目覚めたとき、僕の身体は変わっていた。
そもそも、人間じゃなくなっていた。
剣。
しかも大剣である。
一般人が振り回そうとしたら肩を外してもおかしくない代物だ。
何故剣になってしまったのかはわからない。
妖精の悪戯か、はたまた質の悪い悪魔に目を付けられたか。
戻る当てなどひとつたりとて存在せず、今日も今日とて、敵を斬るだけである。
僕の剣としての特性は2つ。
ひとつは、非常識なまでに頑丈だということ。
今まで様々なものを斬ってきたにも関わらず、刃こぼれひとつしていない。
もうひとつは、使用者の身体を操れるということ。
強制力はそれほどでもないが、使用者が身体を任せてくれれば、
まるで自分の身体のように使用者の体を動かすことが可能となる。
そして、僕が使用者の身体を操っている間は、剣――僕のことだが――は羽根のように軽くなる。
使用者の身体が強化されてるのか、僕の刀身が軽くなってるのかは曖昧だが、
まるで木の棒を振るうかの如く、自身を振り回すことができるようになる。
人間だった頃は、一応剣術道場の師範だったので、
僕が操っている間の使用者は、かなりの強さを誇ることになった。
今の、少女のように。
横薙ぎ一閃。
魔獣の首が宙に舞う。
身体を反転させてもう一匹の襲撃に備える。
相方が瞬時に殺されるとは思っていなかったのか、戸惑ったまま中途半端な突進を仕掛けてきた。
下段への一撃。
四つ足の魔獣は反射的に跳んで避け――切り返しの一撃で胴を斬り裂かれた。
『……ふう』
2匹共に絶命したことを確認してから、構えを解く。
「お疲れ様です」
『うん。それじゃあ身体を返すね』
「あ……」
少女は、残念そうな顔をした。
『……ユウ?』
「いえ、もう少しお貸ししていてもよかったのですが……」
もう敵はいなくなったのにどうして、と訊ねると。
少女は恥ずかしそうにはにかみながら。
「いえ、貴方に操られているというのが、その、いいんです」
そう、言った。
「うわわ、剣が喋った!?」
がしゃん、と石畳の上に放り出された。
痛みは感じないが、衝撃で視界が揺れてしまう。
「あ、ごめん、痛かった?」
少女はおっかなびっくり、僕に再び手を伸ばしてきた。
『大丈夫』
「……うわあ、やっぱり喋ってる。どっから声出てるんだろ?」
『持ってる人に直接意志を伝えてるだけで、音が出てるわけじゃないよ』
「……難しいことはよくわかんないや。それより、こんな所に喋る剣があるなんてなあ」
少女は暗がりの中、周囲をきょろきょろ見回している。
どこをどう見ても物置である。確かに、こんな所に喋る剣が放置されているのは奇妙だろう。
「しっかし、喋る剣となると、やっぱりそれなりに値が張るのかな?」
『売られたことはないから、値段はわからないなあ』
「あはは。キミ、面白いね」
『それはどうも。で、お嬢さんはどうしてこんな所に?』
ここは貴族の屋敷の奥にある、何の変哲もない物置の中だ。
少女の格好は、薄汚れたボロ布を一枚身に付けているだけである。
手足は擦り傷だらけで、まるで何かから逃げてきたかのようだ。
「ん。逃げ出したんだけど追いつめられちゃってね。
きっと捕まって殺されるだろうけど、その前にちょっぴり抵抗してるとこ」
『……諦めているの?』
「だって、どうしようもないもん。
警備兵だってたくさんいるし、門を飛び越えることもできないしね」
『……生き延びたい? ここから、逃げ出したい?』
「? そりゃ勿論。でも、どう考えても無理だもん。
もしボクがキミを使えるくらい強かったら、ひょっとしたら逃げられるかもしれないけどね」
どうせ無理だと割り切っているのか、それともただの空元気か。
少女は驚くほどあっさりしていて、明るい笑顔をボクに向ける。
『――取引しないか。
僕は、今、本来の持ち主と離ればなれになっちゃってるんだ。
だから、僕が持ち主の所に辿り着けるまで、僕を持って旅をして欲しい』
「は? 何言ってんの、キミ」
『もし、僕をここから持ち出してくれるのであれば、僕は君を、ここから逃がしてあげる。
――僕が君を、助けてあげる』
「すごい! すごいすごいすごいすごい!
キミって凄いよ! 伝説の魔剣か何かなの!?」
『伝説になった覚えはないけど。そんなことより、約束、忘れないでね』
「わかってる! 私も、外に出てみたかったんだ!
キミの持ち主が見つかるまで、一緒に旅をしよう!」
『うん。ありがとう』
「こちらこそ! わたしはテン。これからよろしくね!」
「――見つけた!」
聞き覚えのある、声がした。
「うわ!? ちょ、いきなり何なんだよっ!?」
僕を取られそうになったテンが、相手を引き剥がして睨み付ける。
「し、失礼しました。ですが、貴女の持っているその剣――」
「何だよ。コイツはボクの相棒なんだからね!」
『待って、テン。その人は――』
「私が、その剣の正式な所有者です。
お金はいくらでも払います。ですから、どうかその剣を返してください。
私にとって、その剣は、無くてはならないものなのです」
『ユウ……』
「え……嘘……」
テンとの約束は、僕の本来の持ち主を見つけるまで一緒に旅をすることだ。
随分と長い間テンに運んで貰ったが、これでようやく、彼女を自由にしてあげられる。
と、思ったら。
「……やだ」
『……テン?』
「コイツの相棒はボクだ! ぜったい、誰にも渡さない!」
そう叫んで。
テンは、僕を両手で握り、持ち上げて。
僕に操られるのではなく、歯を食いしばって、自分の力で。
切っ先を相手――ユウに突き付けた。
テンの予想外の言動に、僕はただ呆然としてしまう。
そんなテンに向かって、ユウが口を開いた。
「いいえ、貴女にこの剣は相応しくありません!
この方に相応しいのは私です。四の五の言わず、返しなさい!」
テンの言動も予想外だったが。
ユウがここまで言葉を荒げるのも、初めて見た。
僕を間に挟み。
少女2人が、睨み合っていた。
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