結婚して5年ほど子作りを頑張りましたが、結局授かれませんでした。さすがに何か問題があるのではないかと、夫婦で検査を受けました。結果、私に問題があり、自然受精は難しいという結果でした。
しかし、この時に難しいという言葉で説明を受けたことが、私達の人生に大きな影響を与えたと思います。難しいということは、可能性があるということだ……私達は、そんな風に考えるようになってしまいました。この場合、医者が言う”難しい”という言葉は、可能性がないという意味だったのだと思いますが、私達はそう考えることが出来ませんでした。
私も嫁の真子も、それまで以上に子作りに励むようになり、子宝に効果があるとされる神社仏閣、温泉などにも行ったりするようになりました。もちろん、食べ物などにも神経質なまでに気を使い、必死で子作りをしました。
しかし、授かれませんでした。私も妻も消耗するばかりで、徐々に家庭の中の明るさまで消えていきました。
そんな中、人工授精を含めた子作りのことを考えるようになりました。でも、例え私の精子だとしても抵抗がありますし、私の精子では人工授精でも難しいかもしれないと思いました。
そんな中、会社の取引先の仲の良い人に、ある治療院を紹介されました。そこは、一応は泌尿器科という事なのですが、表立っては出来ないような治療をしているという話でした。ネットで調べてみても、そこはごく普通のクリニックで、その人が言っているような治療をしている気配もありませんでした。
その人も、あくまで噂で聞いただけだと言っていたので、噂は噂でしかないのだろうなと思いながら、まずは私だけが相談に行きました。そのクリニックがあるのはテナントビルの3階で、1階が喫茶店にラジコンショップ、電子パーツ店、そして2階が古着屋さんというよくわからない構成のビルでした。
そして、3階は医療関係で固められていて、歯科、内科、形成外科がありました。ただ、平日の夕方ということもあるのかも知れませんが、ビル全体が閑散とした雰囲気で、その泌尿器科クリニックも営業しているのかな? と思ってしまうような感じでした。
クリニックに入ると、小太りの30代半ばくらいの受付嬢が、ニコリともせずに事務的に受付をしました。その後、患者は私しかいないのにもかかわらず、15分近く待たされ、やっと診察室に呼ばれました。
ドクターは、いわゆるチビ、デブ、メガネという三要素を持った男性でした。年の頃は40代半ば、もしかしたらもっと若いのかも知れませんが、そんな見た目です。
「初めまして。ところで、ウチのことはどこで聞いたんですか?」
ドクターは、まず先にそんな質問をしてきました。目が泳ぐような感じで話す彼は、何か怯えているように見えました。私は、正直に取引先の人から聞いたと伝えました。
「……どんな話を聞かれてます?」
落ち着きのない感じで聞く彼。ドクターの威厳のようなものは感じません。まるで、資金繰りに追われる工場の経営者という感じです。
私は言葉を選びながらも、このクリニックで器具を使わない人工授精が行われているという噂の話をしました。
「はっは。そんな噂話があるんですか。初耳ですね」
ドクターは、少し落ち着きを取り戻した様子で言います。
「やっぱり噂話ですか……。そうですよね。そんな事あるわけないですもんね」
私は落胆しながらいった。すると、しばらく沈黙が流れた後、
「200万……いや、現金なら100万……50万円用意出来ますか? 50万すぐにお支払い頂けるなら、その噂話は現実になると思います」
ドクターは、激しく眼球を動かしながらそう言いました。
私は、ただならぬ気配に気圧されながらも、ドクターの言葉にウソはないと直感し、同意しました。そして、その後ドクターから受けた説明は、私の予想を超えていました。ひと言で言うと、妻に他の男性が種付けをする……そんな内容でした。
血液型はもちろん、DNA型まで考慮した上で、経歴、人柄など、厳選された人物が妻とセックスをするという話は、最初は荒唐無稽に感じました。でも、データを見せながら熱弁を振るう彼に、私はいつの間にか引き込まれていました。
ドクターからは、治療を勧める熱心さ以上のものを感じましたが、私はこの方法で生まれてきた子供達の写真を見せられ、この話に同意しました。
自宅に帰り、この話を妻に説明しました。私は、一笑に付される覚悟でしたが、妻は即決でこの話に乗ってきました。驚いている私に、
『私も、同じこと考えてたの』
と、妻は言いました。話を聞くと、代理父のようなものをイメージしていたそうです。ただ、さすがに誰かとセックスをすると言うことまではイメージしていなくて、他人の精子で人工授精というイメージだったそうです。
そして、妻は条件を出してきました。それは、具体的にどんなことをしたのかは聞かないことと、授かった子供は100%私の子供として育てていく事……です。私としては、異存はありませんでした。そもそも、妻が他の男性とどんなことをしたのか聞きたいとも思いませんですし、どんな形であっても妻に赤ちゃんが出来れば、それは私の子供です。
話し合いはそんな風に結論を得ました。そして、私達はすぐに行動に移しました。ドクターに電話をすると、さっそく次の日に契約をするということでした。そして、話の通り現金で50万円を持っていく流れになりました。
我が家の経済状況から見れば、50万円はそれなりの大金です。でも、内容に対して安すぎるなと思っていました。ドクターは、何か資金繰りで追い詰められているのかな? と、感じましたが、今さら後には引けませんでした。
お金のことでの不安はありましたが、ドクターはお金を受け取ると、一転して真面目な顔になり、ドクターらしい雰囲気で説明を始めました。そして、ドクターから提案された男性は、京大出身で、一部上場のIT関連の企業に勤める32歳の男性でした。ファイルの中には写真もあり、なんとなく私に雰囲気の似た、人のよさそうな男性でした。
「では、奥様にはこれを読んで頂いて、日程を調整します。奥様には、くれぐれも体調管理をしっかりして頂くようにして下さい」
ドクターはそう言って、A4サイズのファイルを渡してきました。目を通すと、基礎体温の測り方や食生活のことなどが分かり易く書いてありました。ただ、ドクターが個人で作ったにしてはしっかりとした内容と装丁で、私は何か大がかりな組織というか、フランチャイズのような感じなのかな? と、感じました。
確かに、考えてみればドクター1人のコネで、たくさんの精子提供者を確保出来るとは思えません。しかも、このクリニックでの精子提供は、提供者とセックスをするということですので、ますます人集めは難しいはずです。
そんな疑問を持ちながらも、逆にそんなバックグラウンドがあるのであれば、逆に安心なのかな? と思いました。
妻は、私が持ち帰った説明書を読むと、すでにやっていると言いました。そして、すぐに彼女は4日後が可能性が高い日だと言いました。
私はそれを聞き、すぐにドクターに電話をしその内容を説明しました。その結果、その日に実行することが決まりました。と言っても、その日一回だけでは可能性が低いので、その日と2日後にもう一回することになりました。
『あなた、嫌いにならないで下さいね』
妻は、不安そうな顔で言います。気丈に振る舞ってはいましたが、いざ日程が決まり現実味を帯びてくると、不安な気持ちが隠せないようです。
私は、妻を抱きしめて大丈夫だと繰り返し言いました。
そして当日、私は妻を指定された場所まで送りました。そこは、かなりグレードの高いマンションでした。指定された部屋の番号をインターホンで押すと、なにも言わずにエントランスの自動扉が開きます。私は、
「頑張ってね。イヤだったら、やめてくれても良いから」
と言い、彼女を送り出します。
『行ってきます。あなた、終わったら電話しますから……』
そう言って、妻はロビーに入っていき、私は車に戻りました。私は、涙が流れるのを止められませんでした。私が不甲斐ないばかりに、妻をツラい目にあわせてしまう……。そんな気持ちで胸がいっぱいになりました。
子作りの為とはいえ、自分の妻を他の男性に抱かせる……。狂っていると言われてもおかしくないかもしれません。でも、追い詰められた私と妻は、それが正解だと思っていました……。
そして、2時間ほど経過し、私の携帯電話が鳴りました。
『お待たせしました。すぐに戻ります』
妻は、小さな声で言いました。私は、妻のその様子に、本当に実行したんだなと感じました。足元に大きな穴が開いたような気持ちになりました。
そして、5分程度で妻は私の待つ車に到着しました。助手席に乗り込むと、
『あなた……。お待たせしました』
と、一見いつも通りの感じでした。でも、顔色が青白く、少し震えているような感じがします。私は、思わず”どうだった?”と、聞く寸前でした。でも、妻との約束を思い出し、お疲れ様とだけ言うと車を走らせました。
「どうする? 食事でもして帰る?」
私は、努めて明るい口調で言いました。妻は他の男とセックスをして、膣中に精液を注ぎ込まれてきたばかりです。いまも、膣の中には他の男性の精液が入っているはずです。そう思うと、胸が張り裂けそうになります。
『ううん。すぐに帰りましょ。あなた、すぐに抱いて下さい』
思い詰めた顔で言う妻。私は、黙ってうなずきました。それは、妻との約束でした。他の男性に注がれた後、すぐに私も妻を抱く……。それは、授かった赤ちゃんが私の赤ちゃんだと思えるようにとの、妻からの提案でした。
確かに、私の精液の中にもわずかながら精子はあります。可能性はゼロではないはずです。そんな事を考えながら、私はまっすぐに家に帰りました。
『先にベッドで待ってて下さい。シャワー浴びてきますから』
妻はそんな事を言いました。私は、言われるままに寝室に移動し、服を脱いでパンツ一枚でベッドに潜り込みました。
いま、妻は他の男の痕跡を消す為にシャワーを浴びている……。そう思うと、どうしても焦燥感のような気持ちが湧いてきます。そしてしばらくすると、妻が戻ってきました。妻は電気を消してくらくすると、すぐにベッドに潜り込んできます。妻はベッドに潜り込む寸前、身体に巻いたタオルも外して全裸になりました。
電気を消しても、ベランダからの明かりが部屋を照らしています。薄明かりの中で見る妻の裸体は、いつも以上になまめかしく感じました。
『あなた、すぐに来て下さい……』
妻は、切なげな顔で言います。私は、言われるままにすぐに彼女に挿入しました。愛撫もなにもしていませんが、ひきつる感じもなくスムーズに膣中に挿入出来ました。私は、不思議に思いました。なぜ濡れているのだろう? まだ性的な刺激をしていないのに、どうして? そんな事を考えてしまいました。
『あっ、あなた、愛してます』
入れるとすぐに妻はそう言ってくれました。真っ直ぐに私を見つめ、泣きそうな顔です。