵舞子は息を荒げながら空いた手で俺の腰に手を這わせ、そしてペニスを探し当て、ゆっくりと上下に刺激始めた。
 「あぁん、すごいクチュクチュしてる。」
 まるで初めて手に入れたおもちゃで遊ぶかのように、恵舞子は俺のペニスに興奮を付加し続けた。俺は、その自分自身が発する猥雑な音に少し我を忘れてしまい、恵舞子への愛撫を怠ってしまった。その隙に、恵舞子が俺の体全体を下に押しやり、そして覆いかぶさってきた。
 加え続けられる愛撫。恵舞子の手の動きに、少しだけ自分をゆだねてみたが、そんな時間も経っていないうちに「口でして欲しい・・・」たまらずそう口走ってしまった。
「どうしよっかなぁ」
と恵舞子は少しサディスティックな言い方をしてきた。
 「ひどいことになってないか?俺のチンコ。」
 「うん。ぐちょぐちょだよ。ほら・・・」
 亀頭の周囲を中心に、恵舞子の掌がよりいっそうの刺激を加える。このあたりまで来ると、手で握られる圧力を加え続けられると、その頂上が近くなる。俺は、自分を取り戻すために恵舞子のクリトリスをもう一度舐めてみた。ビクンと恵舞子の腰が動き、そして一瞬その手の動きも止まった。畳み掛けるように、両手の中指を恵舞子の中に進入させた。
 「口でしろよ」
その言葉の終わりを待つまでもないくらいに、すぐに恵舞子は俺のペニスを口にし始めた。
 「欲しい・・・」
 お互いの性器を口で愛撫しながら、その時間が永遠に続くかのように流れたが、多分それは錯覚だっただろう。少し腰の周辺がムズムズしだし、そろそろかなというときに、そう恵舞子からの提案があった。お互いゆっくりと離れ、そして俺は恵舞子の体をゆっくりとベッドに寝かせ、そしてお互いの愛液を混ぜ合わせるように、やけに湿っぽいキスをした。お互いの体も少し湿っていたが、その湿り気具合は、やっぱり嫌いじゃなかった。恵舞子の唇を味わいながら、彼女のふくよかな胸を愛撫した。恵舞子の両手が俺の首に巻きついてきた。
 枕元においてあった俺の携帯が、午前2時を知らせるため、少し光った。 
 「少し、恵舞子のカラダを見たい」
 そう言って俺は枕元の照明のスイッチに手を伸ばし、そして蛍光灯を点した。と同時に、先ほど光った携帯電話を見て思いついた悪巧みを実行すべく、近くにあったそれを手に取った。目を瞑っている恵舞子を俺は左手で刺激し続け、右手で携帯のカメラ機能を呼び出した。部屋中を満たした恵舞子の荒い息遣いに紛れて、俺はカメラをムービーに切り替え恵舞子の痴態を記録した。やや集中を欠くのは慣れていないからなのか、どうにも色々ぎこちない。

 「もう、待てない。」

 恵舞子がそう言うと、俺はわざと「何が?」ととぼけてみた。もう少し恵舞子を客観的に記録したかったように記憶している。どうしてそんなことを思いつき、実行したのかはそもそも分からない。突発的な行動だったのかもしれない。だが、とにかく恵舞子をずっと近くに置いておきたかったのだろうと思う。それだけ俺は恵舞子を、ある意味屈折したものであったが、愛していたのかもしれない。

「いや。待てない。早くきて。」恵舞子はそう言って、右手で俺のペニスを恵舞子自身に導き入れようとした。慌てて俺はカメラのボタンを押し、撮影を中断した。
「随分、荒っぽいことするんだな。」と俺が言うと、「いいから、電気を消して早く入ってきて。」と言いしな、俺の尻をぐっと恵舞子は引き寄せた。
 ペニスの先端に感じる、唾液とはまた違った感じの粘液。それはずっと俺が恵舞子の中に侵入できるように待機していたのだろうか。とにかく、恵舞子の足を上げて俺は一気に恵舞子に挿入した。恵舞子の声がそれまでのものとは違う音色に変わった。恵舞子は俺の腰の動きに合わせるようにリズミカルに動いた。纏わりつくその感触が性的な意味とは違う感じでとても気持ちよかった。腰をグラインドしたり、単純に前後に動かしたり、乳房を少し乱暴に刺激しながら、俺は恵舞子とのコミュニケーションに没頭した。そして、一際大きく波を打つように恵舞子の体が弾け、恵舞子の喘ぎ声がその時を境に少し落ち着いた、性的なものが薄らいだ感じのものになった。
 恵舞子は髪の先に付いた汗を拭うことなく、ベッドに横たわり荒く息を続けていた。挿れたまま恵舞子の髪をすくように撫でてみた。「もう、こんな風に会うことは無いんだろうな・・・すこし、切なくて悲しい。」ふと、彼女のことをとてもいとおしくなり、柄にも無く弱音を吐いてみた。薄く目を開きながら恵舞子は「なんとなくだけど、ケイさんとはまた一緒になれる気がする。」と言った。
 「何で?」「だから、根拠はないわ。」「ふーん。よくわかんないけど、そう願いたいね。」そんな他愛のない言葉を2つ3つ交わし、「また動くよ」と言って俺は恵舞子を抱き上げ、キスをした。キスをしながら胸に愛撫を加えると、再び恵舞子の腰が動き始めた。恵舞子のカラダを支えるように背中に手を回すと、彼女の背中がほんのり汗で湿っていることに気づいた。その湿り気が却ってセックスには都合がよく、俺の腕と恵舞子の背中の摩擦係数を減じてくれていた。きつく抱きあって、無我夢中でお互いを擦り付けあう。恵舞子の喘ぎ声は次第に早くなり大きくなっていき、そして短く叫んで、次第に落ち着きを取り戻していった。
 それから、しばらく恵舞子を上にしたり下にしたりしながら、ふたりは数十分セックスをした。やがて、しびれる感覚に腰の辺りを襲われ、もう少しでオルガズムを迎えるだろうと予見できる状態になった。その時は、恵舞子の足を俺の肩に載せて、深く恵舞子を穿っていた形だった。
 「恵舞、俺、もうイキそうだ。」俺がかすれかけた声でそう言うと、「いいよ、好きなところに出して。」と恵舞子は答えた。中で出すことは道義的にできるはずが無いので、どこが良いのか迷っていた。実際は、あまり迷っていられる時間は無かったのだが。
 「顔でもいいんだよ。」
 この女は、一体どういう“育てられ方”をしたのだろうと思った。俺が付き合ってきた女性はそんなことを自ら口にすることも無かったし、俺からそういう提案をしたこともあったが、ことごとく拒否されてきたので、現実では積極的に採用される行為ではなくて、アダルトビデオの世界でだけの話だと思うようになっていた。それでも、そのことに対する密やかな願望を捨てきってはいなかったので、確認の上実行に移すことを決心した。
 「本当に、いいのか?」と言う俺の問いかけに、恵舞子は揺れながら首を縦に振った、様に思った。
 そのときが来た。
 俺は恵舞子の中から離れ、そして右手をペニスに添えて、それを恵舞子の顔に近づけ3?4度ほど強めに擦った。俺は彼女の口の周りに射精し、やにわに彼女の口にペニスをねじ込んでみた。ベッドに精液をこぼすことなく、最後は彼女の口で果て切った形になった。たいてい、俺はセックスが終わったときに相手にキスをするのだが、この時はさすがにそれはできなかった。ティッシュペーパーを引き寄せ、彼女の口の周りを軽く拭いて、新しいティッシュのかたまりを恵舞子に渡した。恵舞子はそれを口の周りにあてる前に、軽く飲み込んで見せた。やはり、彼女のこれまでの男性遍歴に少し疑問を感じた。だからといって、彼女を嫌いになるという気持ちにはならなかった。ただ、それまでの自分が関わりあってきた女達とは違うんだなという感覚を覚えたに過ぎなかった。
 そうして、俺と恵舞子の三度目の、そして結果的には最後となる交わりが終わった。
 恵舞子のアパートを退出する時、彼女はベッドで静かに寝息を立てていた。その寝顔にキスをし、タクシーを呼んだ。その日は転勤先での打ち合わせ日で、日中はさんざんだった。

 打ち合わせから戻って数日後、勤務先の最終日に、恵舞子から餞別代わりにプレゼントをもらった。三度目の夜からは、そんなこんなで会話らしいものもなかったし、その時も職場でのやり取りだったせいか、あっさりとしたものだった。
 「世話になったな。」
 「こちらこそ…がんばってください。」
 「あぁ。お互いにな。」
 大体こんな感じ。

 それ以来、メールを年に数回やり取りするくらいで、彼女とは何もない。また、彼女はその時の彼氏と別れ、高校時代に付き合っていた元彼とヨリを戻したらしい。
 ある時、結婚しないのか聞いてみたことがあった。
 「結婚はしたいですけどね・・・」
 と随分煮え切らない態度であったが、既に適齢期をやや上回っている現状を考えると、あまり迷っていはいられないんじゃないかと思っている。もちろんその言葉は飲み込んだが。
 とにかく、今現在は恵舞子とは全く何もない。あれから違う女とひと悶着あったが、その話しは別の機会に委ねるとして、今は恵舞子が幸せになることを願っている。
 少しだけ、またチャンスがねぇかな、と邪な希望を抱きつつ・・・

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