俺が直接の復讐側ではないけどひとつ
俺は割と金回りの良い家に生まれた。
ひとつ上の兄と二つ下の妹の三人で育った。
俺が小学生の頃、兄貴は神童みたいだった。
みたいだったってのは、あれよ、勉強もできて運動もできて
それをことさらに母親が褒めちぎってたから、そう思った。
少し羨ましかったっけな。誇らしかったのもある。
俺は頑張ってもあまり結果がついてこないタイプだった。
格闘技は除くが、現代に格闘技なんて、ショウ以外では無用だよな。
唯一の取り柄が自慢にもなりゃしないってのは、ちょい悲しい。
おっと、俺の話じゃねえや。
中学の頃から兄貴が少しづつ落ちぶれだした。
女の子が気になったり、色々と芽生えてくる年頃だから
勉強に専念しきれなくなってたんだろうなあ。
俺も妹もいる前で
一学期の中間の結果を食卓で読み上げられながら
母親が兄貴の生活を管理しはじめるとか色々宣言してた。
兄貴は最初反発してたけど、飯抜かれたり
探偵によくいく店つきとめられて、そこに電話までされるようになってから。
段々目の光がなくなって、ぼんやりすることが多くなっていったと思う。
一学期の期末考査は少し成績は回復してたけど、なんか兄貴が不気味になっていった。
母親は自分が管理したから兄貴が立ち直ってると主張して
兄貴の入ってた部活の顧問に勝手に電話してやめさせたりと
ここぞとばかりに兄貴の生活をコントロールしはじめた。
親父は、それはいくらなんでも可哀想だと反発してたが。
学生の頃の苦労は大人になってから報われるなどの正論攻撃によって
立場を失っていった。
逆に親父の昇進がないことなどを上げられて窮した。
以降も親父は兄貴を助けようとしてたが、そのたびに子供の前で辱められて、
親父も次第に目の光が弱くなってった。
ほどなくして、親父がノイローゼになって職をやめさせられた。
代わりに母親が働き出したが、これがとんでもなかった。
数週間後には主任、そのあとには係長飛び越して課長昇進。ここまでやく二ヶ月。
半年もたたないうちに部長になった。
家族を養う側になると、ますます母親の管理体制は強固になっていった。
親父は、毎日のように職の話をふられて、いつしか食卓に顔をださなくなり。
兄貴も、毎日のように勉強の話をふられて、親父としか食卓に顔をださなくなった。
俺は最初から期待されてなかったが、このころには、武道でトロフィー
取っていたので。
頭の出来は悪く産んでしまったようだけど、がんばり屋の良い子って
思われてたらしい。
俺が試合の際に誰の顔を思い浮かべてたか知ったら、金切り声をあげるだろうな。
ほどなくして、親父は母親と離婚した。
兄貴は親父についていった。
とはいっても縁遠くなったわけじゃない。
頻繁に親父と兄貴の話題は我が家で取りざたされた。
一方的に悪口を言いまくるかんじだけどな。
親父に対しては、仕事をみつけたらしいのに、養育費も払わないうんたらかんたら。
兄貴と俺は同じ学校だった。
離婚後も俺と兄貴はそこそこつきあいあったんだが。
その兄貴が復調して、成績上位者で貼り出されたり、作文コンクールに
入賞したりしはじめた。
この話を俺は母親にしないようにしていたんだが。
うっかり妹が口を滑らせたことがある。
そうしたら母親は烈火の如く怒りだした。
「私が悪いっていうの?
いっておくけど(超長い自慢話)
(延々と続くここまで三十分)
(さらに続いておこまで3時間)
(欠伸が出る夜遅くまでつづけられて)
(欠伸が出たせいで朝まで続く)
早く学校にいきなさい!」
なんてかんじだったか。
以降は妹が母親のターゲットにされはじめた。
後に俺はモラルハラスメントという言葉をテレビで耳にするが
あれのかなり深刻なバージョンが俺の母親だった。
母親は何をやらせても優秀過ぎた。
衣食足りて礼節を知るという言葉があるよな。
それにならって人助けをしたり善行を積むとかにもご執心だった。
だから自分は常に正しくて周りだけが常にまちがっているというかんじだった。
間違いをただそうとする自分が親切で素晴らしい人間だと思っていたんだろうな。
段々妹も壊れ始めてきた。
妹は母親に怒鳴られた日の夜は俺の部屋にくるようになっていった。
俺は妹が不憫でならず、慰めていた。
段々妹が俺を見る目がかわってきた。
ある晩、妹は俺の部屋に来るなり下着姿になった。
母親の正義の行いはずっと続き。
妹は、愛情ほしさに俺にぬくもりをもとめつづけた。
妹が、大学受験に失敗したとき、事件は起こった。
そのときはその内容がなんであるのかはわからなかった。
その日の話し合いには、俺は同席を許されなかったからだ。
妹は翌日姿を見せなかった。そして、それ以降も。
俺はここまでを見届けた後、久しぶりに親父に連絡をとった。
多分親父のもとに行ってると思ったからだ。
さんざん渋られた(というのも俺は母親派だとおもってたかららしい)が
俺があれは病気だと思うと話して、幾度かサテンで苦労話をともにするうちに
信用してもらえた。
おれは親父立会いのもとで妹と会えた。
そして妹が姿を消した理由を教えてもらった。
母親は大学受験失敗の原因を探し出すために、妹のいない時間に部屋を漁ったそうだ。
そして、俺への慕情が綴られた日記を発見したらしかった。
母親にとっては、誇るべきステータスをもった、唯一の出来が悪いなりに良い息子についた、
悪い虫だったのかもな。
たぶらかすだのなんだの、さんざ罵倒されたあげく、家を追い出されたそうだ。
あんなバケモノにお兄ちゃんまでいじめられるのはみたくないからと、
妹は騒がずに家を出たそうだ。
俺は、妹を抱きしめてキスした。
親父は複雑な顔をしていたが、俺たちのことを許してくれた。
俺はその日から母親の家には戻らなかった。
大学には退学の意向を伝え。
役所のDV窓口でこれらの全てを相談した上で
役所の人の手を借りて自活するだけの書類の手続きを行い。
そのあいだ、親父の家に居候して、久しぶりにストレスのない日常ってやつを
堪能した。
仕事探しは難航を極めたが。アルバイトでどうにか生活費を稼いでいた。
兄貴が大学院在学中に起業すると、兄貴は妹と俺に仕事をくれた。
そうやってまともな収入が入るようになると、親父から、俺と妹のことは認めるが、
親として辛いから二人で暮らしてくれと言われた。
俺達は親父にたっぷりと孝行してから家を出た。
兄貴は、親父の面倒は死ぬまでみるから、気にすんなといってくれた。
あとできいたことだが、母親の俺に対する追跡は、すさまじかったらしい。
家に乗り込もうとされて、寸前で止めたようなこともあったとか。
一番やばかったときは、探偵を雇って、俺が家に入るところを撮影させて
それを証拠に誘拐犯として親父を訴えようとしたこともあったそうだ。
親父の会社の前で息子を誘拐されたという内容ビラをまかれたせいで
親父が仕事をクビになっていた話とかも、全て解決してから聞いた。
面会にいったとき、獄中の兄貴は笑っていた。
「最高だったよ。あのメスブタ。泣いて助けてって乞いやがった」
俺は泣いていた。
「かとおもったら自分は正しいとまくし立てるんだぜ?
助けてもらう立場だってのに、笑っちゃうよな、あのキチガイ」
「兄貴…会社だけど、兄貴の椅子なくなったよ」
「別に良いよ」
「兄貴が大きくした会社だろ!?
のっとりみたいなもんじゃないか」
「あのメスブタは中小企業の部長どまりだった。
俺は仲間たちと一から会社をつくって
軌道にのせた創業時の役員だ。
どっちが上かは証明してやったから十分だ」
「もしかして…親父のもとにいってから頑張ってたのって」
「あいつよりすごくなってから
ボロクソにいってやるつもりだったんだよ
まさかハンドルから手を放して
掴みかかってくるとは思わなかったけどな
もう少し知恵が回るほうだとおもってたがとんだ障害者だ」
「……」
「恩にきたりしなくていいからな。
俺は軽傷だった。あいつは重傷だった。
俺が助けたら、多分、あいつも助かってた。
あくまで、俺が気持よく眠れるために、俺はあいつを見捨てた。
助かっただろう命を見捨てたら犯罪だってんだから仕方がない」
学生は勉強が本分。これは正論だ。
苦労は若いうちにしておくものだ。これも正論だ。
けど、過ぎたれば及ばざるが如しの句も、忘れちゃいけないんじゃないか。
俺自身は、正直母親のことを哀れに思ってる。
優秀すぎるが故に、普通の人とは、感覚が違ったんだな。
努力すれば成功して当たり前、そんな簡単な人生だったんだと思う。
じゃなきゃ勉強さえしてれば、満足できるような、そんな考え方にはならない。
母方の祖母にあったときに、俺は勇気を振り絞ってきいてみた。
「あの子はね。受験勉強なんてしなかったよ。
それどころか、家で勉強してるところなんかみたこともなかったね。
ずっといろんな本ばかり読んでさ。フランス語とかドイツ語とかねえ。
東大に浪人もせずに受かったときは、驚いたもんだよ。
でも、友達なんて、寄り付かなかったね。
一度みた友達が二度来たことなんてなかったよ」
友達と一緒にぺちゃくちゃしゃべる。
部活で汗を流して気分転換をする。
こういう当たり前の心の栄養剤をまったく必要としない人だったんだろうな。
だから、正義と信じて、悪辣な真似ができたんだと思う。
ひょっとしたら薄々自分が間違ってることに気づいてたのかもしれないけど。
成功しかなかった自分の人生につく汚点を許容できるほど。
母親は精神的には育ってなかったんじゃなかろうか。
本人の前では言えないが、兄貴が一番母親に似ている。
妹のことで随分反発を呼んだっぽいな。
言い訳になるが、俺と妹はセックスレスだ。
俺にも、母親の影響ってのが残っててな。言いたくはないんだが。
まあ2chでバカにされてもいいか。うん。
股間の、その、ロマンチックな用途に使うべき器官ってあるだろ。
あれがだな。朝にしか漲ってくれない。
妹は、なかなかアグレッシブで、その朝に、道場破りにきたこともある。
しかし、彼は、女を前にすると、即、萎んでいくシャイボーイで役立たずと判明。
それともう一つ。俺のあれから寝てる間に出る汁とか
まあなんとかかんとかが透明なんだよ。
おかしいなとおもって、病院で検査受けたら
俺の子作り機能壊れちゃっててどうにもならんらしい。
そういや昔道場で意地悪な先輩に金的食らったあと
随分たんまり血尿出た後から白いのでなくなったなあと。
だから、妹のことは愛してるけど。
いつか俺のことなんてどうでもよくなって。
そんで他の男とつきあって、幸せになってくれたらいいと思ってる。
俺は妹の心が癒されるためのアンプルの立場でいいやと。
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