10月7

殴ってしまったのは・・・

流れを無視してなんとなく思い出した修羅場体験。

二年前、バイトの残業で遅くなった日の事。
残業が思ったよりキツくてバスの中でぐったり。
気付いたら終点のバスターミナルまで寝過ごしてしまった。
慌てて引き返そうとするも遅い時間なもんでもうバスが無かった。

ここで簡単に図解。
□――□―――――□―――□
左からターミナル、彼女の部屋、俺の家、バイト先

路線は違うんだけど、まぁ大体こんな感じ。
俺の家まではタクシーで行くと結構かかる。
それなら彼女の部屋に泊めて貰おうと思い付いて家へ向かった。
向かう途中でその旨を連絡しようと携帯に電話……が、出ない。
アパートに到着してみたら電気は消えてる。
「もう寝てるかな…でもまぁ合鍵も持ってるし、床ででも寝させてもらって明日の朝に詳しい事情説明すればいっか」
そんくらいの軽い気持ちで部屋に入った。
思い返すと自己中だが、もうクタクタで一刻も早く休みたい気持ちで一杯だった。

で、合鍵使って起こさないようそっと部屋の中へ。
靴を脱ごうとして…ここで異変に気付く。
玄関に男物の靴が…

もう残業の疲れとか休みてえーとかいう気持ちが全部吹っ飛んだ。
俺は浮気とか絶対に許せないタイプ。
自分も絶対にしないし、もし彼女がしたら彼女も相手の男もぶん殴ると決めてる人。
なもんで躊躇無しにズカズカと部屋に踏み込んで電気ON。
部屋の隅っこのベッドの上には彼女と、見た事の無い男が一緒に寝ていた。
ここで正気が完全に無くなった。
怒りに任せて男をベッドから引きずり出した。

そして以前からの決め事を実行。
ベッドから落ちて流石に目が覚めた男を思いっきり殴りつけた。
いきなりの事に混乱してるっぽいそこにマウントで圧し掛かって殴る殴る。
ここで彼女も起きた。
男同様混乱してたようだが状況を理解したらしく、

「違うの!違うから!やめて!」

と叫んでいたが俺は全く聞く耳を持たない。
すっこんでろ!と一喝。
その剣幕に脅えたのかベッドから降りて逃げ出す彼女。
俺、ノンストップボコボコ。

が、それはその後すぐ彼女に止められる事になる。
逃げたかと思いきや全然違った。
彼女は台所に包丁を取りに行っていたらしい。
戻って来た彼女は包丁構えて

「やめて、違うから!やめて!」

と叫ぶ。
しかしそんな定番の台詞は無視。
むしろそんなこいつ大事なら俺を刺せや、と。

「違うから!それ弟だから!私の弟だから!」

はいはい定番定番。
そんな訳ねぇ、こいつは有罪だとボコボコを続行。
…しかけた所で以前彼女から聞いていた彼女の家族構成を思い出した。

俺「…お前名前は?」
男「……○○だよ」

名前、合致。
顔、そこはかとなく似ている。
年齢、彼女よりちょっと下くらい。
冷静に彼女と男を見たら二人とも普通に服着てるし怪しい所は無い。

どう見ても以前聞いた彼女の弟です、本当にありがとうございました。

急にだらだらと流れる冷や汗。
俺が事情を飲み込んだ事を理解したらしい彼女は無茶苦茶怒った目で睨んでくる。
包丁で今にも俺を突き刺しそうな感じ。

俺は慌てて弟君から飛び退いた。

弟君を見るとかなりやりすぎた様子。
鼻と口から血がタラー。
口の中切ったのかと思ってたら歯が折れてたし。

彼女が弟君を手当てしつつ事情を説明してくれた。

まとめるとこうだ。
・彼女にこっぴどく振られて傷心の弟が訪ねてきた。
・慰めるために一緒に呑んだ。
・眠くなったので一緒に寝た。

そして俺の行動をまとめるとこうだ。
・事前連絡無しで部屋に上がりこんだ。
・弟君を浮気相手と勘違いしてキレた。
・傷心の弟君を歯が折れる程ボコボコにした。

目の前には今にも俺を刺しそうなくらい怒ってる彼女と、
色々ぶり返してきたらしく「俺が何したってんだよ…」と泣き出してしまった弟君。
土下座以外何も思いつかなかった。
床にガンガン頭叩き付けて必死で謝罪を繰り返した。

俺の処分はとりあえず保留された。
何故かって弟君の泣きっぷりが尋常じゃなかったから。
俺が全面的に悪い、好きなだけ殴ってくれて構わない、と言っても腕を振り上げられないくらいに泣いてる。
泣き止んだと思ったら今度は欝患者レベルでどんより落ち込む弟君。
必死でそれを慰める彼女と必死に土下座しつつ励ます俺。
それを朝まで続けて、ようやく弟君の精神状態が少し上向きになった。

で、処分保留のまま病院へ。
治療費は当然全額俺。
歯以外は大した事が無くて本当に良かった。
病院の帰りには弟君はそこそこ元気を取り戻していた。
そこでもう一度「好きなだけ殴ってくれ」と言ってみた。
玉を一発殴って「知らなかったんだし、姉ちゃんの彼氏だしこれでいいよ」と言ってくれた彼は本当に出来た人間だと思う。
…本当の事を言うと悶絶しててよく聞き取れなかったけど多分そう言ってたと思う。

次の日には怒ったままの彼女と、何故かそこそこ打ち解けた弟君と一緒にご両親に顛末の報告+謝罪しに行った。
ご両親+彼女の意見は
「こんな暴力的な奴とは今すぐ別れろ!(別れる!)」
それが当たり前だと俺も思ったので土下座したまま謝罪する他無かった。

そこを取り持ってくれたのは弟君だった。
「俺を殴っちゃったのは、それだけ姉ちゃんを大事に思ってたからだよ」
「もうちゃんと謝ってもらったし、大した事無かったから」
と。
土下座する俺を庇ってご両親+彼女を説得する弟君。
自分を殴った相手を庇えるなんてと呆然とした。
同時に、そんないい奴を勘違いで殴ったのかと、不覚にもボロボロ泣いてしまった。

だが結局誰にも許してもらえず俺は彼女の家を叩き出された。
しばらくは自分が情けなくて情けなくて、一時期は自殺まで考えた。
それを救ってくれたのは弟君。
俺がダメになってる間も説得を続けていてくれて、なんと彼女を俺の家に連れてきてくれた。
自分が振られて泣きついたせいで二人が別れる事になるなんて良くない、もう一度落ち着いて話し合うべきだ、と。
どう考えても責任は俺だけにあるのに。
そこでまたガキみたいにワンワン泣いてしまった。

それから大分長いこと彼女とはギクシャクしていたけど、いつの間にか元通りになった。
今では弟君を交えて酒を呑む時の定番の笑い話になっている。

…修羅場体験というより俺の馬鹿さ披露だな。
久々に自分が恥ずかしくて落ちそうになったんで吐き出させてもらった。
自分では端折ったつもりだったけど大分長くてゴメス。
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