俺の名はコースケ。幼なじみのさくら(仮名)の話を書きたい。
俺は田舎町で育ったので、さくらとは幼稚園から中学校までずっと同じクラスだった。小さい頃は俺の遊び相手はほとんどさくらで、ままごととかをして遊んだ。初めて好きになった異性もさくらだった。親によると、俺は小学1年ぐらいから「さくらちゃんと結婚したい」とか言っていたそうだ。
月日は流れ、高校3年の終わり頃に告白してつきあい始めた。
大学に入ってからはお互い一人暮らしを始め、遠距離恋愛になった。バスで4時間ほどどの距離なので、めったに会えなくなった。
初めてさくらの家に泊まった時のことは今でも鮮明に覚えている。言うまでもなく、頭の中は「あれ」でいっぱいだったので、コンドームを買って荷物の中に入れておいた。
寝る時間になった。さくらはベッドに。俺は布団を敷いてもらって寝た。
ありったけの勇気を振り絞って言った。
「さくら、そっち行っていいかな?」
「ん、いいよ」
隣で寝た。チャンス到来と思い、さくらが好きでHがしたいことを伝えた。さくらは「でも(コンドームが)ないから、ちょっと今日は無理。」とのことだった。
「俺持ってきた。」と言うと、すごい長い間があって「いいよ」とのことだった。
だいぶ鈍い俺だが、これは恋人にするリアクションじゃないなと気が付いた。さくらの中の俺ってそういうことしない友達のポジションなんだなと。でもまあいいやと思い、始めた。
しかし、ぜんぜんうまくいかなかった。さくらの体は準備OKだったのに、俺のがうまく勃たなくてできなかった。内心打ちひしがれたが、さくらがやさしい言葉でフォローしてくれた。
1か月後ぐらいに、今度はさくらが俺のアパートに泊まっていき、そこでなんとかセックスができた。
だがこの幸福は長続きしなかった。後で冷静に考えると、単なるうつ病の症状だったとわかるのだが、その時俺は急激に死にたくなって恋愛どころでなくなったのだ。
当時の俺の頭の中は「死ぬ前にさくらと別れておけば、残されたさくらの心理的負担が減るはずだから、まず別れておかないと」とのことだけだった。
次にさくらに会ったときに、「司法試験に集中したいから、そのためには恋愛どころじゃないから、別れてほしい。」と言った。
さくらは割とあっさりと承諾した。
ただ、別れることはできたが、死ぬことはそう簡単ではなかった。ていうか死ねなかった。
俺の大学時代の成績はひどいもので、本気で退学を考えるほどだった。しかし何とか1年は留年したが卒業できる見込みになった。
そんな時、さくらから「会いたい」と連絡があった。
さくらが俺のアパートに来るのは久々だ。会えるのはうれしいけど、何をしに来るのだろうと思っていた。
主な用件は結婚の報告だった。あ、そういうことかと思った。
さくらの話はこんな感じだった。
「コースケに別れを切り出されたときに、本当は「捨てないで」って言いたかったけど、ちょっと私も意地になって、言えなかった。そのあともずっと好きで、雑誌の広告によくある、「願いがかなうネックレス」とか買って「コースケが戻ってきますように」とか祈ってたんだけど、効かなかったなあ。」
「その後、大学の先輩(現ダンナ)から告白された。私は「忘れられない人がいるから」って断ったんだけど、それでもいいからって言われて付き合い始めた。あるときケンカして「アンタなんかどうせただの身代わりなんだから!」って言ったんだ。そしたらダンナが「別に(別れても)いいけど、その調子なら、この先もさくらは恋愛をするたびに同じことを繰り返すんじゃないか?」って言われた。そんなこともありつつ、付き合って、結婚に至ったんだ。」
俺は聞いていて、ダンナの器の広さがすごいと思っていた。いい男だなと思った。
さくらに、本当は当時死ぬつもりだったことを話した。さくらは驚いていた。そして言った。「コースケが死ななくて本当に良かった。付き合っていようがいなかろうが、そんなことになっていたら私は一生立ち直れなかった。ねえ、ちゃんと言わなきゃ伝わらないんだから、大事なことはちゃんと言うんだよ。」
こう言われて、ようやく、ああ俺は死ななくてよかったんだと思えた。
こんな感じでさくらと話す機会も、もうあまりないだろうと思って、昔から気になっていたことを聞いてみた。
「一つ聞いていいかな。俺、さくらと付き合っているとき、さくらってセックスに積極的なのか、消極的なのかよくわかんなかったんだ。付き合っててその点が混乱したというか。その辺てどうなんだろう?いや、変な質問だけど。」
さくらの表情が一瞬曇った。
「うーん、コースケだから話すね。私ね、小5の時に法事で親戚のおじさんと2人きりになったのね。その時に押し倒されたんだ。まあそれ以上は何もなかったんだけど、それ以来、男の人がすごく怖くなって、「私は一生セックスとか怖くてできない」とか思ってた時期もあったんだ。でもコースケと付き合って、セックスも無事できて。初めてがコースケでよかったって思う。」
俺はデリカシーのない質問をしてしまったことを詫びた。
そろそろさくらが帰る時間だ。「ね、私の結婚式来てくれるよね?今日はそのお願いに来たんだ。」
俺はそれって辛いなと内心で思ったが、それは自分なりにできる償いだと思い、了承した。
結婚式は賑やかだった。出席者が多いので、同級生10人ほどのグループでさくらにおめでとうを言いに行った。
ウエディングドレス姿のさくらはきれいだった。目が合ったときに口元が「ありがとう」と動いていたように見えた。
それからさくらとは会うことなく、10年が経過した。その間に風の便りでさくらが離婚したらしいと聞いた。
そんなある日、これもまた小学校からの幼なじみのU子からメールが来た。
件名は「タイムカプセル開けるけど来ない?」だった。意味わかんねえよと思いながらメールを読み進むと、自分たちが小5の時にタイムカプセルを埋めたのだが、このたび小学校が開校100年になるのを記念して、卒業生を集めてタイムカプセルを開封して式典を行う。で、せっかくなのでその日の夜にクラス会をしようとのことだった。
ただ自分は長らくヒッキー中なので出席はためらった。というのも俺は大学を卒業後、就職はしたものの、パワハラな上司に当たってしまい、元々持病だったうつ病が再発して2年で辞めてしまった。その後は田舎で自営業の親の手伝いをしている。といえば聞こえはいいが、少し帳簿をつけるのと、ときどき料理を作るぐらいでほとんどヒッキーだ。というわけで断った。
U子からレスが来た。「欠席ですね。残念ですが了解です。ちなみにさくらは出席とのことです。」
もう一度U子にメールした。「すいません、やっぱり出席でお願いします。」
タイムカプセル開封式の式典当日。天気にも恵まれ、みんなでタイムカプセルを開けた。集合して記念写真を撮ったり、体育館でお茶で乾杯したりした。大人数が集まったこともあり、さくらは見当たらなかった。見逃したのかもしれない。さくらに後で聞くと、このときは記念写真だけ撮って、速攻で仕事に戻ったとのことだった。
そして夜になった。俺の田舎はクラス会をできるような店はないので、車で1時間ほどの隣町にあるGホテルの宴会場を会場にした。どうせ自分は暇なので、Gホテルに泊まることにした。
会場には50人ぐらいいたと思う。隣のテーブルの少し遠い場所にさくらが座っていた。昔は地味だったが、今は金持ちマダムって感じだった。ただ顔色が悪い気がした。そのうちビールでも注ぎに行って雑談でもしようと思っていたが、久々に会った同級生と盛り上がってしまい、1時間ほどが経過した。
ふと視線を感じたのでさくらの方を見ると、目が合った。さくらが「外に」と小さく指で示したので、会場を出た。さくらが追いかけてきた。
「コースケ、おひさしぶり。」
「どーも。さくら元気だった?」
「まあまあかな。コースケは今日どこか泊まる?」
「ここに泊まるよ。このあたりは他のホテルもないし。」
「私もここに泊まるんだけど、良かったら後で遊びに来ない?」
「いいよ。クラス会終わったら合流しよ。」
と言ってはみたものの、こうなるとは思わなかったので気が動転した。
クラス会が終わった。速攻でさくらに目で合図してエレベーターに乗った。エレベーターはうちら2人だけ。さくらが15階のボタンを押したので驚いた。最上階だ。金あるんだなあ。
さくらの部屋に入った。予想通り豪華だった。デラックスツインの部屋だ。俺の泊まったシングルルームと同じホテルとは思えなかった。
「どう?」と言ってさくらがカーテンを開けた。夜景が広がっていた。最上階だけあり、眺めがすごく良かった。調度品も高級そうだった。
「すごい部屋に泊まってるんだね。正直驚いたわ。」
「まあ、仕事の一環でもあってね。今、お店をやってるから、いい部屋に泊まって、部屋や家具の写真撮ったり、雰囲気をメモしておいたりしてるんだ。ま、それだけが理由じゃないけどね。」
それからお互いの近況を話した。俺は先ほど書いたような事情で、現在はヒッキーなこと。さくらは離婚したときに慰謝料として家と現金をもらったので、その家を改装して輸入雑貨店を営んでいるとのことだった。
トイレに行って戻ると、さくらが真っ青な顔色で床に座り込んでいた。「たぶんただの過労だと思うけど、病院に行きたい。」とのことだったので、フロントに当番医を聞いて、タクシーで行った。俺はいつも悪いほうに想像しがちなので、末期ガンとかだったらどうしようと気が気じゃなかった。
医者はあっさりしていた。簡単な検査と問診をして、特に異常はなし。ただし過労と思われるので、栄養のある食べ物を食べて、しばらく休養するように言われたとのことだった。
再度ホテルに戻ったころには日付が変わっていた。俺は自分の部屋に戻るか迷ったが、さくらの希望で隣のベッドで寝た。
灯りを消した。疲れていたがなかなか寝付けない。
さくらが話しかけてきた。
「コースケ、もう寝た?」
「起きてる」
「今日はごめんなさい。お酒飲んでないから大丈夫だと思ってたんだけど」
「いいよ。重病じゃなかったから安心したわ。でも帰ったらちゃんと休めよ」
「うん。お店は3日ぐらい臨時休業するね。あとお願いなんだけど、明日、私の車をウチまで運転してもらっていいかな。この状態で運転すると危険だし。」
「いいよ。じゃあ明日は送って、その後でバスで帰るわ」
返事がなかった。
冷蔵庫が開いたような音がした。
プシュ。ゴク、ゴク、ゴク、ふう。と音がして、さらにもう一回プシュと音がした。ここでようやく、さくらが缶ビールを飲んでいることに気が付いた。
「なに酒飲んでるんだよ?」と聞いた。さくらは無言で2缶目を飲み終え、3缶目を開けた。
「だから、病人が酒飲んじゃいけないだろ!」と言って、ビールを取り上げた。
「関係ないじゃん。」
「え?」
「コースケは私のことなんかどうでもいいんでしょ!ヤケ酒飲んでるんだから、邪魔しないで!」
「いや、どうでもよくないし」
「明日は早く家に帰りたいんでしょ。私はずっと一緒にいたいのに。コースケなんか大嫌い!」そう言ってさくらは頭から布団をかぶった。小さな泣き声が聞こえてきた。
このとき俺は、「大事なことはちゃんと言うんだよ」というさくらの言葉を思い返していた。それで言った。
「さくら、」
「。。。」
「大事な話だから、さくらの目を見て話したい。」
さくらが布団から出てきた。目は真っ赤だ。
「今日はさ、タイムカプセルはどうでもよかったんだ。さくらに会えるのがうれしくて。まさか部屋までおじゃまするなんて考えてなかったから、すごくびっくりしたけど、本当に楽しかったよ。で、俺もさくらのことが好きだから、本当はずっとそばにいたいよ。でも俺は、これから先も仕事はできないと思うんだ。そしたら年収0円じゃん。そんな奴がさくらと付き合う資格ってあるのかって考え出すと、すごく自信がない。これが正直な気持ち。」
「付き合うのに資格とか関係ないよ。相手が受け入れられれば、それでいいんだと思う。
たとえばさ、私ね、赤ちゃん産めないんだ。離婚したのはそれが原因。ダンナに「代わりはいくらでもいるから」って言われて、すぐ離婚された。じゃあ私が恋愛する資格はないかな?コースケはそんな私を受け入れられる?」
「うん。さくらがいてくれれば十分すぎる。」
「ありがとう。」
さくらは少しの時間考えてから言った。
「コースケ、よければウチで家事やらない?私はたぶん稼ぐのは向いていると思うけど、家事はすごく苦手。コースケはさあ、料理上手だし、きれい好きだし、家事向いてると思うんだ。」
その発想は今までなかった。でも、その時に真っ先に思ったのは、自分が作ったご飯をさくらと二人で食べれば、きっとおいしいだろうなということ。
「さくら。。。よろしくお願いします。」
もう真夜中だった。さくらが俺のベットにやってきて、手をつないで寝た。
翌朝、ご飯を食べてチェックアウトし、さくら宅での生活が始まった。
たまに2人で店の準備をしていると、昔のままごとを思い出して懐かしくなる。
数日後、タイムカプセルの前で撮った記念写真が届いた。その写真は額に入れられ、リビングの一番目立つ場所に飾られている。
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