10月15

明日を見つめて 8.対戦

彩の家に車を停めると、車庫には彩の母・妙子の車の他にもう1台、
黒塗りのベンツが停めてあった。
『いよいよか・・・』。浩平は武者ぶるいをした。
玄関に回り、彩が呼び鈴を鳴らして「ただいま」というと、パタパタと
スリッパを鳴らしながら家の奥から走って来る音が近付いて来る。
彩がドアを開く。
玄関先には、彩の父・寿治が立っていた。
彩の後ろに付いていた浩平が慌てて前に進み出て「初めま」と挨拶を
始めるや否や、言い終わらぬうちに、
「いやあ、良く来てくれたね。
 さ、上がって上がって、みんな待ってたよ」
と、寿治が、さっさと上がれと言わんばかりに急かした。
浩平は、焦りながら靴を脱ぐと、彩が下駄箱にしまう。
その間に、浩平は寿治に先導されるようにリビングに向かった。

浩平がリビングに入ると、寿治と同年代の男性が二人、ウィスキーらしき
ものが入ったグラスを持ち、にこやかに浩平の方を見て立ち上がった。

寿治は、まるで旧知の間柄であるかのように二人に浩平を紹介する。

「こちらがね、話していた彩の許婚者の佐藤浩平君。
 平たく言えば彼氏だね。可愛がってやってよ」

浩平は呆気に取られながら、直立不動で深々と頭を下げ、挨拶をした。
浩平の隣に並んだ彩が、もじもじと恥じらいながら一緒に頭を下げた。

「彩さんとお付き合いをさせて頂いています、佐藤浩平です。
 お見知り置き下さい。宜しくお願いします」

二人の来客は、口々に返礼した。
「いやあ、お話は聞いていましたよ。
 彩ちゃんも彼氏持ちかあ。
 なんだか、おじさんは寂しいよ」

「なかなかの好青年じゃないか。
 これで、北島家も安泰だね」

『北島家も安泰?』。引っかかるものを感じた浩平だったが、寿治が
即座に返した。

「うちに婿養子に来てくれるかどうかは分からんよ。
 無理強いするつもりはないから。
 ま、お姉ちゃんの麗は、戻ってくる気はないみたいだし、
 そうなってくれれば、私としても嬉しいんだけどね。
 どっちにしても、まだ先の話だ」

『・・・どういう話になっているんだ?』
浩平が面くらっていると、寿治が構わずに続けて二人を紹介した。

「こちらが、私の取引先の○○商事で専務をされている内村さん。
 で、隣が、うちの会社の工場長の磯村君だ。
 仕事仲間っちゅうより、遊び仲間だね」

お互いに軽く会釈を交わしていると、妙子がゲストルームと思しき部屋
から出て来て、「準備ができましたよ」と、告げた。

寿治に促されて部屋を移動すると、12帖ほどの広さの洋間に雀卓が
置かれ、それぞれの椅子の脇テーブルには、グラスと簡単なつまみ類が
置かれていた。
ワゴンには、ウィスキーやブランデー、コーラやジュース類などの缶が
並べられていた。
「浩平君には、あまりお酒を勧めちゃだめよ」
と、妙子が寿治に釘をさす。

「いや、あまりというか、今日はアルコールはご遠慮させて頂きます」

「おっ、浩平君は、麻雀の時は飲まないのかい?
 雀士だねえ!」

「いや、・・・まだ未成年ですし」

「それじゃ、浩ちゃんにはコーヒーを淹れてきます」
と、彩が部屋を後にした。
雑談を交わしながら、それぞれに、仮の席に座る。

『せっかちだけど、おおらかな人だな・・・』
寿治のやけにフレンドリーな接し方で、浩平の緊張はだいぶ緩んだが、
別の緊張が込み上げて来た。

「えーっと、最初にここのルールを確認しておかないとね。
 東南(トンナン)回し。2万5千点持ちの3万返し。
 オール一飜縛(イーハンシバ)りの中付(ナカヅケ)あり。
 表ドラ全てに裏ドラあり。スットビは即終了。
 七対子(チートイツ)は一飜(イーファン)50符(プ)で計算。
 大車輪は3倍万。数え役満(ヤクマン)は、14飜以上。
 ダブル役満は、九連宝塔(チューレンポウトウ)と国士(コクシ)の13面待ち。
 ・・・・そんなもんかな?それでOKかい?」

「はい、分かりました。
 レートは、どれくらいですか?」

「このメンバーだと、テンピンの10、20だけど、学生には重すぎる
 か・・・。
 そうだな・・・トータルで浩平君が勝ったら、それは君のもの。
 負けたら、私が立て替えておくから、その代り何かひとつ、私の言う
 事を聞いてもらおうかな。
 立て替え分は、ある時払いの催促なしで構わんよ」

「でも、それでは申し訳ないです。
 と言っても、確かにそれほど持ち金はないですけど・・・」

「おや?負ける気でいるわけじゃないだろ?」

「いや、こればかりは・・・皆さんとキャリアが違い過ぎますし・・・」

「フフン・・・。
 さっきのルール説明を一発で了解しただけでも、相当やりこんでる
 ことは分かるよ。
 それに、私の言う事を聞いてもらう何かは、終わってから決めさせて
 もらうから。とんでもないことを言い出すかもよ。ウフフ・・・。
 レートを落とすと、皆のテンションが下がりかねないから、
 取り敢えず、そのレートで」

「はあ・・・、分かりました」
負けたら、負け分を「借りる」というのは本意ではなかったが、いずれに
しても、浩平に拒否権や選択肢はない。

「じゃあ、ゲストの浩平君に、席決めの賽を振る人を決めてもらおうか」

文字通り、賽は投げられた。どう打つべきか。
麻雀にローカルルールはつきもので、サラリーマン麻雀であれば、短い
時間にゲーム数をこなし、ある程度の金を動かすために、やたらと
エゲツないオプションや加算ルールがつけられた、いわゆる「インフレ
麻雀」になりがちだが、ここのルールは至ってまっとうだった。
だが、学生の浩平にはテンピン+10&20のレートは、かなりきつい。
慣れた面子(メンツ)なら、半荘(ハンチャン)当たり40分から50分程度で
こなせるから、午後3時から9時までという時間設定だと、半荘(ハンチャン)
7回から10回程度はこなせる。
トータルで、ひとり2万円から3万円は簡単に動くだろう。
浩平にとって、3人の腕や打ち方、癖を知らないのは、かなり不利では
ある。なめてかかってもらった方がいい。
とにかく、勝つことよりも負けない打ち方。
始めの2ゲーム程度は、相手の打ち方を探るしかない。
その間に、常に2着狙いで、多少のアドバンテージを握れるかどうか。
あるいは、ドンベにならないことに専念し、どれだけ負けを少なく抑え
られるか。
取り敢えずは、大きな手を狙うよりも小手で速攻。
序盤戦は、こちらの手の内を見せないように分かり易く。
鳴くなら、どんどん鳴いて、場をかき回し、門前(メンゼン)なら、態と
ひっかけなどせずに、分かり易い筋待ちで様子見。
そのやり方に、3人がどう反応し、浩平の腕をどう判断するか。
その反応と評価によって、3人それぞれの力量も測れる。
本当の勝負はそれから・・・。
初面子(ハツメンツ)であっても、浩平相手に3人が組んで仕掛けたりする
心配はない。それだけは安心だった。

半荘4回以内の短期決戦なら、腕6割・運4割。
半荘5回から8回程度の中期戦なら、腕7割・運3割。
半荘9回以上の長丁場なら、腕8割・運2割程度に収束すると、
浩平は考えていた。
とすれば、今回は、3割程度の運をどう引き寄せ、ものに出来るかで、
結果が決まる。

浩平の上家(カミチャ)が親でゲームは開始された。
彩がコーヒーを淹れて、浩平の左後ろに椅子を並べて座った。
上家の磯村が声をかける。

「彩ちゃん、おじさんたちの手牌(テハイ)を彼に教えちゃだめだよ」

「そんなことしませんよ!」

「なにか、サインでも決めてあったりして」

「そんなことないですぅ!
 磯村さん、少しは手加減して下さいねえ」

「そりゃ、彩ちゃん次第だね。
 今度、おじさんとデートしようか?」

「いやですぅー!!
 奥さんに言い付けちゃいますよ?」

「別に、平気だよ。
 小学生の時は、よく一緒に遊んでくれたのになぁ。
 彼氏が出来ちゃったし、しょうがないか?」

「当たり前でしょ!!」

軽口をたたき合いながら、進行していく。
ここで彩が、浩平のを手牌を見て言った。
「あれ、浩ちゃん。牌(パイ)を揃えないの?
 どういう配牌(ハイパイ)なのか分からなくなっちゃうよ」

「ん?あぁ、みんな速いから、手が追いつかないだけだよ」
浩平はゆっくりと理牌(リーパイ)していく。

対面(トイメン)の寿治が、浩平の手許を一瞥し、ニヤリとした。
浩平は、態と理牌せずに自摸(ツモ)と打牌(ダハイ)をし、その手許の
牌の出し入れから、3人が、浩平の手作り具合を読み取ろうとするか
どうかを見極めようとしていたが、彩の一言で台無しになった。
まあ、これくらいはどうという事はないが、少しは麻雀を知っている
らしい彩が、浩平の脇で手を見ていることが少し厄介ではある。
彩の表情で、浩平の手を見透かされそうである。

寿治がつっこみを入れる。

「彩、どんどん浩平君の情報を教えてくれていいぞ!」

「やだ! ・・・えっ、もしかして態と牌を揃えてなかったの?」
彩も気がついたらしい。

「いや、そんなことはないよ。手を動かすのが遅いだけ」

「そう・・・だよね?・・・」

まあ、非難するわけにはいかない。
6巡目。
上家(カミチャ)で親の磯村の捨牌(ステハイ)には、規則性がない。
「対々(トイトイ)」か「七対(チートイ)」狙いか。
下家(シモチャ)の内村の捨牌は、「一・九・字牌」が目立つ。
「断(タン)ヤオ」目か?それとも、意図的な餌撒きか・・・。
対面(トイメン)の寿治の捨牌には、「索子(ソウズ)」が切られていない。
「混一(ホンイツ)」か「清一(チンイツ)」狙いか。
浩平の風牌(カゼパイ)である「南(ナン)」は、既に河(ホウ)に3枚切ら
れているが、浩平は捨てずに抱えていた。
浩平の手は、「平和(ピンフ)・一盃口(イーペイコウ)」がらみの「一向聴
(イーシャンテン)」。
彩が『なぜ、「南」を切ってしまわないのか』と言いたげだが、さすが
に黙っていた。

8巡目で、「三萬(サンワン)」を引いて来た。
自分の手の内には、「三・三・四四・五」の萬子(ワンツ)があり、上家が
浩平の引き牌(ヒキハイ)を待つとすれば、おそらく頭待ち。
対面から「四萬(スーワン)」が一つ出ていて、下家の待ちには壁にもなる。
浩平は、自摸(ツモ)った「三萬」を右端に置き、手牌から同じ「三萬」を
切った。
下家の内村が「チー」をし、「一・ニ萬(イー・リャンワン)」を広げた。
『えっ、「一通(イッツウ)」か?・・・そうかドラがらみで早く上がろうという
ことか。「一通」なら、こちらの「ニ・五萬(リャン・ウーワン)」の受けは、
これも引く可能性が薄いな』。
同巡で、対面の寿治が「立直(リーチ)」を掛けた。
「東(トン)」が河(ホウ)に1枚しか出ていない。
「北(ペイ)」は、1枚も出ていない。「東」「北」の「シャンポン」か?
「北」がドラだから、下家の内村と「対子(トイツ)」での持ち合いだろう。

浩平は、ここで薄い「五萬(ウーワン)」を引いて「一盃口」完成形での
「聴牌(テンパイ)」になった。
当然、「安全牌(アンゼンパイ)」として握っていた「南(ナン)」を捨てた。
直後に、下家の内村が「東」を出し、寿治に放銃(ホウジュウ)した。
浩平の読み通りだった。
寿治の手は、「立直・一発・東・ドラ2」で「満貫(マンガン)」。
「索子」が伸びずに、場の「役牌」待ちでは後付けになって上がれない。
ドラの頭を抱えて仕方なしの「立直」か。
ドラの「北」を他家に抑えられても、相手の手を止めることは出来る。

浩平は静かに、自分の手牌を伏せて崩した。
彩がポツリと小声で呟く。「それで『南』をずっと持ってたの?」
浩平は何食わぬ顔で「何となく切りたくなかっただけ」と言ったが、
寿治は聞き逃さなかった。

「浩平君は、打ち方が固そうだな」

「たまたまですよ」

その後、東場が終了し、南場に入る。
まだ親の連荘(レンチャン)はなく、寿治の満貫以外は、小さな手の早上がり
の応酬で、あまり点数の動きはない。
浩平は、配牌(ハイパイ)からの決め打ちで、早めのポンから「断ヤオ・
対々」の3,900点を磯村から上がったのみ。振り込んではいない。
初っ端に「満貫」を上がっていた寿治は、直後の「東2局(トンニキョク)」で、
内村からダマテンの「断ヤオ・七対」を狙い撃たれ、3,200点を献上。
磯村は、寿治の親・「東4局」で、「白・ドラ1」の2,000点を
自摸和(ツモアガリ)したのみ。
これからの南場で、誰かが大きな手をものにすれば、それでトップが
決まりそうな流れである。

浩平のこれまでの配牌や自摸牌は、悪くはない。
ダマテンで狙い撃ちなどして、手の内を晒すよりも、半荘2回目までは
喰い散らかして、小手でも細かく稼いで2着狙いと考えていたが、
トップを狙えるツキが来ているのであれば、それを態々逃してしまうのは、
せっかくの運を自ら手放すことになりかねない。
一旦逃げた運は、なかなか戻っては来ない。
運を確実にものにすることは、ギャンブルの基本でもある。
南一局・上家の親。
ここは、小手でもいいから先ずは自力で親を引き寄せ、次の二局・自分
が親のときに賭けよう。トップを取ろうと、方針を転換した。
相手・三人は、それなりに強い。
が、浩平と比較して、それほど実力に開きがあるとは思えない。
相手もそれぞれ、浩平と同じように、浩平に探りを入れている段階。
ならば、ツキがあるうちに・・・である。

3巡目で「白(ハク)」の「対子(トイツ)」をポン。鳴いて仕掛けて、「白」のみ
を自摸上がり。首尾よく親を持ってきた浩平は、次に賭けた。
「場風牌」の「南」が3巡目で「暗刻(アンコウ)」になり、打ち回しの自由度が
増した。
「筒子(ピンヅ)」の混一目模様。「自摸」と場の状況次第で、「南」のみ
連荘でも構わない。
11巡目、「門前(メンゼン)」で「南・混一・ドラ2」を自摸和(ツモアガッ)た。
親跳(オヤッパネ)で、18,000点。初回半荘の大勢が決まった。

結局、浩平が逃げ切り、ウマを入れて+55(×千点)とトップを確保した。
三人は口ぐちに、浩平を称えた。

「いや、おみそれしました」

「こりゃ、浩平君のひとり勝ちになっちゃうかも知れんな」

「18歳の学生の打ち方じゃないね・・・」

彩は、無邪気に喜び、自慢げに言った。
「浩ちゃん、すごーい!!
 お父さん、お金を立て替えるどころじゃないわよ」

浩平は、「ついていましたね」と正直な感想を漏らした。
実際に謙遜ではなく、ツキが味方したことは間違いない。
『これで、迷惑をかけずに完走できそうだ』と安堵した。

内村が、冷静に感心したように言った。
「ツキを確実にものに出来るのも、君の実力があってこそだよ」

半荘1回で、浩平は三人の腕はほぼ互角と観た。
後は、もう少し、三人それぞれの癖を掴み、応戦すれば大負けはせずに
済みそうだ。

午後6時半。妙子が、食事の支度が出来たと呼びに来て、30分ほど、
夕食を摂りながら休憩ということになった。
短時間で食べることができるように、カレーライスが用意されていた。
ここまで、半荘5回をこなしての成績。
浩平は、トップが1回、2着が3回、3着が1回。+62。
寿治は、トップが2回、2着、3着、最下位が各1回。+56。
内村は、トップが1回、3着が3回、最下位が1回。-47。
磯村は、トップが1回、2着が1回、最下位が2回。-71。
食事休憩後の残り時間は、約2時間。
多くても半荘3回できるかどうか。
まだ最終勝敗がどうなるかは分からない接戦。
浩平は、最下位を食らってもその1回で切り抜けられれば、数千円の
持ち出しで済みそうだ。
あわよくば、プラスで終えられれるだけのアドバンテージを手中にした。

「うちはね、カレーはポークなんだけど、浩ちゃんちは?」

「うちもポークだけど、こんなブロック肉なんかじゃないよ。
 ブタコマ(豚の小間切肉)だもの。あとは、やたらとジャガイモが
 多いんだよね」

「うちの具は、お父さんの好みだけどね」

妙子が口を挟む。
「家計を遣り繰りしている浩平君のお母さんの工夫よね。
 それでもやっぱり、お袋の味が一番でしょ?」

「まあ、何の疑いもなく、それが我が家ののカレーだと思って
 いましたから。
 もちろん、うまいと思って食べてますよ」

寿治が訊いてきた。
「浩平君は麻雀はをどこで覚えたんだい?」

「中学生の時に、同級生の自宅でご家族とやったのが初めてですね」

「それじゃあ、そこのお父さんが丁寧に教えてくれたのかな?」

「ええ、まあ。
 ただ、そのお宅でやっていたのは、役がなくても上がれるブー麻雀
 でしたし、とにかく断ヤオと、平和、対対和、七対子、清一と混一、
 あとは役牌だけをおさえて、それを 組み合わせればいいからという
 感じでしたね」

「今日の打ち回しは、相当場数を踏んでいなけりゃ無理だろう。
 きちんとした麻雀は、高校に入ってからかな?
 友達は皆、結構強いの?」

「きちんとしたルールと打ち方は、高校に入る前に本を読みました。
 ご存知だと思いますが、小島武夫っていう、プロ雀士が書いたもの
 です」

「ああ、小島武夫か。テレビの番組にもよく出てるね」

「深夜の公開対戦番組にも、打ち手としてよく出てますよね。
 そういうわけで、僕の師匠は、小島武夫ということになりますね」

「とは言っても、麻雀は実践が伴わないと上達しないよね」

「それは、まあ、高校で同級生に麻雀を広めたのは、僕ですから。
 やりたい一心でしたね」

「君が広めた相手との対戦ばかりじゃ、上達できないだろ?」

「はい。同級生と打つのは、遊びです。
 他の高校や夜学に通っている奴、高校に行かずにアルバイトをして
 いる仲間。まあ、世間的には落ちこぼれと言われている連中が出入り
 している独り暮らしのおじさんの棲家がありまして。
 おじいさんも、若い者が寄って来るのが嬉しいんでしょう。
 よく手作りのカレーや肉じゃがなんかを御馳走してくれながら、
 そこで、だいぶいろいろな連中と打ちました」

「その仲間は、同年代?」

「はい。主に中学校からの同級生や後輩、その仲間達です。
 それぞれに、いろいろと家庭的な問題も抱えていて、なかなか
 同年代の高校生の輪の中にも入れず、かといってワルにも
 なり切れず。社会からはみ出した連中がこっそりとたむろしている。
 そういう仲間たちです」

「そういう中に、なぜ君が入っていたんだい?」

「僕と同級の従弟がその中にいましてね。
 集まってもやることがないのなら、麻雀でも覚えろよ。一緒に
 やろうというのがキッカケですね。
 もちろん、麻雀だけではなくて、海や山にキャンプをしに行ったり、
 ロックバンドのコンサートに行ったりもしましたよ。
 落ちこぼれなんて言われていますけど、皆、気のいい連中ですよ。
 そういう経緯で知り合った、そこのおじいさんの紹介で、雀荘にも
 打ちに行きました」

「雀荘?まさか相手待ちのフリーの客と打ったりはしてないよね」

「打ちましたよ。ただし、雀荘のマスターが安全だと認めた人とだけ
 ですけど」

「ほう・・・。そのマスターも一緒に卓を囲むのかな?」

「そうですね。そいうことが多かったですね。
 マスターにもいろいろ教わりました」

「たとえば?」

「牌をかき混ぜて積んでいく時、裏返らずに牌の種類が分かる状態で
 転がっているものもあるわけですけど、それらが、どの山に積み
 上がっていくのかはきちんと見ておけとか。
 自分の傍に転がっている判別できる牌は、意識して自分の山に積んで
 どこにあるかを覚えておけとかですね。
 それを積み込みとは言わない。ルール違反ではないからと。
 他には、初見の複数の相手と打つ時は、相手が組んで仕掛けていない
 か注意しろとか・・・ですね」

「対戦した人の中には、どういう人がいたのかな?」

「様々ですけど、面白い人と言えば、暴走族のヘッドを張っていた奴
 がいましたね。
 身なりは、ごく普通の若いお兄ちゃんですし、いたってもの静かな
 男でしたよ。
 マスターから素性を明かされなければ、全く分からなかったですね」

「うん。どんな集団だろうと、リーダーを務めている人物は、
 そういうものだよ。
 外に吠えて突っかかって来るのは、たいがい下っ端でね。
 それだけのめりこんだ麻雀は、何が魅力だった?」

「自分の世界に入りながらも、思う様にはいかないところですかね?
 カードゲームなどでも同じことですけれど、相手がいることです
 から、自分の手作りに熱中するわけにはいかないですし。
 局面、局面で、場の状況に応じて打っていかないと、すぐに相手の
 術中にはまってしまいます。
 かと言って、ベタおりしていたら絶対勝てるわけはないですし、
 自分で上がらなければ確実に負けてしまいます。
 自分が上がることが、相手の上がりを阻止することにもなります
 から、その駆け引きと緊張感が心地いいですね」

「なるほど・・・。対戦式のギャンブルの基本ではあるな。
 それだけかい?」

「あとは、余計な人間関係や上下関係に煩わされなくて済むことです。
 卓を囲んでいる間は、年齢・性別や社会的な上下関係にかかわり
 なく、対等ですから。
 ルールに反することをしない限り、結果が全てすしね。
 それと、136枚もの数の牌が織り成す奥の深さと言うか、
 三人の対戦相手の思惑も絡んで、ひとつとして同じ局面はやって
 こないですから」

「結果が全てか・・・確かにそうだ。が、結果を出すために必要なのが
 プロセスだな。
 対等の土俵で勝負をして常に勝てるのは、勝ち方を知った人物だよ。
 勝つ方法をひとつ究めれば、あとは応用力。
 君も言ったとおり、ひとつとして同じ局面はないわけだから、
 応用力が大事になってくる。
 その応用力を発揮するには、それまでのプロセスの積み重ねが
 重要だね。ただ、勝った負けたと言う結果しか見れない者は、
 けして、それを次に生かすことはできない」

「・・・はい」

「君は、人間関係が煩わしいと言ったが、普通の高校生では偏りがち
 な同類の交友関係を超えて、いろいろな仲間を持っている様だね。
 彩や家内の話を聞いた限り、君は学校ではまじめで優秀な生徒として
 通っていたらしいじゃないか。
 先生の受けも良く、同級生との関係も良好だったと。
 いくら麻雀が好きだったとはいえ、なぜそんなに、はみ出した連中や
 大人の世界にまで交友関係を広げることができたのか。
 大人の人間関係を好まない君がだ。そこが不思議ではあるな」

「それは・・・普通は、いい大学に進学するために人一倍の勉強を
 したり、部活で頑張って、その分野で少しでもうまくなろうと、
 懸命に頑張ったり。そういう青春が羨ましいとは思いますけれど、
 僕には、これと言った取り柄も才能もありませんから。
 そういう意味では、何をやっても中途半端。僕自身がはみ出し者です。
 だから、世間では不良のレッテルを貼られた連中とも共感できます。
 学校内ではまじめというか、ルールを守ってきたのは、変なところで
 目を付けられたら、自由に動けなくなるし、窮屈になってしまうから。
 それだけですよ」

「何をやっても中途半端になってしまうというのは、君の体力面が
 影響しているのかな?」

「それもあります。でも、本質的にグウタラで飽きっぽい人間なんで
 しょう。
 彩さんとお付き合いするのに、相応しい男じゃないかも知れませんね」

「浩ちゃん、何を言ってるの!?」
黙って父と浩平の遣り取りを聴いていた彩が、たまらずに口を出した。

「相応しいも何も、彩が惚れて付き合ってくれっていったんだろ?」

「そうよ!!」

「だったら、親といえども無理に引き離すわけにはいかないじゃないか。
 君がグウタラで、彩がそういう君が好きなら、それをカバーするのが
 彼女としての役目だ」

「浩ちゃんは、けしてそんな人じゃない!」

「ハハハ、彩、むきになるな。分かってるよ。
 浩平君。人を見抜く目はね、私は妙子にはかなわないんだよ。
 その妙子が、一度会っただけで、将来は彩と一緒にさせたいと
 思ったんだ。私は、それを信頼している。
 会社でもね、いい素材を見つけるのは妙子の役目だ。
 私の役目は、その素材をどう活かしていくかなんだよ。
 君の麻雀の打ち方を見ていると、ここぞと言う時には、驚くべき
 集中力を発揮して、チャンスをものにしている。
 けれど、けして勢いに乗って大勝ちしようという欲を出さない。
 大局観に立って、想定されるゲーム数の中で負けなければいいと
 いう打ち方をしているだろう?」

「それは、・・・その通りですね。欲を出しすぎれば火傷もし易い
 ですし、達成できないときの落胆も大きいですから」

「それは、人間関係にも言えることでね。全ての成果を独り占め
 しようとすれば、結果として反感をもたれたり、嫉妬される。
 期待された成果を挙げながら、ほどほどのところで手を引く。
 戦略的には、それが最も効率がいい。
 だけど、それは余程の手腕と戦術眼という素養がないと難しい。
 また、自分の100%がどこにあるかを知らなければ、全力を出し
 切った経験の裏打ちがないと、抑え方、ブレーキの利かせ方が
 測れない。
 君は、それを意識せずに身につけてしまっているんだよ。
 君の生い立ちと、体に対するコンプレックッスと、ものごとを冷静に
 洞察できる素質、仲間を大事にする人柄。
 そういったものが、今の君の生き方によく顕れていると思うな。
 そして、それが麻雀の打ち方にも滲み出ているよ」

「・・・そうでしょうか。よく考えたこともないですけれど」

「君は、リーダーよりは、軍師、参謀タイプなのかな?
 目立つことを嫌うだろ?」

「プレッシャーに体がついていけないでしょうね」

「もっと積極的に、前に出てもいいと思うよ。
 多分、君を慕っている仲間は、それを望んでいるはずだ。
 さてと・・・。残り時間はあと2時間ちょっとか?
 決着をつけよう。
 大勝ちしてもいいから、遠慮せずにかかっておいで。
 勿論、こちらもそうはさせないように打ち回すけどね」

終盤戦の戦いが開始された。食事休憩前からのトータル6回目。

浩平が手作りする隙もないうちに、磯村の速攻を浴びて、南2局で、
浩平は?22,000点で最下位にいた。
磯村も前半のマイナスを取り戻すのに必死なようだ。

『この半荘は、ドンベでもいい。
 これ以上の失点を抑えて次に繋げないと、ドツボに嵌りかねない』
と、思っていた矢先に、寿治がとんでもないことを訊いてきた。

「そういや、浩平君、彩の抱き心地はどうだった?」

「お父さん!! 何てこと言ってるの!?」

彩が真っ赤になって怒りだした。
浩平は、平然を装って返す。

「いや、どうだと訊かれましても、彩以外は知らないですから」

「浩ちゃんも、応えなくていいの!
 もう、知らない!!」
彩が、恥ずかしさでプルプル震えながら、部屋を出て行ってしまった。

「それも勉強。私は構わんよ。
 他の女とそういうことになっても。
 彩に戻って来さえすればだが。
 ただ、彩には悟られないようにな。
 女は、勘がいいから、修羅場は勘弁だ」

「まあ、必要ないでしょ」

ポーカーフェイスを貫いていた浩平だったが、場に1枚も切られていない
「中(チュン)」をツモギリした。
とたんに、勢いづいていた対面で親の磯村から「ロン」がかかり、
打ち取られた。
平然としているようでいても、動揺は明らかだった。
「対々和(トイトイホウ)・小三元(ショウサンゲン)・ドラ3」。親の跳満(ハネマン)。
これで、浩平はスットビ。ウマを加算して、?80(×千点)。
トータルでも、一気に?18に転落した。

次の半荘も引きずったが、何とか3着で踏みとどまった。
トータル?47。
時間は、午後8時。
「次で、最後かな」という声がかかった。

浩平は、トイレに立ち、気合いを入れ直した。
リビングでは、彩がまだおさまっていない。
プリプリと怒りながら妙子と話している。
深呼吸をして、席に戻った。

最後の半荘は、接戦だった。
前の半荘は、内村がトップを取り、寿治がドンベに沈んだため、もし、
この半荘で浩平がドンベに落ちれば、独り負け状態になりかねない。
南一局。
浩平の配牌は、バラバラ、8種9牌で流してしまうには、1牌足りない。
『狙うか・・・。ツモ次第で、「混全(ホンチャン)」に切り替え・・・』
面白いように「一・九・字牌」を自摸(ツモ)ってくる。
6巡目、聴牌(テンパイ)してしまった。
「一索(イーソウ)」が頭。「南」待ち。
十三面待ちなら、ダブル役満。
どうせ、捨て牌からこちらの手は読まれている。
出てくる確率は、限りなくゼロに近い。
『しかし、流れは、俺に味方している』
浩平は、頭の「一索」を切った。
他の三人が、その捨て牌に注目している。
磯村が呟いた。
「テンパったかい? 今日初めての役満は、勘弁だね!」

9巡目。「南」を引いた。
「リーチ」。浩平は静かに千点棒を河に投げ入れ、牌を伏せた。
「振り聴(フリテン)」だが、どうせ振り込む者はいない。ツモるのみ。

「降りたくなかったなあ・・・」
内村が愚痴りながら、安牌(アンパイ)を出す。

12巡目。最後の「白(ハク)」を引いた。
「申し訳ありません」
浩平は、「白」を伏せ牌の右脇に置き、静かに伏せていた牌を開いた。

親の寿治がたまらずに叫ぶ。
「オイオイ、十三面待ちかい?
 最後の最後に・・・。いじめた仕返しか?」

寿治のスットビで終局。
浩平は、+92。トータル+74に押し上げた。
内村と磯村は、ほぼトントン。
この麻雀をセットしたホストの寿治が、ゲストで娘の恋人である浩平に
小遣いを渡すようなかたちで結着した。

磯村が感嘆した。
「いやあ、国士の十三面待ちは、初めて見せてもらったなあ・・・。
 普通、聴牌を崩してまで持っていかないだろ。
 常識じゃ測れない男だね、君は」

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