05月27

自分とKさんの授業中の戦い(オシッコ的な意味で)

あれは高校1年の冬の日。
5時間目の数学の授業が始まって10分後、自分は後悔していた。
トイレに行きたくなってしまったからだ。
どうして休み時間に済ませておかなかったのか。
高校生にもなって「先生、トイレ!」は恥ずかしい。
しかも数学の先生は、厳しいことで有名だ。
なんとか我慢するしかない。
そう心に決め、自分と膀胱との戦いが始まった。

授業開始から20分。
尿意はだんだんと強まっていく。
このまま最後まで頑張り通せるのか。
不安と恐怖が心に広がっていく。
と、その時だった。
隣の席に座るKさんが、自分にノートの切れ端を渡してきたのだ。
一体何だろう?
疑問に思いながら切れ端を見ると、そこにはこう書いてあった。
『○○君もトイレ?』

バレてる!
身近な女子にトイレに行きたい事がバレてる!
恥ずかしさで心がいっぱいになる自分。
が、しかしそこで、ふと自分は冷静になった。
○○君『も』?
そこで自分もノートを千切り、こう書いてKさんに渡した。
『Kさんもトイレ?』

自分からのメモに目を通したKさんは、コクリとうなずいた。
そして続けて、次のメモを渡してきた。
『我慢できなくなったら、一緒に行こう?』
どうやらKさんも、授業中のトイレは恥ずかしいらしい。
いや、厳しい先生の授業中に、一人で抜けるのが怖いのか。
とにかく自分は、再びノートを千切り、メモをしてKさんに渡す。
「とにかく、頑張れるところまで頑張ろう」

Kさんはまたコクリとうなずき、そのまま俯いてしまった。
自分も、他人を気にしている余裕はない。
どうにか授業に集中し、尿意を紛らわせようとする。
あと30分。
長い長い戦いは、始まったばかりだった。

しかし時間は刻一刻と過ぎ、授業終了まで残り10分となった。
絶えず押し寄せてきた尿意も、今は多少引いている。
これなら最後まで我慢できる。
そう思った時だった。
隣の席でせわしなく体を動かしていたKさんから、三度メモが渡された。
『もうガマンできない。一緒にトイレに行って』

どうやらKさんは、俺より先に限界を迎えたらしい。
しかし自分はKさんと違って、最後まで我慢できそうなのだ。
そう思った自分は、申し訳ないと思いつつ、Kさんにメモを返した。
『ごめん、こっちはガマンできそうだから』

するとKさんは即座に、渡したメモに字を書き殴り、自分に渡してきた。
『お願いだから!』

Kさんの顔を見ると、顔面蒼白で涙目だった。
訴えるような視線を、自分に向けてきている。
そこまでして、一人ではイヤなのか。
しかし自分も、やっぱり授業中のトイレは恥ずかしい。
どうすればいいんだろう。
そう考えた時だ。
体を震わせていたKさんが突然、ニヤリと笑みを浮かべた。
何だ!?
そう思った瞬間だった。

「っ!?」

授業中にもかかわらず、思わず自分は悲鳴をあげそうになった。
Kさんが自分の脇腹に手を伸ばし、こちょこちょとくすぐってきたからだ。
思わぬ刺激に体が震え、身を捩る自分。
どうにか声を出すのを耐え、教室中に間抜けな悲鳴が響くという事態は避けられた。
しかし、膀胱は刺激に従順だった。
引いていた尿意が、一気に押し寄せてきたのだ。
急激な尿意は、自分の精神を一気に蝕んだ。
ヤバイ。
これはヤバイ。
おもらしの危機だ。
そう思った自分は、慌てて立ち上がり、先生に言った。
「先生、トイレに行ってもいいですか?」

そう自分が言った瞬間、すかさずKさんも立ちあがり、言った。
「先生、私もトイレ言ってもいいですか?」

立て続けのトイレ発言に、クラスは爆笑の渦に包まれた。
厳しいことで有名な先生も、これには呆れ顔だった。
「仲良いなお前ら。早く行って来い」
先生からの許可が下りた瞬間、自分とKさんは揃って教室を飛び出して行った。

この日ほど、教室が廊下の端っこにあったことを恨んだことはない。
自分とKさんは、手で股間を押さえながら、廊下をダッシュしていた。
みっともないことこの上ない恰好だったが、そんな事を考えてはいられない。
自分の膀胱は、悲鳴をあげ、いつ溢れても仕方ない状態だった。
それはKさんも同じらしく、苦悶の表情を浮かべている。
「ああ、もれちゃう。もれちゃう」
内股で悶えながら廊下を駆ける自分とKさん。
永遠とも思える苦痛の時間だった。

どうにかこうにかトイレまでたどり着いた時、Kさんが言った。
「最後まで頑張ろうね。帰るまでが遠足だよ!」
誰のせいでこんな状況になったと思ってるんだ!
そうツッコミたかったが、そんな余裕はなかった。
便器にたどり着いた自分は、慌ててズボンのチャックを下す。
壁に隔てられているはずの女子トイレからは、バタン! と大きな音が聞こえた。
ズボンの隙間から自分のモノを露出させた瞬間、もの凄い勢いでオシッコが噴射された。
ほとばしるオシッコが便器を打ちつけ、苦しみが急速に消えていく。
この瞬間は正直、人生で一番気持ちよかったかもしれない。

自分が男子トイレを出るとの、Kさんがトイレを出るのは、ほとんど同時だった。
「……どうだった?」
恐る恐るKさんに聞くと、Kさんは照れたように答えた。
「ギリギリセーフ……。スッキリしたぁ……」
うっとりとしたKさんの表情。
正直、かわいいな、と思ってしまった自分がいた。
そしてKさんは、自分に向かって手を差し出した。
「私たち、勝ったんだね! やったね、○○君!」
「うん。お互いに、もらさなくてよかった……」
そう言って、Kさんの手を握る自分。
が、そこで自分は気がついてしまった。
「って、元を正せば、くすぐったKさんのせいでしょ!」
「細かいことは気にしない! ほら、早く教室に帰ろ!」
Kさんはにっこりと笑い、教室に向かって走っていく。
釈然としないものを感じながら、後を追いかける自分だった。

ちなみにその後の休み時間は、男友達にからかわれっぱなしで心底参った。

Kさんが感謝の言葉を述べてきたのは、授業が全て終わった放課後だった。
「今日は、一緒にトイレに行ってくれてありがとう」
「行ってあげたというより、無理矢理行かされたんだけど」
「やっぱり、○○君も脇腹が弱いんだね」
「ん? ○○君も? それじゃあKさんも弱いの?」
「そりゃあ弱いよ。っていうか、女の子ならみんな弱いと思うよ」
「ふ?ん」
自分の中に、邪悪な考えが浮かんだ。
周りに人がいないことを確認し、自分はすかさず実行に移した。
「よくも授業中にやってくれたな?! こちょこちょこちょ!」
「キャッ! タハッハッハッハッハ?!?」
Kさんの脇腹へのくすぐりに、敏感に反応した。
身を捩って逃げようとするKさんを押さえつけ、自分はさらにKさんをくすぐる。
「キャッハッハッハッハ? やめて?!」
「やめてほしかったら、ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなさい?! 私が悪かった! だからくすぐらないで?!」
その言葉を無視し、自分はKさんを一分間くすぐりの刑に処した。
息も絶え絶えになったKさんは、自分に言った。
「さっきの授業中より、今のくすぐりの方が苦しかったよ……」

そして、それから数年が経った。
自分とKさんは同じ大学に進み、何の因果か、今では一応お付き合いをしている。
デートは何回もしているけど、いまだにエッチはしていない。
いずれは勇気を出して頑張りたいと思っている。

デート時の自分とKさんの合言葉は、たったの一つ。

「トイレはガマンしちゃダメ! 行きたくなったらすぐに言おう!」

終わり
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